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漆・希う 中



彩玻動(さいはどう)はこの八つの力に分けることができるわけだけども、今問題になっていたのは、中央にある五つ」


 雀蓮(じゃくれん)は五芒星を丸く囲んだ。


「双月界に存在する生あるものは、ほとんどがこの五つの気を宿しているんだ。草人は、皆『木』の気を。竜人族は、部族ごとに異なる気を持つんだったね」


 雀蓮が(みどり)を見た時、はるかは確信した。

 わかっているのだ。はるかが珠織人(たまおりびと)だということだけでなく、翠が竜人族だということまで。


「この五つの気だけども、それぞれ仲の良い悪いがあるんだ。『木』は『金』が苦手で……」


 雀蓮は五芒星の線に手を加え、『木』と『金』を結ぶ線を『金』から『木』への矢印へと書き換えた。


「『金』は『火』が、『火』は『水』が、『水』は『土』が、『土』は『木』をそれぞれ苦手としている。これでひと回りしたね。星の反対側の角にいるもの同士は、仲が悪い。だけど、隣あっているもの同士は相性がいいんだ。」


 今度は、星の角と角の間を曲線で結ぶ。


「で、さっき話していたのは秋良の持つ『水』の気のことだけど……見てのとおり、『水』の隣にいるのは『木』と『金』だね」


 雀蓮に視線を向けられ、はるかは慌ててうなずいた。

 大丈夫、ここまでは理解できている……はずだ。


 それに微笑みを返して、雀蓮は先を続ける。


「今秋良がつけている右腕は彩玻動を取り込んでいる。秋良の中にある彩玻動は『水』の彩玻動だ」


 雀蓮は黒板を再び裏返し、先ほど義眼と義手の説明に使った図を示した。

 その人型の周囲から右腕に向けた数本の矢印と、人型の中心に『水』という文字を書く。


「彩玻動を取り込むのとは逆に、秋良の中にある『水』の彩玻動を『力』として義手から外に出すこともできる」


 その言葉に、はるかは戦いの時に秋良が見せた水の鳥を思い出す。

 あの時、木の葉を刃に変えたり地面を陥没させたりもしていた。

 と、いうことは……。


「じゃあ、土の中の『水』を操ったり『水』と仲がいい『木』の力を、秋良ちゃんは借りることができるってこと?」

「そう! そういうこと」


 大きくうなずき破顔する雀蓮につられて、はるかも自然と笑みを浮かべた。

 雀蓮は立てていた黒板を卓の上に伏せ、口を開きかけて一瞬固まった。


「ん、何を言おうとしてたんだっけ」


 ちょうどそこに、お盆を両手で持った里夢(りむ)が戻ってきた。お盆の上には、湯呑に注がれた茶が載せられている。

 里夢は客人側から先に湯呑を出し、雀蓮が用意した実験瓶入りの茶を回収していく。

 最後に雀蓮の前に湯呑を置くときに、ぽつりと言う。


「次は、患者さんの現在の治療方針ですよね?」

「そうそう、治療方針だった」


 雀蓮はひとつ手を打って先を続けた。里夢はお盆に実験瓶を載せて再び奥へと戻っていく。


「あの腕も眼も、まだ完全には馴染んでいない。だからしばらくの間は彩玻水に入っていなくてはならないんだけど、ずっと入りっぱなしなのも良くなくてね。何日かに一度くらい、このあたりの警護も兼ねて、身体を動かしてもらっているというわけなんだ」


 その警護中に、たまたま出くわした、ということなのか。毎日のことではないのであれば、秋良と出会えたのは幸運だったと言えるだろう。


「少し尋ねたい」


 翠が言うと、雀蓮は目線で促した。


「今、警護を秋良にしてもらっていると聞いたが、秋良は――」


 そこまで言って翠は口を閉ざした。彼が言葉を選んでいる間に、はるかは翠の言わんとしていることを察した。

 あの時の秋良は、はるかたちの知っている秋良ではなかった。

 それに――


「秋良としての感情も意思も持たず、ただ眼前の敵に向かう……あれは、まるで人形だ」


 そう言った翠は、微かに眉根を寄せた。

 翠の言葉に続くべく、冴空(さすけ)が慌てて立ち上がる。


「あのっ! あの……先生は、良かお人だす。そだば、信じたくねっすが」


 そこまで言いかけて、冴空はうつむいた。その表情は、今にも泣き出しそうに見える。

 再び顔を上げた彼は、固めた意志を大きな瞳にこめて正面の雀蓮を強く見つめた。


「秋良の兄貴を、あげな風にしちまったんも、先生だすな」


 はるかと翠は、驚愕の眼差しを冴空に送った。はるかは、すぐに雀蓮を振り返る。

 雀蓮は冴空の真摯な眼差しを、逸らすことなく受け止めていた。瞳に宿るのは、静まり返った深紅の泉――。

 夢で秋良を呑み込んだ血の泉の静寂を思わせ、はるかは不安に身を縮める。


 木々を揺らす風の音が、窓の外を抜けていく。風が強くなってきたようだ。

 しかし室内は風のない夜の森のようにしんと静まり返っている。


 痛いほどの静寂の中、冴空と雀蓮はお互い眼を逸らさずにいた。


 秋良の行方を捜しているとき、冴空は秋良の気配がどこにも感じられないと言っていた。その原因が、何者かの術によるものではないかとも。

 はるかは、それが妖魔六将の仕掛けたものだとばかり考えていた。秋良に瀕死の重傷を負わせた者が、秋良に何らかの術をかけたのだ、と。


 息詰るような緊張の中、はるかは雀蓮を見つめる。

 雀蓮が秋良を人形のようにしただなんて。

 冴空の言葉を、にわかには信じられなかった。


 穏やかな表情のまま黙っている雀蓮に、冴空は先を続けた。


「こん家さ通じる道を隠しなさってたあの結界、あれは先生が張られたもんだすな?」

「そうだよ」

「さっきの説明ば聞いて、わかっちまったっち。兄貴の中から、結界と同じ力を感じたっす。腕と、眼だけじゃなくて、兄貴の真ん中から……」


 冴空はその間中、一度も雀蓮から眼を逸らさない。卓の上についた両手を、拳の形に強く強く握り締めたまま。


「兄貴の心が、膜っちゅうんか結界っちゅうんか、そったらもんに包まれとって。兄貴ばそん中に閉じ込めちまったんは、先生だすな?」


 三人の視線が集中する中、雀蓮の表情は微塵も揺るがない。完璧という表現がふさわしい微笑を浮かべた唇が開かれた。

 そこから、短い返答がこぼれる。


「そうだ」


 はるかは息を吸い込み両足に力を込めた。が、すぐ隣で激しく椅子が鳴る。

 立ち上がった勢いのまま、卓の角を挟んで隣に座っている雀蓮の胸倉を掴んだのは、翠だった。


 はるかは驚きに呼吸を忘れた。引き絞られた空気に肌がしびれる。

 それはまるで、落雷直前の張り詰めた大気。

 身の周りに静かに満ちる重圧に反し、身の内には激しい雷渦を宿す。雷神・翠竜の姿が、眼前の翠に重なった。


「目的は何だ」


 問いただす翠の黒緑玉の瞳が、射るように鋭く雀蓮の双眸を捉える。

 雀蓮の顔からは笑みが消えていた。にらみ下ろす翠の視線を、正面から真摯に受け止めて言った。


「治療のためだよ。それ以外の理由などありえない」

「何故、自我を封じる必要がある?」


 翠の問いかけに、彼は瞬きほどのわずかな時間瞳を閉じる。

 その直前に雀蓮が見せた表情を、はるかは見逃さなかった。悔恨と愁傷に満ちた、水中で眠る秋良の前で見せたあの表情だ。

 再び真朱の眼が開かれた時、すでに影は消え失せていた。


「秋良が、そうすることを望んだからだ」


 雀蓮の言葉が、重く響く。

 誰ひとり動かず。強くなってきた風が窓をたたく音だけが鳴り続けていた。


【秋良の水の気】斎一民さいいつのたみは決められた属性を持たない種族。五つの気のうちのいずれかを宿して産まれてくる。


【彩玻水】彩玻動濃度の高い水。秋良の治療に使われている。星見巫女・風凛の水籠内に満たされていたのも、彩玻水。


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