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参・栞菫の核



 その洞窟の白っぽい岩壁は粉をまぶしたようにざらざらとしている。触れてみると、それが砂であることがわかった。

 足元はところどころ岩肌は見えているが、敷き詰められていると言っても過言ではない量の砂がある。


 一握りつかんでみる。乾燥し、さらさらとした手触り。砂漠の砂、という印象を受けたが、洞窟の中であるせいか暑さは感じず、ひんやりとした空気が満ちていた。


 ずっと上の方に隙間が点在しているのだろうか。陽光が大小の光の柱を生み出し、それに沿って砂が繊細な音を立てて零れ落ちてくる。


「ここは、どこなんでしょう……?」


 ぽつりと声に出してみた。洞窟の中にかすかに響くそれが余計に心細さを増幅させる。

 (すもも)はそっと溜息をついた。


栞菫(かすみ)様、ご無事でいらっしゃるかなぁ」


 侵入者があったと騒ぎになってすぐ、李は時雨(しぐれ)の命を受けて栞菫の部屋に走った。おそらくその途中で、気づかぬうちに術にかけられてしまっていたのだ。

 栞菫の前で黒くおぞましい何かに囚われ、失っていた意識を取り戻した時にはこの場所にいた。


 侵入者というのは、栞菫を狙って来たのだろうか。結界を破って入ったということは力の強い者に違いない。

 きっと無事でいる。そう思いながらも、李は祈らずにいられなかった。


環姫(たまきひめ)様、栞菫様をお守りください。……ついでに、私も」






 一夜明けた暁城(あかつきのしろ)は、城内も住民区も表面上は静けさを取り戻していた。

 兵たちは破壊された箇所の修復にあたり、三長老により結界は張りなおされている。城壁警備はより厳重になった。


 それでも、珠織人(たまおりびと)たちの不安が解消されたわけではない。結界が破られるなど、かつて一度も起こらなかった事態だ。

 兵も民も、内心の不安を押し込めていつも通りの生活をしようと努めていた。


 だからこそ、沙流砂漠にある陽昇国(ひいづるくに)の守護石が欠損したことについては公には伏せられていた。

 おそらくは城の結界もその影響を受けて弱まっていたのだろう。


 それに加えてもうひとつ、三長老たちが頭を悩ませる要因があった。


「核が、ない……」


 はるかは時雨と(おぼろ)から聞かされた言葉をそのまま繰り返した。

 身体の傷はすでに癒え、体調もいつも通りと思うのだが。大事を取ってと未だ寝台に寝かされている。

 そんな彼女を、ふたりの長老は沈痛な面持ちで見つめていた。


「核って、なぁに?」


 きょとんとして尋ねるはるかに、特に朧ががっくりとうなだれる。


「栞菫様、私の珠織人についての講釈をもうお忘れですか」

「えと……なんだっけ?」


 双月界の種族について教える際に、特に珠織人については念入りに時間をとったはずだった。もしかして一か月間教えたこともすべて忘れているのかと思うと、朧は涙が出そうになる。


「……我等が、結晶石から『珠織の儀』によって誕生するのはご存知ですな?」


 はるかは朧の確認にこくこくとうなずく。言われるまで忘れていたことはとても明かせない。

 時雨がその後を継いで言う。


「珠織の儀が済むと、結晶石は命の源『核』として我等の体内に宿ります。心臓の、ちょうど中央に。結晶石は我等と彩玻動の結びつきを強くし、結晶石が破壊されない限り、我等が命は尽きることがありません。もちろん寿命がくれば話は別ですが」

「その『核』が、今の栞菫様のお体には存在しないのです。今回は、それが幸いしたようじゃが……」


 朧が白く長い髭をなでながら唸るように黙り込む。

 緋焔によって負わされた傷は心臓に達していたものの、傷の大きさは小さかった。栞菫の身体が持つ回復力のおかげで、今ではほとんど痕がないほどにふさがっている。

 もし栞菫の核が正しい位置に存在していたならば、緋焔の一撃で核が損傷を受けてしまっていただろう。


 はるかはふと思い当たり、ふたりに向かって疑問を投げかけた。


「でも核がなくって、どうして私は普通にしていられるの?」


 核が珠織人の命の源であるならば、核のない珠織人が生きていられるはずがないのだ。

 時雨と朧は一瞬顔を見合わせたが、時雨が重く口を開く。


「これは我らの推測なのですが……おそらく栞菫様の核は双月界のどこかに存在するのでしょう。双月界を巡る彩玻動流に乗って、核の力が栞菫様に届いているのではないかと」

「そう考えれば、栞菫様の彩波動の弱さも説明がつくのですじゃ」


 途中であることに思い当たったはるかは、そこから先ふたりの話を聞いていなかった。言葉が切れるのを待って尋ねる。


「そういえば、今日は一度も李ちゃんを見てないけど……それに秋良ちゃんはどうしてるの?」

「李は……姿が見えんのです」

「昨夜侵入した者に連れ去られたのではないかと――」


 聞くなり、はるかは寝台から飛び降りた。驚くふたりの間をすり抜け、裸足のまま足早に扉に向かう。


 いちどにたくさんのことがありすぎて、記憶が混乱していた。

 目の前で黒い影に呑みこまれた李、あれは現実だったのだ。

 昨夜意識を失う前に、緋焔という男が言っていた言葉も鮮明に思い出される。


「栞菫様、どちらへ!」

「助けに行かなきゃ! 守護石のところ。あの人、李ちゃんを連れ戻しに来いって、私に来いって言ってた」


 長老ふたりはどちらからともなく溜息をついた。そうなるであろうと思い、忘れてくれているならばそのままにと思っていたのだ。


「守護石の場所を知っておられるんですか?」


 はるかは扉を開けた手を止め、くるりと振り向く。


「どこに行けばいいの?」

「栞菫様が出向かれる必要はありません。捜索隊を組んで向かわせます」

「お言葉ですがそれは無謀でしょう」


 それは扉の向こうに現れた白銀(しろがね)の言葉だった。


「相手はあれだけの力の持ち主。むやみに兵を出しても犠牲者が増えるだけです」

「じゃが……」

「私が行きます」


 白銀は迷いなく言い放った。朧の前に歩み寄り、片膝をついて礼を執る。


「欠損した守護石の状態を早急に確かめる必要もございます。調査と、李の救出を優先し帰還いたします。どうかご許可を」


 李が緋焔にさらわれたのであれば、精鋭ぞろいの兵とはいえど犠牲なしというわけにはいかないだろう。

 妖魔と思われるあの男の力は計り知れないが、白銀がこのように進言するということは自信があるからに他ならない。


 逡巡の後、朧は絞り出すように告げた。


「わかった。白銀、そなたに任せよう」

「ありがとうございます!」


 立ち上がり部屋を後にする白銀を、はるかが慌てて追う。


「まって、私も連れてってよぅ!」

「なんだって?」


 はるかの言葉に白銀は足を止め振り返る。

 時雨と朧も後を追って部屋を出てきた。


「そんな、無茶ですぞ」

「おやめください、栞菫様!」


 長老たちの手前、言葉を改めて白銀が言う。


「お気持ちはお察ししますが、危険です。城で吉報をお待ちください。栞菫様が気にかけておられた秋良という者もここ、に……」


 白銀は言葉を失う。時雨と朧がしきりに『言うな』と身振りで示していたのに気付いたためだったが、遅かった。


「秋良ちゃん!? 秋良ちゃんは、どこにいるの?」

「え、それは――」


 白銀は長老たちを見た。はるかはその視線を追って振り返る。


「どこにいるの!?」


 敬愛する姫に詰め寄られ、教えないわけにはいかなかった。居場所を聞くや否や、はるかは廊下を走りだす。


「栞菫様!」

「お待ちくだされ!」


 長老たちも大慌てで後を追う。

 廊下の角で栞菫にぶつかりそうになった侍従長が声を上げる。


「栞菫様! 廊下を走っては……まぁ、長老様たちまで!」


 それを遠目に、白銀はぽつりとつぶやいた。


「まずかったな、俺」


 秋良がいるから留まるように、と説得するつもりだったのだが。

 白銀も遅れて後を追った。



三長老さんちょうろう

 暁城の政務を補佐する。暁城ではいわゆる国王としての位置づけである『聖』が栞菫だが、長く不在だったため三長老が皆をまとめていた。

 基本三人の合議で進められていたが、内政は時雨、軍務は朧、外交は泡雲と、それぞれの経験から得意な部分を主に担っている。

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