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弐・焔禍 後


 陽昇国(ひいづるくに)北部の調査を終えぬまま、(みどり)浅葱(あさぎ)と共に暁城(あかつきのしろ)へ戻る道を急いでいた。

 守護石が破壊されたとの報せを受けたのだ。


 彩玻動流(さいはどうりゅう)を正しく導くべく、環姫(たまきひめ)により双月界各地に配された六つの守護石。陽昇国にあるそれが破壊された。

 直接確認したわけではない。が、彩玻動の感知力に長けた珠織人(たまおりびと)の中でも、栞菫(かすみ)に次ぐ力を持つとされる時雨(しぐれ)がそれを感知したのだ。


 完全なる破壊ではないようだが、彩玻動流は乱れ始めている。現に短刀を用いて彩波動流の道を開き移動する『彩渡(いろわた)り』が使えない。それゆえに陸路を急ぎ戻るしかなかった。


 黄昏時を過ぎ、ようやく暁城の北門が近づいた。門の前から萌葱(もえぎ)が駆け寄ってくる。


「翠殿、お待ちしておりました! た、大変なことに……!」


 慌てる萌葱を、良く似た容姿の浅葱がなだめる。


「兄さん、落ち着いて。状況の説明を」

「暁城内に侵入者が! 北門から結界を破り、門番を殺害。その後の行方も正体も、まだ……」


 翠は足早に門をくぐり城へ向かう道を急ぎながら報告を受ける。

 城内はさながら戦を控えているかのような有様だ。侵入者を探す兵が松明を手に往来しつつ、混乱する住民を屋内に避難するよう誘導している。


「栞菫様は?」


 翠の問いかけは城全体を揺るがす大きな爆発音にかき消された。

 振り仰ぐ丘の上にそびえる暁城。夜空に登り始めた半円状の蒼月(あおのつき)が、立ち昇る黒煙を照らす。その位置には栞菫の部屋が――。


 萌葱と浅葱が振り向いた時、翠はすでにそちらへ向けて駈けだしていた。






 秋良と白銀(しろがね)の刃が交差する瞬間の爆音に、ふたりは同時に刀を引いた。

 音の元は枝葉の影になって見えないが、紺色の夜空に黒煙が昇っている。


「あれは……っ――」


 秋良は走り出した白銀を追う形で駆けだす。あれは、先刻までいた場所に違いない。


 侵入者――自分が見つかったものだとばかり思っていた。白銀とのやりとりで他者の存在が浮かび上がったそのときに、気が付くべきだった。この城内で、最も狙われる可能性の高い存在は、はるか……いや、栞菫、だ。


――なにをしているんだ?


 心の中に湧き上がる当然の疑問。


――城外へ出る絶好の機会だろう。みすみす逃す気か?


 ……ああ、その通りだ。本当に馬鹿げてるな!


 秋良はそれでも足を止めず、渡ってきた枝の下を駆け戻る。






 広い栞菫の部屋。

 寝台そばの窓側の壁と、隣室との間の壁。それがあった場所には、屋外に並ぶ樹木と夜空がくすぶる煙にかすんで見えている。

 室内の調度品も倒れたりひっくり返ったりと散乱していた。そのいずれもが、黒く煤けて燻された煙をあげている。


 扉に近い位置にひとり立つ、赤髪の男。吊り上がった眼の中で、小さな金色の瞳が窓際だった場所に視線を走らせる。

 窓はおろか壁床もろとも吹き飛んだ厚い石壁。その手前にある寝台は焦げた布と木片の塊となって山を作っている。


「威力がいまひとつだな……長年閉じ込められていたせいか。あいつの言う通りまだ完全じゃあないのか……」


 男は首をかしげながらつぶやいた。

 元寝台だった塊から木片がいくつか転がり落ちる。直後、その中から煤けた少女が現れた。


「あーびっくりしたぁ!」


 茶色がかった金色の髪は乱れ、白い肌だけでなく白と桜色の重ねも煤だらけになっている。

 男がかざした手のひらに火球が現れた瞬間、とっさに寝台の下に隠れたのだ。直後に、火球が直撃したのであろう窓側から起こった爆音。

 想像していた以上の爆発、よけていなかったらどうなっていたか。

 はるかは斜め後ろを振り返った。ぽっかりと口を開けた外への新しい出入口は、その縁が黒く焼け付き白と黒の煙をもうもうとあげている。


「な、なにするのっ!」


 木片の中から敢然と立ちあがった。が、爆発に驚いたせいか足元がおぼつかない。一歩、二歩と踏みとどまり、大穴を背に男と対峙する。


「壁、こんなにして……長老様たちに怒られるじゃない!」


 男は呆れかえった顔を返す。


「お前、頭悪いだろ」

「えぇっ!?」


 なんでわかったの、と言わんばかりに驚くはるかに、男はにやりと笑う。


「とにかく。本調子でないとはいえ、この緋焔(ひえん)様の一撃をかわすとはな。さすが環姫(あいつ)の現身、というところか。だが……」


 緋焔、と名乗った男は、ゆっくりとした動作で右腕を上げた。その人差し指が、はるかを指す。


「こっちはどうだろうなぁ?」


 次はなにが襲ってくるのか、はるかの心を不安が満たす。

 悟られないよう、早鐘のように鳴る心音には気づかないふりで。緋焔の金色の瞳を強く睨み返した。


 金色の、瞳――?


 周囲の音が急速に遠く。視界に映る景色は収束し、遠くから自分のほうへ向かって白一色へと塗り替えられていく。


 反対に自分側から広がる光景は、光と、風と緑。樹々のささやきと鳥のさえずり。

 森の中を、進んでいた。

 手を、引かれている。

 目の前にいる黒髪の少年に。こちらを振りむいた顔は、ぼんやりとしていてよくわからない。

 ただ、彼の瞳の金色だけが、はっきりと――。


 ――!!


 遠くから、誰かがよぶ声が聞こえた気がした。

 直後身体を衝撃が貫き、左胸に刺さった熱い痛み。


 意識は唐突に引き戻される。

 すく眼の前に、膝から崩れる翠の背中が見えた。彼の左肩には細く貫かれた傷痕。その周りは黒く灼けたようにくすぶっている。

 その光景はぐらりと傾き、天井が見えた。同時に背中に硬い床の感触がひやりと背に触れた。






 壁面に開いた大穴が近づき、白銀は地を蹴って樹上に跳びあがる。室内の様子が目線の位置に来た瞬間、白銀は己の眼を疑った。


 部屋の中央に立つ赤髪の男の指先から、白熱する光線が栞菫へ向けて発せられた。同時に扉を破って跳び込んできた翠が栞菫の前に割って入る。

 翠の左肩を光線が貫く。光の筋は栞菫の左胸に吸い込まれた。その衝撃なのか傷のためか。栞菫は体勢を崩し床に倒れ込んだ。

 それは一瞬のことであったろう。しかし白銀には時の流れが緩やかになったように、全てが眼に焼き付いていた。


「栞菫!」


 白銀が室内に跳び移ると、間をおかずに秋良も室内へ踏み込んだ。白銀が駆け寄るよりも早く倒れているはるかに飛びついた。


「おい、はるか!」


 はるかは瞳を閉じ、ぐったりと横たわっている。焦げた臭いが鼻についた。白と桜色の重ねの左胸、まさに心臓の真上であるその位置に焦げ付いた穴が開いている。

 背中に腕を差し込んで起こすが、背中には傷がない。


「う……熱っつ……」


 はるかは秋良の腕の中で微かにうめく。翠と白銀が安堵の息を漏らす。

 翠が盾になったおかげで、威力が抑えられていたのか――。


「はぁ!? なんだそりゃあ! 貫通してようがしてなかろーが、核の位置をしっかりかすめてただろうが!!」


 紫水晶の瞳を開いた栞菫に対し、緋焔が吠える。


「てめぇを死なねぇ程度に弱らせて連れてこうと思ってたのによぉ……これじゃあ、あのじじいの言ったとおりにするしかねぇじゃねえかよ」


 悔しげな緋焔の言葉尻にかぶせるように、廊下の方から兵達の喚声が聞こえてくる。

 白銀も刀の柄に手をかけ、緋焔に向き直った。


「何者かは知らぬが、この暁城での狼藉……それ相応の償いをしてもらうぞ」


 緋焔はそれをうるさそうに一瞥し、踵を返した。

 床を蹴った白銀が抜刀し素早く間合いを詰める。緋焔が舌打ちした瞬間、刀を振り上げんとした眼前を火柱が遮った。

 その隙に緋焔が下駄履きの足を床に沿って横凪にする。軌跡に沿って噴き上がった炎が緋焔の姿を覆い隠す。


「今日はこれでお開きだ。あの女を助けたかったら、稀石姫(きせきのひめ)、お前が直接守護石のところまで来るんだな!」


 壁の穴から吹き込む風が炎と煙を散らした時には、侵入者の姿は跡形もなかった。



彩渡いろわたり】珠織人の中でも諜報隊のみに許された移動術。彩玻動の伝導性が高い特殊鋼を使用した短刀に施された術式を発動させることで、彩玻動流を道として渡り瞬時に移動することができる。


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