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明らかな双月の下、遥かなる地へ  作者: 蝦夷縞りす
漆・秘められた過去
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玖・率爾 前



 空間ごと断ち切るような瞬迅の一太刀。

 (みどり)をぐるりと円形に囲む影の群れ。前半分が風に散る。力なくしおれた影は、地面に落ちた木の影へと戻った。


 それを踏み越えて駆ける。が――。


 新手の影が行く手を遮った。足を止めるより早く、斬り伏せたはずの影が背後で起き上がる。

 翠を捕らえんと伸びてくる影の枝をかわし、斬りおとし。はるかを追う足取りは遅々として進まない。


――これではきりがない。


 影は、何者かの術によって力を与えられているものなのだろう。ならば術の力をもってしか影に対抗することはできない。

 暁城(あかつきのしろ)の刀鍛冶が手がけた武具には、自然と法力が宿る。故に影すら断つ。

 しかし刀に宿る法力も微々たるもの。本来は、珠織人(たまおりびと)彩玻光(さいはこう)を刀身に宿すことで力を発揮する刀なのだ。

 竜人族である翠では、影に干渉する力そのものまで断ち切ることはできない。


 鳴神槍(なるかみのやり)ならば、術ごと影を断ち消すことはたやすい。だが、鳴神槍を召喚するには竜神化しなければならない。

 竜神化はその力の強大さゆえに、身体への負担も大きい。何度も立て続けに使用できるものではないのだ。

 妖魔六将に相対することになった場合、必ず竜神の力が必要になる。


 しかし、はるかと離れてしまった今。

 はるかを――栞菫(かすみ)を守ることが何より優先される。

 かすり傷を幾筋か負った顔に、決意が浮かんだそのとき。


 鋭く空をはしる音ふたつ。


 かっ――と小気味良い音を立てて幹に突き立ったのは木製の矢だ。

 樹上から飛来したそれは、木のそばにいた影の一部を貫き幹へと繋ぎとめていた。その隣にいた影も同く。もう一本の矢によって地面に縫いとめられている。


 鳥の羽に酷似した羽扇草(はおうぎそう)の葉を使用した矢羽根に、見覚えがあった。

 翠は自らを追尾する影の動きを利用し、矢が放たれる位置から狙いやすいよう影を誘導する。

 木の近くをすり抜ける影、地を這う影は次々と矢に穿たれ、罠にかかった獲物のごとくあがいている。


 すべての影を封じたと同時に、樹上から小柄な緑色が降り立った。


「影縫いの矢が効いて良かったっす……」


 冴空(さすけ)は、窮地を脱した翠以上に安堵している。

 影縫いの矢は元来、呪力を込めた矢で影を射ることによりその本体を縛るもの。影そのものが本体であるのに効くものか、確証のないまま夢中で放った矢だったのだ。


 刀を納めた翠は、脱力している冴空に向き直った。


「助かった。礼を言う」

「そ、そそそんな、あっしは……べつに、そのう」

「いや、この刀では退けられなかった」

「あぅ……」


 慣れない言葉をかけられ、冴空はどうしてよいかわからず身じろぎしながら視線をさまよわせる。それが上を向いたとき、ようやく我に返った。


「そうだ! あっし、兄貴に頼まれて稀石姫(きせきのひめ)を――」


 冴空が頭上に向けて合図すると、ゆっくりと蔓が下がってくる。蔓は壊れ物を包みこむように少女を抱えていた。


 捜し求めていた主の姿を見、翠は駆け寄った。蔓からはるかを譲り受け、そっと草の上に横たえる。

 はるかは気を失っているが、ただ眠っているだけのようにも見える。穏やかなその様子に特に異常は見受けられなかった。


「一体何が」


 つぶやく翠に、冴空は頭を振った。


「詳しい事情はあっしにも……ただ、兄貴が稀石姫の身代わりに敵をひきつけて」

「ほんと、おかげで手間取っちゃったわ」


 突然降り注ぐ声にふたりが振り向いた。

 はりつけの影たちがもがく中、悠然と現われた銀髪の幼女。

 薫路(こうろ)が指を鳴らすと、影たちは空気と同化してしまったかのように薄れて消えた。


 すべての影を一瞬にして消した。外見はあどけない幼女だが、彼女こそが影を支配していた術者なのだ。


「あーっ!」


 突然大声をあげ、冴空は薫路を指差す。


「こいつっす。この娘っことひょろっこい狐男が悪巧みして、稀石姫を亡きものにしようとしちょっただす」


 やや腰が引けながらも必死ににらみをきかせる冴空を、薫路はつまらなそうに一瞥した。


「うるさい子供ねぇ。ちょっと静かにしててくれないかしら」

「こ、子供っ!?」


 絶句する冴空をよそに、薫路はその碧眼ではるかの姿を捉える。

 翠が、背後にはるかをかばう位置に割って入った。薫路の前に立ちはだかり、暗緑色の瞳に力を込めて眼の前の幼女を見やる。


「妖魔六将の手の者か」

「さぁ、どうかしら。貴方からはどう見える?」


 すっと細められた瞳に宿る妖婦の艶やかさ。

 素肌を多くさらしたその身にまとう薄絹を揺らし、一歩また一歩と距離を詰める。


「止まれ。それ以上寄らば斬る」


 眉ひとつ動かさず、声には感慨の欠片もなく。静かに言い放つ翠に、薫路は忍び笑いをもらした。


「こんなかわいらしい女の子相手に、容赦ないのね。さすが雷神、といったところかしら?」

「……」


――この娘は一体何者なのだ。なぜ、魔竜の乱以前にしか使われていない翠竜(すいりゅう)の通り名を知っているのか。


 翠の探るような視線を受けながら、薫路はゆるく微笑んだ。


「まったく、みんなが稀石姫、稀石姫と。いいご身分だこと。仲間をひとり犠牲にしてまで守ってもらえるなんて、ねぇ?」


 その言葉に、翠はわずかに瞳を細める。

 冴空は『この娘と狐男が』と言っていた。翠自身苦戦した狐面の男と、秋良が対峙したとは。まさに翠が危惧していた状況だった。


「……秋良をどうした」

「あら、心配? もう必要ないわ。今頃は狐ちゃんにやられちゃってる頃だもの」


 歩みを止めない薫路との距離が二間にまで迫ったそのとき。抜刀すべく柄に手を掛けた。

 刹那、翠の脇を背後から疾風が抜ける。


 予想し得なかった事態に、その場の誰もが動けなかった。

 薫路は正面からぶつかってきたそれごと地面へ倒れこむ。背中を打った痛みに一瞬顔をしかめ、何が起きたのか確認すべく眼を見開いた。

 薫路の碧眼に映ったものは、揺れる金糸の髪と紫水晶の瞳だった。


【暁城の刀鍛冶】珠織人は暁城内で出来うる限り自給自足の生活をしている。武具も全て城内の職人が手掛けている。


【鳴神槍】鳴神槍含む竜人族に伝わる武具は、いつ造られたか定かではない。五竜神の名を冠していることから、荒ぶる竜神を武具に、その血を人に創り分けたとも言われている。


【羽扇草】その名の通り、鳥の羽根で作った扇のように葉を広げた草。草木の密集した場所にしか生えず、木霊森以外にも自生しているが常人が見つけるのは難しい希少な植物。


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