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参・志心 前



 はるかは穴が開くほどに見つめている。左隣に腰掛けている日和(ひより)の手元を。

 日和の小さな両手は乾燥させた蔓を交差させ、器用に籠の壁面を編み上げていく。


 ひとしきり感心した後、はるかは自分の手元に視線を戻す。

 蔓と蔓の間は不規則に隙間を作り、上から見た形は円には程遠い。籠、と呼ぶにはあまりにもおこがましい物体がそこにあった。


 ついと右の袖を引かれ、はるかは振り向いた。

 右隣に座っていた最年少の花名(かな)がこちらをじっと見上げている。


「だいじょうぶ。花名も、さいしょはへたっぴだったよ」


 そう言う花名の前では小さな小物入れが編みあがりつつある。日和のそれには及ばないものの、はるかの編んでいるものなど比較にならない程の出来栄えだ。

 とどめを刺されたような気がしつつも、慰めてくれた花名の気持ちだけはありがたく受け取ることにした。


 はるかが意識を取り戻してから既に三日が過ぎようとしていた。意識を失っている間を含めると、滞在して一週間。

 ただ宿を借り食事を与えられているばかりでは申し訳ないと、(みどり)は少年たちの狩りや薪集めを手伝ったり、薪割りをしたりしている。

 はるかは七夕(なゆ)に手伝いを申し出た。野菜の皮を剥こうとして指を切り、掃除をしようとして桶につまづき床を水浸しにした。その結果、手伝いは丁重にお断りされてしまった。

 それでも何かできることはないかと、今日は子供たちに籠編みを教えてもらっていた。が、結果はこのとおりだ。


 籠編みを始めてから二時間が過ぎ、休憩を取ることになった。

 はるかは気晴らしに外へ出る。


 家から続く草むらの先、家を遠く囲む木々の上に広がる空は今日も良く晴れていた。

 翠は七生(ななお)と一緒に子供たちを引き連れて、染物のための花を摘みに森へ出かけている。


 同じ年頃の子供ならまだ遊び盛りだろうに、ここの子供たちはよく働いている。しかも、自分たちのしていることが自らを生かすための糧となることを理解した上で。

 だからだろうか。他の街で見かける子供たちよりも、ずいぶんとしっかりした印象を受ける。

 七夕や七生の言いつけを良く守り、少しでも年上の者が目下の者の世話をして。みんなが助け合いながら、器用に何でもこなしているのだ。



 秋良も、何でもできる人だった。

 戦いに関することだけではない。

 はるかがなくしてしまった家の鍵の代わりに、針金のようなもので代用品を作って鍵を開けたり。

 八つ当たりして釘が外れて解体してしまった椅子を自分で直したり。

 滅多にすることはなかったが、本当に気が向いたときにだけ作る料理は、大雑把なようで繊細な味わいの逸品だった。


 幼い頃からひとりでいろいろなことをしてきたからなのだろうか。

 推測することはできても、秋良の過去に関する真実は何も知らないのだと改めて思う。

 秋良がどこで生まれたのか。幼い頃をどのように過ごしたのか。沙流(さる)砂漠で出会う前のことは何ひとつ……。


「え?」


 誰かに呼ばれたような気がして、はるかはあたりを見回す。

 気がつけば考え事をしながら森との境目まで歩いてきていた。しかし、眼の届く範囲には誰の姿も気配もない。

 不審に思っていると、突然頭上から降り下がって来るものがあった。


「あっしっすよ」

「ひゃぎゃっ!」


 予想もしていなかった位置から起きた想定外の事態に、はるかは口から変な音を発してしりもちをついた。

 その音に驚いたのか、樹上のそれも変な音を発して樹から落下した。


「にょえっ!」

「なんだぁ、冴空(さすけ)くんか」

「び、びっくりしたっす」


 ふたりとも胸をなでおろしたところで、冴空は我に返りあたりを見回した。

 はるか以外の気配が周囲にないことを確認すると、小さな声で話し始める。


「あっし、あれから兄貴の行方ば探しちょったすが、まるきしちょびっとの気配も見つからなかったちゃす」


 冴空からもたらされた報せは決して喜ばしいものではなかった。

 それなのに、人一倍精神的に打たれ弱いと思っていた冴空に気落ちした様子はない。

 はるかが不思議に思っていると、冴空は早口に先を続ける。


「兄貴がひとりでどっかさ逃げたにしちゅう、誰かが連れ去ったこても、ここまで痕跡がないちゅうんはありえねっす。術か何ぞで、わざと兄貴の気配さ消したとしか思えんのだす」

「それって、誰かが秋良ちゃんを連れて行ったってこと?」

「う~、あっしにはなんともわからんすが……兄貴がどっかでおっ死んでるのが見つからねこてば、きっと兄貴は生きちゅう。あっしは、そう信じとるっす」


 そう言って、冴空は背中から外れた包みを大事そうに抱えあげた。

 はるかはふと思い当たり、心の中で黒いものが軋みを上げるのを感じながらたずねる。


「それ、もしかして秋良ちゃんの……」


 冴空は無言で首肯した。

 残されていた秋良の腕を、鮮度を保つ瑞輝草(みずきそう)の葉で幾重にも包み、その上から布で包んだものだ。

 秋良が無事に見つかったとしても、この切り落とされた腕が戻ることはないだろう。かといって、あのまま打ち捨てておくこともできなかった。


「あっしは、なんとしても兄貴を見つけなくてはならんのだす」


 はるかは、包みを抱える冴空の手が微かに震えていることに気づいてしまった。

 平静に見えたのは、冴空が努めて気丈に振舞おうとしていたからなのだろう。


「物の数にもならんあっしでも、力を尽くして、なんとしても。ほじゃなきゃ、あっしはまた――」


 また何もできずに失ってしまう。風凛(ふうり)を失った、あの時のように。



【瑞輝草】木霊森を中心とした地域にのみ自生する植物。芭蕉に似た葉に大量の彩玻動を蓄えており、包んだものの質を長く保持することができる。



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