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肆・もうひとりの侵入者



 暁城(あかつきのしろ)への侵入者。そのうち城内に残ったひとりは、未だ城外に出られずにいた。


「ちっくしょう……やっぱりあの時、城から出ておくんだった」


 狭い空間の壁三方と床天井はすべて石壁。残る一面は鉄格子がはめられている。いわゆる牢獄である。


 緋焔(ひえん)と名乗る妖魔の男が姿を消した後、秋良は兵に取り囲まれ抵抗もできぬまま意識を失った。ひとりの老人が近づきに手をかざしただけでこの有様だ。妙な術を使われたのだろうが、不覚をとった。


 牢でおとなしくしている秋良ではないのだが、今はすることもなく床に座って鉄格子の向こうをにらんでいる。

 というのも、どういう仕組みなのか鉄格子には鍵がないのである。たいていの鍵は開ける自信があるが、これではどうすることもできない。


 幸い、通常の牢獄のようなかび臭さやじっとりとした嫌な空気もない。牢内もきれいなものだ。

 長年部外者を寄せ付けなかったとう城のことだ。まったくと言っていいほど使われたことがないのだろう。

 鉄格子から見えるのは横に伸びた通路の一部と、鉄格子の対面にある石壁。壁の上部に備えられた燭台のみ。そこから伸びる光が牢の中をほのかに照らし出している。


 と、右手から人の足音――男、ひとり。先ほど巡回に来た兵のものではない。

 いずれにせよ牢の中ではなにもできない。当然武器も取り上げられている。秋良は座ったままその人物が近づいてくるのを待った。


 鉄格子に切り取られた空間に姿を見せた男は立ち止まり、燭台の灯りを背にこちらを向いた。


「てめぇ……」


 秋良は怒りに心が沸き立つのを感じた。

 闇色の髪、感情を抑えた表情。間違いない。琥珀(こはく)の街ではるかを連れ去ったあの男だ。


 秋良は掴みかからん勢いで翠へ向かって駆け寄った。邪魔な鉄格子を両手でつかむ。


「よくも俺をはめやがったな。お前、はるかにちゃんと伝えたのかよ!」


 一か月ほど前の琥珀の宿で、意識不明のはるかを回復させるために(みどり)へとゆだねた。その時に秋良はこう言伝したのだ。


『お前の石は俺が預かっておく。売り飛ばされたくなかったら、沙里(さり)まで取りに来い』

 はるかが意識を取り戻したら、そう伝えるように、と。


 指が白むほど鉄格子を握りしめる秋良を前に、翠の表情は動かない。それが秋良の苛立ちを過熱させる。


「ここから出せよ。それで水に流してやる」


 翠は鉄格子と岩壁の境に視線を落とす。

 鉄格子の一部が厚い鉄板になっている。そこにあしらわれた陽昇国(ひいづるくに)の紋章を見て、首を横に振った。


「それはできない。この扉は、珠織人(たまおりびと)にしか開けられないのだ」

「だから、早く開けろって――」

「ほっほ、威勢のいいお嬢さんだ」


 突然の声に秋良は驚く。いつの間にか翠の横に老人が立っていた。翠も気づいていなかったのだろう、急ぎ片膝をついて礼を執る。

 秋良は双眸を閉じたままの老人の顔に覚えがあった。牢に入れられる前に、秋良の意識を奪ったのはこの老人だった。


 彼は秋良に向かって頭をさげた。


泡雲(あわくも)と申す。沙里で暮らす間、栞菫(かすみ)様が世話になったと聞いている」

「珠織人ってのは、世話になった人間を牢にぶち込む風習でもあんのかよ」

「それはお前さんが許可なく城内に入り込むからであろうに。しばらく我慢されい」


 泡雲はちらと翠を見た。翠は泡雲の横で頭を垂れたままだ。


「翠がお前さんに迷惑をかけてしまったようだ。まさかここまで追ってくるとは、思っていなかったのであろう。ふふ……見通しが甘いの」


 その言葉に、翠はさらに頭をさげた。やはり、泡雲にはすべて見抜かれていたのだ。

 しかし見えぬ眼で翠を見る泡雲の表情は柔らかく、とがめる気配はない。


「こやつがそうしたのも、我ら珠織人を思えばこそ……翠が栞菫様にお前さんの言葉を伝えていたならば、栞菫様は間違いなく沙里へと戻ったであろう」


 そこまで言って、泡雲は中空に向けて顔を上げた。


「さすればきっと、その命は失われていた。栞菫様も、秋良殿も、な」


 泡雲の言葉が終るか終わらないかの内に、騒々しい声が聞こえ近づいてくる。


「いけません、栞菫様!」

稀石(きせき)の姫君ともあろうお方が踏み入るべきところでは……」


 はるかは地下牢の入口である階段を下りてくる。制止する(おぼろ)時雨(しぐれ)のふたりを半ば引きずるようにして、である。

 驚き言葉もない翠と泡雲のそばまで行き、牢に向き合う。そこでようやく秋良にも鉄格子越しに姿が見えた。

 つい先刻まで横になっていたため、藤色の寝間着のまま。少し息が上がっており、乱れた金茶色の髪に縁取られた怒りの表情をわずかに紅潮させている。


 はるかは鉄格子にある紋章を見ると、そこに手を触れた。紋章が鈍く光ったと同時に、鉄格子は上昇し天井の隙間へ滑りこんだ。

 その様子を、当人以外はあっけにとられて見つめていた。


沙流(さる)砂漠の守護石のところまで、この人に案内してもらいます!」


 はるかは後ろに立つ三長老を毅然と振り返って言い放った。

 面食らった顔で立ち尽くす朧と時雨、翠は無表情ながら驚いている。

 ただひとり、泡雲はかすかに微笑んでいた。


「無事に砂漠を越え、戻ってきたら解放します。それでよろしいですね?」

「なな、なんと……」

「しかし、それは――」


 その紫水晶の瞳に確固たる意志を宿らせ、はるかは反論する朧と時雨を見つめて繰り返す。


「よろしいですね!」


 表面上確認の形を取ってはいるが、これは決定なのだ。

 ふたりの長老はそれ以上抗うのをやめた。


 とにかく、はるかのおかげで牢から出られることになったらしい。……のだが。

 なにをするにもひとりでは考えも行動もできず、いつも秋良に確認や指示を仰いでいた、あのはるかが。

 沙里にいた頃からは想像することができないほどの彼女の変貌ぶりに、秋良は眼を見張るばかりだった。




【陽昇国の紋章】菱形の結晶石の上に昇る太陽を、四対の翼が囲う形をしている。暁城内では要所で鍵として使われており、珠織人が彩玻動を通すことで扉が開いたり仕掛けが作動する。ちなみに四対の翼は環姫の持つ翼を表している。

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