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明らかな双月の下、遥かなる地へ  作者: 蝦夷縞りす
壱・はるかと秋良
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捌・暁城の使者 中


 普段は夢など見たりはしないのに、自分が思っていた以上に疲労していたということか。

 確かに未だ重さの残る身体を無理やりに寝台から引きはがし、枕の下から対の小曲刀を取り出して腰に帯びる。


 隣の寝台には、昨晩と変わらず眠ったままのはるか。

 あまりに静かだが、口元に手をかざすと浅くとも呼吸はしている。


「おい、はるか。起きろ」


 声をかけるが、起きる様子はない。

 もとより、この程度で目覚めることなど今まであったためしがない。

 次の段階として軽く頬を叩きながら声をかけるが、それでも起きない。

 秋良はおもむろに右手を拳に握り固め、勢い良くはるかの頭に振り下ろした。もちろん、手加減はしている。多少。


 それでも、まったく動く様子がない。

 この最終段階を経て起きなかったことは一度もなかった。


「やっぱり医者か……?」


 だが、尋常ではない回復力を見せるような者を医者に診せて良いものか。


 双月界(そうげつかい)に存在する種族の中でも、戦闘能力の高い種族は回復力が早いと聞いたことがある。


 双月界には六つの種族が存在する。かつてそれぞれの種族がそれぞれの国を治めていたが、百年ほど前に起きたという戦乱の後、種族間の交流は皆無に等しい。


 秋良が属する種族である斎一民(さいいつのたみ)風翔国(かぜかけるくに)を治めていた。

 戦禍に見舞われ王族を失い、住む地を失った斎一民は双月界の各国へ散っていった。

 他国を治める種族は斎一民を受け入れ、一部の土地を明け渡した。しかし種族間の交流はほとんどなく、お互いに定められた土地の境界線を侵すこともないのが現状である。

 今は風翔国にも人が戻りつつあるようだが、一度腰を落ち着けてしまった地から離れる者は少ない。


 この陽昇国も、かつて統治していたのは珠織人(たまおりびと)という種族だ。

 今や珠織人は暁城(あかつきのしろ)に籠っており、城外の海辺と砂漠の両端に斎一民が暮らす街や村が点在している。


 斎一民内でも他種族のことは語られることがないため、秋良も歴史書などから得た知識のみで実際に見たことは一度もない。

 はるかのことも他種族かもしれないと思ってはいたものの、確かめる術はなかった。



 秋良は思考を止めた。

 右手を小曲刀の柄にかけ、音なく素早い身のこなしで扉の脇に移動する。


 扉の向こうの気配と音に神経を集中させる。

 音がほとんどない。それゆえに階段を上がりきるまで察することができなかった。

 宿屋の主ではないことは確かだ。

 

 誰も通すなと言いつけてあったのに、あの禿親父。


 まだ禿げていないがそれを気にしている広満に内心悪態をつきつつ、壁に背中を預けたまま様子を窺う。


 左側、階段のある方の廊下から歩いてくる。

 歩幅からして男。そして、ひとり。

 相手は扉のすぐ向こうに立った。

 控えめな音で扉が叩かれる。


 わずかな逡巡の後、秋良は短く訪ねた。


「誰だ」

「私は暁城の者。名を(みどり)という。人を探している」


 全く予期できなかった返答に、秋良は面食らった。

 声の主は若い男だ。若いが、落ち着きと貫禄も感じられる。

 しかも、暁城とは……


――暁城の連中を見かけたっていう話もあるしな


 秋良は沙里の情報屋・吉満から聞いた言葉を思い出した。

 噂は本当だったのか?

 しかし、扉の向こうにいる者がそうとは限らない。同じく噂を聞いた者が名前をかたっている可能性もある。


 時間にして数秒、ためらった後。

 秋良は鍵を外しわずかに扉を押し開けた。もちろん刀の柄は握ったまま、いつでも押し返せる体勢でだ。


 珠織人であれば確かめてみたいという好奇心が、秋良を動かしたのだ。


 わずか一寸ほど開かれた扉の隙間から、秋良は相手の上から下までざっと瞬時に観察する。


 扉より一歩離れたところに立つその男は、二十歳そこそこに見える。本当に珠織人であれば長寿の種族であるらしいから、実年齢は定かではない。

 背は秋良より高い。六尺はある。

 深い闇色の髪に、同色、いや深い緑色の瞳。

 右肩に赤い紋章が施された白を基調とした長衣を纏うその男は、斎一民と見分けがつかない。


 秋良は内心拍子抜けしつつも、油断なく問う。


「ここの主人に断ってきたのか」

「こちらにも事情がある。人目につくわけにはいかないのだ」


 翠と名乗った男は表情を動かさずに答えた。

 表情だけでなく、声からも感情を読み取ることができない。


「で、人を探してるって?」

「部屋の中にいる娘だ」


 翠の言葉が終わるのを待たず、秋良は力いっぱい扉を引いて廊下に跳び出す。

 同時に相手を掴み扉の正面にある壁に押し付けつつ、喉元に小曲刀を突き付ける。

 ――はずだった。


 翠の胸元を掴みに行った左手は空を切った。が、秋良は即座に切り替える。

 左に逃れた翠に対し右の小曲刀を逆手に抜き放った勢いで横一線に薙ぐ。

 翠は半歩下がりながら上体を逸らし喉元を狙った刃を紙一重でかわしていた。


 秋良は舌打ちし右手をそのまま振り切った。

 身体を回転させる勢いのまま抜いた左の小曲刀を、振り返りざま腹部めがけて突き出す。

 それもわずか届かない。


「翠殿!」


 物音を聞きつけたのか、同じような、だが簡素な衣服に身を包んだ少年が階段から姿を見せた。

 翠は片手でそれを制し、下から切り上げられた一刀を避けつつ秋良へ告げる。


「危害を加えるつもりはない」


 秋良は身構えたまま翠を窺う。


 確かに反撃をするつもりならできただろう。

 悔しいが、紙一重で刃が届かなかったのは相手が最小限の動きでかわしていたからだ。


 こちらとて全力を出したわけではないが、斬撃を避ける間も顔色も声色も変えず。

 どこが、というわけではないが、いけ好かない男だ。


 ひとまず小曲刀を腰の両鞘に収めた。

 その時初めて、袖と裾が大きく破れた服のままであったことに気付く。外套を羽織っていれば、と思ったがもう遅い。


 秋良は部屋の入口をふさぐ形で寄りかかり腕組みをした。


「で? 中の奴がなんだって?」

「探している人物かどうか確認したいのだ」

「誰を探してる?」

「……それは答えられない」


 二人の間にしばしの沈黙。

 階下の方から宿屋の声が聞こえてきたが、下へ戻った先ほどの少年が足止めしているようだ。

 二言目が聞こえた後は、階下からの音も途絶えた。


 先に口を開いたのは秋良だった。


「じゃあ、どうやってあんたが探してるって奴かどうか確認するんだ?」

「姿を見せてもらうだけでいい」

「断る」


 きっぱりと言い放った秋良を見る翠の表情がほんのわずか動いた。

 秋良は反応を見ながら先を続ける。


「あいにく体調が悪くてな。見せられる状態じゃない」


 こちらは相手のことをまるで知らない。

 しかもはるかを探しているとなると、昨日の老人と目的が合致する。不用意に近づけるのは危険だ。


 鋭く刺す秋良の鳶色の瞳を正面から受け止めながら、翠はしばらく沈黙していた。

 表情からは相変わらず何も読み取れない。

 探りを入れるために秋良が口を開こうとしたより早く、翠が問う。


「昨晩、この街の外れに白い光が放たれていたのを知っているか?」

「さてね」

「もし部屋の中にいる者が探している人物ならば……その光が起こった時にその場にいたはずだ」

「……」

「そしておそらく、今は動くことができずに眠っているだろう」


 この男、昨日あの場所にいたのか。

 にしても、今のはるかの状態を言い当てるとは――。


「翠殿! そのような者、取り押さえて中に入ってしまえばよいのです」


 階段の方から少年の声が飛ぶ。二階の上がり口で、彼は若草色の瞳で秋良をにらみつける。


「あの老人は仲間なのか!」

萌葱(もえぎ)!」


 翠がそれまでにない、強い口調で遮る。萌葱は失言に気付き口をつぐんだ。


「出来得る限り、事を荒立てたくはないのだ」


 元の抑えた声で翠にたしなめられ、萌葱は深々と一礼し階下へ戻っていった。



(こぶし)】少年漫画で多用されがちな単語。秋良の場合、はるかへのつっこみや目覚ましに多用される。


珠織人(たまおりびと)】創世の神話にて環姫と共に戦ったとされる種族のひとつ。詳細は次章にて。


暁城(あかつきのしろ)】環織人の居城。こちらも次章にて。


一寸(いっすん)】約3cm。一寸法師の身の丈として有名。



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