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伍・沙流砂漠へ 前



 支度を済ませた白銀(しろがね)は廊下を足早に歩いていく。

 廊下の左手は、壁から腰までの高さがある柵へと変わる。樹花と玉砂利の中庭に面した廊下の角に設けられた、円柱の影。

 そこで待ち受ける人物まであと数歩というところで、白銀から声をかける。


「こんなところで待ち伏せか? 諜報隊長殿」


 (みどり)は白銀の有手を塞ぐように対峙した。黒緑色の瞳で、まっすぐに白銀の青銀色の瞳をとえる。


「俺も沙流(さる)砂漠へ向かう」

「冗談だろ?」


 真顔でさらりと返した白銀を、翠はぐっとにらみつけた。『こちらは真剣に話しているのだ』と語るその表情に、白銀は破顔する。


「俺が城を離れる間、護る者も必要だ。暁城(ここ)は任せたぜ」

「――!」


 翠は絶句し崩れ落ちるようにして床に片膝をついた。

 白銀が翠の左肩を手加減なく叩いたのだ。そこには緋焔の熱線を受けて未だ癒え切らぬ傷がある。

 涼しい顔の白銀を見上げ、翠は左肩を抑えてうめいた。


「白銀、貴様……」


 自らの状態を顧みず今回の任に就きたい翠の気持ちは、白銀も理解しているつもりだった。

 守護石の半壊がもし、緋焔(ひえん)を含む人型の妖魔の仕業なのであれば。かつて栞菫(かすみ)が対峙したという老人も同様にかかわっているのならば。諜報隊として二度も後手に回ってしまったということになる。

 だが、今の翠の状態で緋焔と戦うのは無理がある。

 そして――。


「今回は、俺が行かねばならん」


 近衛隊長でありながら城内での無法を許し、兵に犠牲を出し、何より栞菫を危険にさらした。

 これ以上同胞を失うことはできない。させない。

 栞菫が同行するのであればなおさら。今度こそ守り抜き、国を脅かす者をこの手で討ち取り責務を全うする。

 それは翠の気持ち以上に、譲れない白銀の意志であった。


 立ち上がった翠は、白銀を見返した。青銀色の瞳に宿る真摯な意志の光に、翠は静かに眼を伏せた。


「承知した。今回は譲ろう」

「留守番しながら養生してろよ」


 にやりと笑む白銀の表情は、日ごろ皆に見せる陽気なものに戻っていた。







 暁城(あかつのしろ)の諜報隊は双月界各国へ散り、各地の情報を暁城へと伝えている。それを潤滑に行えるのは彼らだけに伝えられる秘術『彩渡(いろわた)り』があるからにほかならない。

 彼らは術法の込められた短刀を彩玻動流(さいはどうりゅう)に立てることで、彩玻動流をたどって別の場所へ瞬時に移動することができる。


 その『彩渡り』も、今や移動可能な範囲が制限されてしまっていた。

 先の魔竜の乱でふたつの守護石が破壊された影響により、双月界の彩波動流は乱れ始めているからである。それに加えて、陽昇国(ひいづるくに)の守護石まで半壊状態となってしまった。

 幸い守護石のある沙流砂漠を中心とした一帯は、いまのところ暁城も含め十分な彩玻動が循環している。


 白銀、はるか、秋良の三人は、浅葱(あさぎ)の『彩渡り』によって砂漠の北にある琥珀(こはく)の街外れへと降り立っていた。


「なぁ、それどういう仕組みなんだ?」

「これは珠織人の、中でも諜報隊のみに許された秘術です。他の種族には扱えません」


 無遠慮に声をかける秋良に、浅葱は動じることなく淡々と答える。秋良はそれに翠と似たような印象を受け、それ以上話しかけるのをやめた。


『彩渡り』を使うことができれば運び屋の仕事が楽になるとでも思ったのだろう。秋良らしい考えに、はるかはこっそり微笑んだ。

 浅葱と、その兄の萌葱(もえぎ)とは、はるかも何度か城内で接したことがあった。にぎやかな萌葱と比べて、浅葱はずいぶんと物静かな人だという印象を持っている。

 浅葱ははるかと白銀に向かって姿勢を正す。


「では、私は隊と合流し配置につきます。栞菫様、白銀様、どうかお気をつけて」

「ああ。皆にも頼むと伝えてくれ」

「はい」


 白銀の言葉に浅葱は敬礼し、琥珀の北に広がる林へ姿を消した。


 守護石の元まで『彩渡り』を使えるのならば話が早いのだが、砂漠内は砂嵐と同様に彩玻動が巻き荒れている。狙った場所へ移動することは困難となっていた。

 しかし場所を指定せず、短い距離であれば移動は可能だ。そこを踏まえ、万が一にも緋焔を仕留めそこなった場合に備えて栞菫を安全な場所へ逃すための算段は整えてある。

 そのことを白銀は栞菫には伝えておらず、もちろんしくじるつもりもない。

 それでも、何を置いても栞菫だけは失うわけにはいかないのだ。


 自らを見つめる白銀の視線を知らず、はるかは丘の上から南に広がる琥珀の街を見下ろしていた。

 ひと月ぶりに見る琥珀の、石造りの家並み、石畳の道、その向こうの砂漠側の三方を囲う高い石壁。

 かつて見た景色と変わらない光景がそこにあった。


 しかしはるかは――はるかを取り巻く環境はずいぶんと変わってしまった。 

 沙里に住んでいた頃は質素な衣服だったが、今は布地もつくりも良いものを身に着けている。と言っても暁城で着ていた長衣ではなく、身軽で動きやすい衣服だ。沙里の頃に似た今の衣服の方がずっと着心地よく感じる。


 はるかは街の奥、砂塵にかすんで見える防砂壁のさらに奥へ目を凝らす。

 吹き荒れる風に砂が巻いて見える沙流砂漠の奥にある洞窟。陽昇国の守護石が置かれているその場所に、緋焔という男と、囚われた李がいる。


「李ちゃん……はやく助けてあげなきゃ」


 あの時、考えなしに発した言葉で李を傷つけてしまった。無事に助けて、謝らなくては。


「気持ちはわかるが、まだ陽が高い。今砂漠を渡るのは無理だろう」


 気持ちが急くはるかを諫めた白銀は、いつもと同じ城内警備用の軽装だ。砂漠を渡るのに重い装備は不向きなためである。その上から防砂と、国章を隠すために外套を羽織っている。


 確かに、今は昼を過ぎたばかり。砂漠の温度が一番高くなる時間帯だ。

 秋良は、一人丘を降りはじめた。気づいたはるかが慌てて声をかける。


「秋良ちゃん!?」

「聞いたろ? 陽が落ち始めるまで休憩だ。腹も減ったしな」


 事実、秋良は空腹だった。昨日の夜から何も口にしていない。それが彼女の苛立ちに拍車をかけているのだった。



【諜報隊の活動範囲】双月界に存在する六つの国。巨大陸の西端にある地響国ちなるくに、その南には火燃国ひかがるくに、大陸中央に風翔国かぜかけるくに。北には水流国みずはしるくに、東端の緑繁国みどりもゆるくに。そして、巨大陸の東の海に浮かぶ島国、陽昇国ひいづるくにである。


【守護石】天地守護あめつちのしゅご環姫たまきひめが種祖と共に妖魔六将を封じた際に大地に穿たれた巨石を双月界の守護石とした。守護石を見守るべく、六人の種祖がそれぞれの地で国を興したとされている。双月界を巡る彩玻動の循環は守護石によって正常に保たれていた。


彩玻動さいはどう】双月界を巡る生命波動である彩玻動はよく言われるところでは『マナ』とか『地脈』とかのようなもの。固有の能力を持つ種族は、これを体内で変換して利用している。珠織人は体内で変換・能力化したものを彩玻光と呼んでいる。


【破壊された守護石】すでに魔竜の乱で破壊された地響国と風翔国、ふたつの守護石の影響がその地域を中心として各地で起こっている。陽昇国の守護石は半壊状態。


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