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弐・栞菫 中



 はるかは再び上半身を起こし、恐る恐る(すもも)に尋ねる。


「私、ほんとうに『栞菫(かすみ)』なの……?」


 李ははるかの背を腕で支えると、大きな枕を寝台の頭板に立てかけた。それを背もたれにするように、はるかの身体を座らせる。

 おっとりとした話し方とは裏腹な素早い対応は世話慣れしていることを感じさせた。


「ちょっと待ってくださいねぇ」


 李は寝台の横に置かれた小さな棚から手鏡を取り出し、はるかの前にかざした。


「ほら、ご覧になってください」


 鏡に映るのは不安げな表情をした自分の顔。

 秋良とは対照的な白い肌と金色がかった茶色の髪。窓からの光を浴びているため、ほとんど金色に見えている。

 今までは水に映すか、街で売られている曇った鏡でしか見ることがなかった。こんなにきれいに磨かれた鏡で、はっきりと自身の姿を見るのは初めてだった。


「いいですかぁ? ほら、その瞳の中ですよ~。真ん中にまるがあってぇ、その周りを囲む輪っかがあるでしょう?」


 李に言われ鏡に顔を近づけてみる。

 大きな紫水晶の色をした瞳。幾分濃い色の瞳孔と、そこからほんの僅か離れた位置を囲むように瞳孔と同じ色の輪がかかっている。


「ほらほら、李もおそろいですよ~」


 おそろいなのが嬉しいのか、楽しそうに李は自分の眼を指した。

 明るい褐色と思われた髪と瞳は、陽の光に透けると桃色に見えた。その瞳孔は、はるかと同じく一重の輪を冠している。


「これが、私たちが珠織人(たまおりびと)である証ですよ。他の種族の人たちには、この輪っかがないんです~」

「たまおりびと、って?」


 はるかの問いに、李は鏡を元通りしまう。傍らにあった椅子に腰かけて姿勢を正す。咳ばらいをひとつし、おもむろに話し始めた。


「私たちのご先祖様はですねぇ、蒼月(あおのつき)から遣わされた環姫(たまきひめ)様が妖魔六将を倒すため、使徒のひとりとしてお創りになられたんですよ。

 その時に環姫様が行われた術と同じ方法を使って、双月界の力の波動が結晶した石から私たちは生まれるんですね~。瞳と髪の色は、素となった結晶の色が反映されると言われているのです!」

「はぁ~……」


 はるかは感心ともため息ともつかぬ中途半端な返事をした。

 難しくて大半は理解できなかった。

 そうとは知らず、李は眼を閉じて恍惚とした表情を浮かべている。


「あぁ、いつもは栞菫様に……いえ、会う人会う人に教えられてばかりの李が、こうして栞菫様にお教えする日がくるなんて」


 他の種族の人……秋良の瞳は、どうだっただろうか。

 瞳の色が鳶色(とびいろ)だったことは覚えているが、その構造まで注視して見たことはなかった。

 もちろん、近距離での観察なんてことを秋良が許すはずはなかっただろうが。


 知らず難しい顔になっていたはるかの手を取り、李は言う。


「今は思い出せなくても、きっとすぐに思い出されますよ~。栞菫様はとっても頭が良くってぇ、きびきびしていて、お優しくって。李の憧れの方なんですもん」


 それを聞いたはるかの表情は暗い。

 物覚えが悪く、優柔不断で、いつも『もたもたするな』と秋良にどやされていた自分と同一人物とは思えなかった。


 その時、どこからか硬いものを叩く音が聞こえた。


「はぁ~い、どなたですかぁ?」


 李が後ろを振り返って声を張る。

 その方向、三間ほど先にある突き当りの壁に両開きの扉が見えた。音は扉が叩かれたものだったのだろう。

 扉越しに、音の主が呼びかけてくる。


(みどり)だ。栞菫様はお目覚めか?」


 若い男の声だった。物静かな印象を与える落ち着いた声。

 それを聞くや否や、李は椅子を蹴るように立ち上がり扉に向かって直立不動の体勢をとった。


「みみみみ翠様っ!?」

「もし意識が戻られているならお目通り願う」

「はいっ、今……栞菫様、よ、よろしいですよねっ」


 振り返った李のただならぬ様子に、はるかはただうなずく。

 李は勢い込んで扉に飛びついたが、そこは侍女のたしなみ。ゆっくりと扉を開けると横に控え頭を下げた。


 開かれた扉より現れたのは長身の青年だった。

 以前見た三人の老人の衣服に似た白い長衣だが、装飾は少し抑えられたものを身に着けている。

 彼は一礼してから部屋へ入り、傍らに控える李に視線を送った。


「席をはずしてもらえぬか」

「はいっ、ただいま」


 翠の顔を正視できず赤らめた顔をうつむけたまま返事をすると、李は部屋を後にし静かに扉を閉めた。

 すぐそばまで歩み寄った青年を、はるかはじっと見上げる。


 秋良ははるかよりも背が高かったが、翠はそれよりもさらに高い。

 つやのある黒髪と、黒に限りなく近い常盤緑(ときわみどり)の瞳。静かな水面を連想させる表情。

 それは沙里の町で見たことのある若者たちとは違う、どこか高潔な雰囲気を漂わせていた。


 彼は寝台の傍らに片膝をつき、深々と一礼した。


「お戻りになられて何より」

「あっ、いえ……」


 はるかもつられて頭を下げる。

 顔を上げた翠の表情は扉の向こうに見た時と変わらず、李と違って感情が読み取れない。

 秋良も怒りの感情が表に出やすい人だった。

 今まで出会ったことのない型の人物に、はるかは少し緊張していた。


 翠はそのままの姿勢ではるかに告げる。


「栞菫様をここにお連れするまでのことを、ご報告に上がりました」

「あなたが、私を?」

「はい」


 それを聞いたはるかの胸に期待が沸き起こる。

 秋良のことを知っているのではないだろうか、そう思ったのだ。

 今すぐにでも秋良のことを聞きたかったが、どうもこのままでは話しにくい。


「あ、あの。その椅子に座って?」

「……では」


 はるかに勧められるまま、翠は李が座っていた椅子に腰かける。

 翠はしばらくの間、黙ってはるかを見つめていた。はるかも、翠が話し始めるのを待って見つめ返す。

 ふたりの間に流れた沈黙を破ったのは翠だった。


「ご報告申し上げてよろしいか?」

「あっ」


 言われて、はるかはようやく気がつく。

 きっと彼は、こちらが促すのを待っていたのだろう。察せられなかった自分に恥じ入りながら、こくこくとうなずいた。


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