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壱・覚醒


 あおい――


 見えているのは、透明な(あお)

 白に近い清かな色


 それは水の?

 それは空の?


 ……わからない


 この蒼い世界はどこなのだろう

 どうしてこの蒼は、こんなにもはっきりと見えているのだろう


 今は、眼を閉じているはずなのに。


 ……ああ、そうか。眠っていた、の?


――波長がどことなく違……

――しかしお姿は確かに……


 周りから声が聞こえる。

 自身の中で『眠っていた』という認識は強まり、思考が明瞭になっていくのを感じる。

 相反して意識を満たしていた蒼は薄れて消えていった。


 残されたのは闇。

 眼を閉じているからなのだろう、と思うも闇は消えない。

 途端に言いようのない不安が訪れる。

 起き上がろうとしても手足すら動かないのだ。


 どこかに横たえられているのは、なんとなくわかる。

 そもそも、なぜこうしているのだろう。


 ……そうだ、炎狗(えんく)に襲われて――秋良ちゃんは無事だろうか


 意識を失う直前の記憶が呼び起こされた頃には、不明瞭だった周囲の声もはっきり聞こえるようになっていた。

 難しい言葉を話していて内容はほとんどわからないが、老人が三人、会話している。


「おお、お目覚めになられたのではないか?」

「ふむ……」


 左手首に、皺の刻まれた指が触れる感触。

 その主が安堵を含んだ声で告げる。


「もう良い頃合いじゃろう」

「さぁ、ゆっくりと眼を開けてくだされ」


 促されるまま、はるかはゆっくりと重い瞼を押し上げる。

 同時に周囲からどよめきが起こった。老人たち以外にも、複数の人がいたようだ。


 最初に見えたのは、ずっと高い位置にある天井。

 天然の岩を削ったのであろう岩肌が曲線を描いて壁まで続いている。

 そして、三方から囲み見下ろす老人の姿。


 彼らは皆、白を基調とした長衣で足元までを覆っている。

 長い白髪をひとつに束ねた者、白い長髭をたくわえた者、眼を閉じたままの者。似た衣服をまとってはいるが、それぞれ異なる色と意匠の装飾が施されている。

 はるかは不思議に思った。

 三人が三人とも、一様に涙を流しているのだ。


「……どうして、泣いているの?」


 張り付いた喉でやっと絞り出した声は枯れており、自分の声ではないようだった。

 白鬚の老人が涙を拭って言った。


「ご心配召されるな、我らは嬉しくて泣いておりますのじゃ」

「そうなんだ……よかった」


 はるかはそっと眼を閉じた。瞼が重すぎて開けているのが辛くなってきたのだ。

 喉の奥から血の味が感じられ、思わず顔をしかめる。

 今度は別の老人の声がした。


「あまり話されるとお身体に触ります。まだ思うように動けぬはず。しばしご静養くださいませ」

「さぁ、輿を持て。お部屋までお連れするのだ」


 複数の軽い足音がし、はるかはわずかに眼を開けた。

 駆け寄ってきた少女たちは、白の薄地の下に薄紅の着物を重ねた同じ衣服に身を包んでいる。


「お輿へ」

「失礼いたします」


 はるかと同じ年頃に見える少女たちは、動けないはるかの身体を手際よく輿へと移す。

 輿に敷き詰められた柔らかい布に身体が包まれる。とたん、抗いようのない睡魔に襲われ、意識がゆっくりと閉じていく。


 輿が動き、遠ざかっていく老人たちの話し声が聞こえた。


「お身体が優れないのに我らのことを心配してくださるとは」

「さすがは栞菫(かすみ)様じゃ」

「ほんにご無事で何より……」


 かすみ、さま……って誰だろう


 どこか懐かしく感じるその名を、はるかは心の中で繰り返しつぶやいてみる。

 いつしか意識は深い深淵へと沈んでいく。

 そんなはるかを受け止めるように、優しい蒼が再び包み込んでいった。



新章開始です。

読んでくださっている方、応援してくださっている方、皆様へ感謝です!

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― 新着の感想 ―
[良い点] はるかちゃん……いや、栞菫様……想像以上に尊いご身分の御方だった!?(; ゜Д゜)
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