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弐・揺籃 後


 多くの事が、あった。

 ずっと、旅をしてきて……稀石姫(きせきのひめ)と呼ばれるようになる前から。秋良と……。


 心の中にある黒い根が軋む。

 はるかは振り切るように七夕(なゆ)へ話しかける。


「私、疲れたなんて言って……七夕さんはいつも子供たちの相手してるんだもんね」

「慣れよ慣れ。毎日毎日のことだもの」


 対面に腰掛け、七夕は自分のお茶を一口含む。はるかも「いただきます」と断ってから茶碗を手にした。

 七夕は、おいしそうにお茶を飲む客人の様子を満足げに見つめた。


「うちの裏手にあるお墓、見たでしょ?」


 突然振られた話題に、はるかは返答に困る。が、七夕は返答を必要としていなかったのか、すぐに先を続けた。


「あれがなんなのか、話しておくわ。事情もわからないまま、たくさんお墓がある家に寝泊りするのも気持ち悪いでしょ?」


 そう言って、七夕は笑って見せた。

 しかし彼女の口から知らされた事情は、あっけらかんとした様子からは想像もできないものだった。


「私が十一歳の頃まで、ここには村があったの。風和(ふわ)の村っていってね、父が村長をしてて……小さいけど過ごしやすい村だった。その時、私と七生は街の親戚の家に泊まりに行っていたの」


 街まで迎えに来るはずの両親が、約束の日を過ぎても迎えに来ない。

 不審に思った叔父は数人の仲間を連れてとともに村へ様子を見に行った。村にたどりついて見たのは、無残に焼き払われた村の跡地だった。

 賊に襲われたのだ。彼らはすぐにそう判断した。

 が、それにしては様子がおかしい。

 村の奥、村長宅があったさらに奥の森境に、住人たちの墓が作られていたのだ。火葬しての埋葬。簡素であるが墓標も立てられている。


「その中に、私たちの両親の名前もあった……でも、実感がないのよ。なにがあったのか、わからずじまいだし」


 叔父は街の住人や行商人に呼びかけ、村の生き残りや事件の情報を集めようとしたが、まったく実を得られなかった。


「その叔父も三年前に病気で亡くなって……私と七生はこの村に帰ってきたってわけ」


 七夕は、表情を曇らせたはるかに笑って見せた。


「やだ、そんな顔しないで。もう昔の話だし」


 茶碗をそっと持ち上げて、立ちのぼる湯気を軽く吹く。


「ここはさ、なんて言うか……孤児院みたいなものなのよね」

「こじいん?」

「そう。いろんな事情で親のいない子供たちをね、私と七生で面倒を見てるの。今はまだ小さな家だけど、そのうちまた村になればいいな……って、何十年かかるかわかんないけどさ」


 照れ隠しのように最後を笑い飛ばして見せたが、おぼろげながらも夢を抱く七夕の表情は、暖かな希望に満ちていた。

 はるかはそんな七夕の想いに顔をほころばせる。


「なるよ、きっと」

「ありがとう。でも、現実は厳しいわ。自給自足をめざしてはいるけど、まだ子供たちも小さいから……」


 畑で取れる作物や狩りで得られる獲物で食を満たし、付近で取れる花を使った染物や蔓を使った工芸品などを街に売ることで収入を得ている。

 が、それでも足りないのが実情だった。


「毎月、お金を送ってくれる人がいるのよ。誰かわからないんだけど……」

「へぇ……親切な人がいるんだね」

「ちょっとやそっとの額じゃないから、風和の村に縁のある人じゃないかって思って。その人のためにも、がんばらないと。七生も私に付き合ってよくやってくれてるし」


 七生の名を聞いてふと気がついた。

 いつの間にか七生の姿がない。同じく翠の姿も。


「七生くんは?」


 はるかがたずねると、七夕は立ち上がった。

 早くも飲み干してしまったはるかの茶碗に、おかわりを注ぎながら忍び笑いをこぼす。


「あの子ね、毎晩稽古をつけてもらっているみたいなのよ」

「翠くんに?」

「そう、本人はこっそりやってるつもりみたいだけど」


 お見通しなのよ、と七夕は少しだけ意地悪な微笑みを浮かべた。


「今は何かと物騒だから……もしものときは、あの子がここを守らなきゃいけない。そう、思っているんでしょうね」


 再び席につき、七夕は自分の茶碗に口をつける。

 茶碗の水面を見つめる七夕の栗色の瞳には、弟に対する慈しみが満ちていた。


「本当に、七生には感謝してる。今までだってずいぶん支えてもらったし……」


 つぶやいてから、七夕ははっと顔を上げる。一瞬遅れて、取り繕うように笑って見せた。


「なーんて、本人にはそんなこと言えないけどね。どうしてかな、あなたには何でも話せちゃうみたい」


 はるかはその言葉に複雑な笑みを返した。


 それはきっと、はるかが外部の者だから。

 この家を、子供たちを守るために、七生や子供たちには弱さを見せるわけにはいかない。

 そう、思っているのだろう。


 そんな七夕の思いに、はるかは秋良を重ねていた。


 どれだけ重いものをその内に抱えようとも、重さを感じさせぬよう振る舞う。

 何者にも弱さを見せようとしない。

 だけど、それは……。


「大丈夫だよ」


 はるかはぽつりと言った。


 それは、どれだけ辛いことなのだろう。

 想像もつかない、させない。彼女だけの辛さを、重さを。秋良はひとりで背負ってきたのだ。


「もっと、みんなに頼っても大丈夫だよ。ひとりじゃないんだもの」

「……そうね。ふふ、ありがとう。さ、あまり遅くならないうちに休んだほうがいいわ。なんだか顔色が良くないみたい」


 七夕は、はるかの顔を心配そうに覗き込む。

 彼女に送られ、自分にあてがわれた部屋に入り、はるかは閉ざされた扉に寄りかかった。


 本当は、秋良にこそ伝えたい言葉。

 いつも伝えようとして、とうとう言葉にすることができずに今日まで来てしまった。


――こんなことなら、もっと早く伝えておけばよかった。


 黒い根が誘い出す後ろ向きな思考を、はるかは首を振って打ち消した。


 だからこそ。伝えられなかったそれを伝えるためにも、秋良を見つけなくては。

 そのためには、少しでも体調を取り戻さなくてはならない。


「よしっ、たくさん寝なきゃ!」


 はるかは気合十分に寝台にもぐりこみ、わずかも経たないうちに眠りについた。




揺籃の住人たち

七夕なゆ】最年長十九歳。小さめの栗の瞳。肩すぎまである銅色のくせ髪をおさげにしている。前髪が短めなのは日和が切るのを失敗したからだけど気にしない。


七生ななお】七夕の実弟、十六歳。七夕と同じ栗色の瞳と銅色の髪だが、髪質はさらさら。背が高くよく食べるが細身なのが悩み。


結斗ゆいと】十四歳、赤茶の髪に少し濃い色の瞳をした兄貴肌の男の子。七夕達に次いで子供たちをまとめるのは自分だと思っている。


きり】十一歳、まっすぐな黒髪に墨色の瞳をした真面目な女の子。結斗は中身が子供なので子供たちをまとめるのは自分だと思っている。


とも】鉄色の髪に黒色の瞳をしたやんちゃな十一歳の男の子。ちゃらんぽらんなようで意外と周りをしっかり見ている。


日和ひより】ふわふわの胡桃色の髪と蜂蜜色の瞳を持つ十歳の女の子。とても引っ込み思案だけど家事には自信あり。


いずみ】小豆色の髪と同色の瞳をした男まさりな七歳の女の子。本当は男の子に混ざって狩りとかしてみたい。


美風みかぜ】褐色の瞳をした五歳の女の子。同じ黒髪だが桐のまっすぐな髪質がうらやましい。同期の泉と特に仲良し。


三歳三人組

真尋まひろ】赤錆色の髪に明るい茶の瞳。両親と違う髪色が原因で捨てられたが、七夕たちのおかげで立ち直りつつある。


和伊かずい】黒髪に藍鼠色の瞳をした泣き虫な男の子。口癖の「だって」を智に注意されてふたりで内緒の特訓中。


花名かな】黒茶色の髪。七夕と同じ栗色の瞳が自慢の女の子。赤子の頃に家に来たので三人組の中ではお姉さん。

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