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肆・再会? 中



 七夕(なゆ)による素朴な文字で記された秋良の名。本人から明かされることのなかった秋良の故郷を、こうして知ることになろうとは思っていなかった。


「あのとき」


 (みどり)が静かに話し始めた。


「秋良はひとりで敵を引きつけようとした。それは俺の言葉があったからなのだろう」


 静かに紡がれた翠の言葉に、はるかは驚いて顔を上げる。

 隣にある横顔はただまっすぐ前を見据えていた。瞳に射した木漏れ陽が、彼の黒緑玉の瞳に緑色の光を宿している。

 その中に苦悩の影を見たような気がして、はるかは翠にたずねる。


「なんて言ったの?」

「旅から外れた方が良いと。妖魔六将を相手に、戦いは苛烈になっていくだろう。斎一民(さいいつのたみ)である秋良がこれ以上共にいては、命に関わる。そう思った」


 それを聞いて、はるかは風裂(かぜさき)でのことを思い出した。

 宿に戻ってこない秋良を、翠が先に探し出していた。はるかは後からふたりを見つけ、険悪な雰囲気に驚いたのだった。


「そうだったんだ」


 はるかは穏やかなつぶやきを返した。

 翠は責任を感じて、秋良を探すことを承諾してくれたのだろう。彼が秋良を案じてくれていることが嬉しかった。


「秋良ちゃん、すごく怒ったでしょう」


 その問いかけに、翠は少し間を置いてうなずいた。


「ああ」

「うん。秋良ちゃんそういうこと言われるの、好きじゃないから」

「……すまない」

「ううん。翠くんは、秋良ちゃんのこと心配して言ってくれたんでしょう?」

「だが、それがこの結果を招いてしまった」

「違うよ、あのとき私が気を失ってなかったら……」


 言いかけて、はるかは思わず小さくふきだした。

 はるかが笑う理由がわからず戸惑う翠に、はるかは言った。


「みんな同じこと言ってるって思って。ね、冴空(さすけ)くん」


 はるかが後方を振り向く。

 立ち並ぶ木々の間に点在するいくつかの茂み。そのひとつから、恐る恐る冴空が姿を現した。


「き、気づいてたっすか……」


 冴空は、ふたりの気配を追ってここへたどりついていた。

 はるかが腰掛けて間もなく声をかけようとしたのだが、翠が先に声をかけてしまい、出る機会を失ってしまっていたのだ。


 はるかは柔らかな草に両手をついて立ち上がり言った。


「冴空くんも、翠くんも、私も。みんな自分が悪いって言ってるけど、きっとみんなちょっとずつ悪かったんだね」


 その言葉に冴空は、猫に似た陽透葉色の瞳を大きく見開く。

 はるかはそんな冴空に笑いかける。


「だから、早く秋良ちゃんを見つけて、みんなで謝ろう」


 その言葉を聞いた直後、冴空は罪を赦された咎人のように安堵感に満ちた表情を浮かべた。

 はるかは翠を振り向く。

 立ち上がった彼は小さく息をついた。


「お前らしいな」


 翠は未だ戸惑いを宿しながらも、その表情は幾分か和らいでいるように見える。


「あ、あのっ」


 冴空が意を決したように呼びかける。

 ふたりの視線が向けられ、一瞬たじろいだ。が、両の拳をぐっと握り締めて言う。


「じっ、実はちょっこ妙な気配さするとこば見っけただす」

「ほんと?」


 はるかが何気なく発した問いかけに、冴空の勢いはたちまちしおれかけた。


「え、や、その……あっしの勘違いやがしれんちゃすが……」

「そこまで案内してくれるか?」


 予想していなかった翠の言葉に、冴空は口をあけて彼を見上げた。

 一瞬遅れて、波紋のように笑みが広がっていく。


「こっちっす!」


 冴空は鹿の後足に似たしなやかな緑色の両足で、跳ねるように山を登るほうへと進んでいく。

 開いた距離を待つ間も、嬉しくてじっとしていられない様子だ。


 はるかも笑顔で駆け出す。

 その後を追って踏み出した足をふと止めて、翠は後方を振り返った。


 五感を研ぎ澄ませる。

 草木を渡る風の音、風に振れる草木の枝葉、風が運ぶ湿った土と森の香り――そのどれにも、不自然なものは感じられなかった。


「翠くん、早く行こう!」


 呼びかけられ、翠は急ぎ足で距離を縮めた。

 草木の中を跳び渡りながらも、ほとんど音を立てずに先を行く冴空を追う形で、はるかたちは山の奥へ向かっていく。


 その様子を、木の上からの視線が追いかけているとは気づかずに。


 冴空はある場所で足を止めた。

 これまで通ってきた山道となんら変わりない場所だ。しかし、冴空は確信を持った面持ちで振り返る。


「ここっす! ちぃと見とってくりゃっち」


 言い置いて、冴空はひとり茂みの奥へと消えていく。

 はるかと翠がその姿を見送ってから数分経った頃、冴空はふたりの後方から姿を見せた。


「どじゃすか? こん通り妙なことになっちょるっす」


 得意気に言う冴空に、はるかが答える。


「えっと……冴空くんが、こう、ぐるーっと回って後ろ側から来ちゃったんだよね?」

「違っ! 言われんじゃなかかと思わんでもなかったっすが……いくらあっしが草人ん中じゃ落ちこぼれとっても、森で迷うことだけはありゃせんだば!」

「ええっ、じゃあどういうこと?」


 はるかが眉根を寄せるその隣で、翠がぽつりと言をもらす。


「結界だろう」


 はるかと冴空は同時に翠を振り向いた。翠は冴空が進んでいった方向に視線を向ける。


「先に進もうとしても、施された術の力によって道を引き戻されてしまう。おそらく、そういうことなのだ」

「あ……」


 はるかは、七夕が医者について語っていた言葉を思い出した。

 健康な者が訪ねようとしてもたどりつくことはできない。病や怪我で真に医者の助けを必要としている者だけが、その医者の下へたどりつける、と。


「そっか、じゃあ……」


 はるかが言いかけたそのとき、突然冴空があらぬほうを振り向いた。

 先のとがった大きな耳を立てて、右手奥の木々のさらに向こうをじっと見つめる。と思うと、突然血相を変えてうろたえ始めた。


「どうしたの?」


 はるかが訪ねると、冴空はせわしなくあたりを見回しながら言う。


「なななんか近くにいるっす!」


 言われて、はるかも周囲を見回したが不審なものは何も見当たらない。


「べつになにも……ひゃあっ!」


 短い悲鳴を上げた時には、身体は逆様に、地面が、翠と冴空が、見る間に遠ざかる。

 はるかは何かに左足首を掴まれ、そびえる木々の枝あたりの高さまで引き上げられた。




【風裂での軋轢】肆・風波での話。妖魔六将との力の差に、旅の離脱が脳裏によぎり葛藤する秋良。折しも翠から戦線離脱を勧告されるという一幕があった。


【草人の外見】木霊森での初登場時に本文で記しているが、改めておさらい。

 草人は平均身長二尺(約1m)程。肌は白に近い緑色で、植物の表皮そのもの。手足の四本指は茎のように長く節くれだっている。脚の形状は鹿や山羊の後肢様。

 個々に異なる植物の髪を持ち、冴空は折鶴蘭。先の尖った細い耳、皮膚呼吸のため鼻はない。目は大きく、猫のように瞳孔が開閉する。

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