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漆・妖魔六将 後



「まさか……妖魔六将のひとり、なのか」


 白銀(しろがね)のその言葉は、離れた位置にいるはるかたちのところへも届いていた。

 聞くや否や、(すもも)は大きく丸い眼をさらに大きくして緋焔(ひえん)を見た。


「妖魔六将だなんて、ほんとうに?」

「そんなの『創世記(そうせいき)』に出てくる想像上の妖魔じゃあねぇのかよ」


 突然背後から聞こえた知らぬ声に、李は小さく驚きの悲鳴をあげた。

 いつからそこにいたのか気配を感じなかった。振り向いた先にいたのは、浅褐色に日焼けした肌と鋭い鳶色の瞳を持つ野性的な美少年だった。


「秋良ちゃん」


 同じく驚いたはるかの声で、李が誰何するまでもなく正体が判明した。

 その容姿に一瞬見惚れてしまった李は少し落胆する。秋良が同性であることはすでに知らされていたのだ。


「『そうせーじ』ってなあに?」


 はるかの緊張感がない問いかけに、秋良は嫌そうな表情で答える。


「『創世記』。双月界ができた頃の話が書かれた本のことだ」


 沙里の家にいる間、秋良は暇を見つけては本を読んでいた。その様子をはるかは思い出す。

 李は座り込んだまま、後ろに立つ秋良を見上げて言う。


「『創世記』は史実に基づいて記されているんです。語り継がれるうちに、脚色された部分や土地ごとの違いもあるようですけれど」


 創世の頃、魔界から現れる妖魔を天地守護(あめつちのしゅご)環姫(たまきひめ)淘汰(とうた)し双月界に平穏をもたらした。

 双月界では誰もが知っているほど有名な昔語りだ。その中で妖魔を統べる『妖魔六将』の名が記されている。


「妖魔六将は環姫のお力で守護石に封印されたのです。きっと、守護石が破壊されたからあの人が……」


 どん、と重い音が響く。

 それは緋焔の拳が地面に打ちつけられた音だった。舞い上がる岩片と砂塵の中、白銀と緋焔は距離を取って相対する。


「おもしれぇ。戦い甲斐あるぜ、お前」

「そっちこそ、思った以上にやるみたいだな」


 刀を握りなおし、口元に笑みを浮かべた白銀。その余裕ある表情とは裏腹に緊迫した彼の心中が、はるかには見て取れた。

 とっさに秋良を振り返る。


「秋良ちゃん、白銀を助けてあげ――」

「断る」


 はるかが言い終わる前に遮り、秋良は理由を問われる前にこう告げた。


「手助けならさっきしてやった。あいつだって助けてもらいたかねぇだろ」


 確かに李の元へ走りこむ隙を作るため、秋良は飛苦無を放っていた。だがこのまま白銀がひとり緋焔と戦うのは……。

 なおすがるように見つめる紫水晶の瞳を秋良は真正面から受け止め。


「甘ったれんじゃあねぇぞ」


 その低い声に、はるかのみならず李まで身を震わせた。はるかを見つめる瞳をわずかに細め、秋良は言う。


「てめぇの身内だろうが! 守りたきゃ他人を頼るな」


 ふいと視線を外し。秋良の鳶色の瞳は白銀と緋焔の戦いへと向けられた。

 秋良の一喝に呆然とするはるかを李が心配そうにのぞき込む。しかしその瞳は何も映していないかのようだった。


 はるかの胸に、秋良の言葉が深く刺さる。

 白銀がいて、秋良がいて。強いふたりがいてくれるから絶対に大丈夫、と。そう、思っていた。


 なんという無責任さ。


 李を助けにここを訪れる。それはすなわち緋焔との戦いを意味するのだと。

 そんな覚悟すらできていなかったのではないか。

 ここに来るまでの間、誰も口にしなかった。それほど当たり前のことだったのに。


 李はそんな主の様子が気がかりではあったが、白銀の戦いも心配で視線を送る。


 白銀は長刀を構え直す。それまでの下段の構えではなく正眼に。研ぎ澄まされた刀身越しに相手を見据える。

 代々の近衛隊長のみが帯刀を許された名刀『虹月(にじのつき)』。白銀はその力を頼るではなく信頼している。

 それでもなお『この状況で』力を解放するのには不安がぬぐえない。だが、この相手だからこそ。選択の余地はなかった。


 白銀は左手で刀身に触れ、自らに流れる彩玻動(さいはどう)を『虹月』と同調させる。

 にわかに刀身が光を帯び始めた。反射光ではありえない、やわらかくも力強いその光。まさしく朧月夜にかかる月虹のそれであった。


『虹月』に光が満ちると同時に白銀が仕掛ける。

 緋焔までの距離はおよそ二間半。駆け出しながら刀を横薙ぎに振るう。


「うぉっ!」


 緋焔は上体を反らした。その上ぎりぎりを白銀の太刀筋がかすめていく。二者の距離は未だ半分しか縮まっていないというのに!


 体勢を崩した緋焔に『虹月』の実刃が斜に降りかかる。再び緋焔が小爆発で軌道を逸らす。はずが。


「遅い!」


 白銀の斬撃が速く起爆点を抜けていた。爆風のあおりを受けて威力を増した刃は緋焔の腕に浅からぬ傷を残す。


「てめぇっ!」


 緋焔は炎に包まれた右腕を大きく払った。炎が龍のごときうねりを見せて白銀を襲う。

 左後方に跳びながら、白銀は追ってくる炎に向けて縦一閃。『虹月』を包む虹彩が光の刃となり放たれる。切り裂かれた炎は勢いをも削がれ白銀には届かずに散った。


『虹月』と共に近衛隊長にのみ伝授される剣技『玻光閃(はこうせん)』。

 その威力を眼にした白銀に余裕はなかった。本来であれば『炎の勢いを削ぐ』などということはありえない。玻光閃であれば、妖術の炎と言えど消し飛ばすほどの威力を誇るのだ。

 だが守護石が半壊している『この状況』。この地にあふれ巡るはずの彩玻動は拡散してしまっている。

 彩玻光(さいはこう)の刃を放つ玻光閃の威力は従来の半分ほどしか発揮できていない。


 それを悟られぬよう白銀は攻撃の手を緩めない。暁城(あかつきのしろ)で見たあの熱線を撃つ隙を与えたくはなかった。


 白銀の戦いを見守るしかない李の横で小さな声が聞こえた。


「私、決めたのに」

栞菫(かすみ)様……?」


 はるかの突然の呟きに、李はその名を呼ぶ。

 腰に提げた刀の柄を左手で確かめて、はるかは李を見返した。


――栞菫と呼んでくれる人たちのために、栞菫であることを選んだのは自分だ。


 意を決し、はるかは刀を抜くべく右手を柄へと滑らせた。光を取り戻したその瞳は、しっかりと白銀と緋焔の戦いへと向けられる。


 同時に、その眼に飛び込んできたのは玻光閃の光。

 白銀の放った玻光閃、そして『虹月』の斬撃。両方を巧みに使った波状攻撃に緋焔が翻弄されている光景。

 いや、はるかの目に玻光閃の光が飛び込んだその時。

 彼女の瞳にはそれ以外のものは映らなくなっていた。


 何度も感じたことのある、この感覚――。


 螺子が切れたように、急に動きを止めたはるか。

 その様子に気づいた李の顔色が変わる。


「栞菫様? しっかりなさってください、栞――」


 李の声が聞こえなくなってゆく。急速に遠のく周囲の音。

そして収束する視界は、遠くから白一色へと塗り替えられてゆく。


――また、過去の記憶が?


 頭の片隅でそう考えたときには、はるかの意識は『今』から遮断された。




【創世記】双月界の成り立ちを記したとされる書物。創世記には環姫が妖魔六将に対抗すべく彩玻動より六人の士――後に各種族の祖となる存在を生み出したとある。特に珠織人は環姫への信仰厚く、古くからの記録に史実として妖魔六将と守護石についての記録が残されている。


【玻光閃】暁城近衛隊長秘伝の技。『虹月』の刀身には彩玻動を多く含んだ鋼が用いられており、術者の彩玻光をよく通す。刀身に蓄積した彩玻光を斬撃と共に直線上へ放つ。

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