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明らかな双月の下、遥かなる地へ  作者: 蝦夷縞りす
漆・秘められた過去
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捌・躱避 前


 秋良は崩れた岩片と共に崖から落下していく。そんな中、自分の置かれた境遇以上の出来事に驚愕した。


「秋良ちゃん!」

 

 はるかが、飛び込んできたのである。

 どうやって狐面の攻撃をかいくぐってきたのか、崖の上から、どこあろう秋良が落下しているこの沢へ。


 背中を下に向けて落下する秋良に対し、垂直に落下するはるかの落ちる速度の方が速い。

 ぶつかるようにしがみついてくるはるかに、秋良は怒鳴った。


「お前は馬鹿か!?」


 あまりのことに頭に血が上り、自分が死に向かって落下中であることすら失念しそうだった。


 以前から馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさかこんなことをしでかすとは。

 いったいなにをどう考えて、自ら危険に、文字通り飛び込んできたというのか。

 助けようとするならば、片方が安全を確保できていることが絶対条件だ。これではただの心中にしかならない。


 下に流れる沢の脇には森が広がっているが、そこに落ちたとしてもこれだけの高さから落ちては助からないだろう。

 しかも秋良の身体は、はるかがぶつかってきた重みでさらに加速していた。

 まさに絶望的としか言いようがない。


 これまで、どんな状況にあっても生きることをあきらめなかった秋良だった。

 それでも今回ばかりは、とあきらめかけたそのとき。


「お願い、力を……!」


 胸元から、はるかの声が聞こえた。

 淡く白い光が、はるかの身体をほのかに包む。


 見る間に遠ざかっていく崖の端が映っていた秋良の視界を、光が塞ぐ。

 はるかの身体を包んでいた光は彼女の背中に収束し、左右に大きく広がっていく。

 それは白く輝く二対の翼――創世の頃、天を駈け妖魔六将を守護石に封じた天地守護(あめつちのまもり)環姫(たまきひめ)の翼だった。


 言葉を発することもできず、ただそれを凝視する秋良の身体が浮く。

 四枚の翼がふわりと空を打ち、落下を押しとどめたのだ。

 それもほんの一瞬のこと。

 光の翼はすぐに掻き消え、ふたりの身体は再び重力に支配される。


 耳元で再び鳴り始めた風を切る音は、すぐに葉と枝が擦りあい折れる音へと変わった。

 秋良はいくつもの木々の梢を巻き込みながら、はるかもろとも森の地面へ転がり落ちる。背中から地面へ落ちたときの衝撃で一瞬息が詰まったが、それほどの痛手ではない。

 身体の上だけでなく、周囲に木々の枝が無数に散らばっている。それらが空中で勢いを殺してくれたおかげだ。


 身体を起こそうとして感じた違和感に、ようやく気づく。落下する前からずっと、右の手に小曲刀を握ったままだったということに。

 我知らず緊張に強張ってしまった指をこじ開けるようにして柄から引き剥がす。

 一振りだけになってしまった小曲刀を腰の鞘に収めると、秋良は程近い茂みの根元に倒れているはるかの元へ駆け寄った。


「おい、はるか」


 声をかけたが、うつぶせに倒れたはるかはぴくりとも動かない。

 とっさに首筋に触れた。――脈はある。

 秋良は、はるかの身体を仰向けた。


 ざっと見たところではあるが、外傷はない。

 呼吸も正常だ。が、ただでさえ白い顔から血の気がすっかり引いている。それは風裂(かぜさき)の宿で倒れたはるかの姿と重なった。


 木霊森(こだまのもり)で、至道(しどう)彩波光(さいはこう)を放った後も意識を失っていた。

 彩派光を放出することが、はるかの身体に負担をかけていることは間違いない。


 とにかく、このまま寝かせておくわけにもいかない。

 何より、追っ手を完全に撒いたという確証もない今、少しでも遠くへ逃れなくては――。


 そこまで考えて、秋良は反射的に腰の小曲刀を抜き閃かせた。

 かたわらの茂みを刃が薙ぎ払う。同時に、小さな影がそこから転がり出てくる。


 小動物の気配にも過敏に反応してしまうとは……。

 気配を感じとっさに抜刀したが、自分でも意識しないうちにずいぶん気を張り詰めていたらしい。


 小曲刀を再び鞘に収めようとした動作の途中で、秋良は固まった。

 小動物だと思ったものは、まったく予想し得なかった生物だったのだ。


 茂みを跳び出した勢いのまま、地面を二転三転する小柄で華奢な白緑色の身体。

 草の葉さながらの青く束感のある髪と、そこからのぞく細くとがった耳をふるふると揺らし、それは跳び起きた。

 猫のように大きな陽透葉色の瞳を一層大きく見開いて、わたわたと落ち着きなく立ち上がる。


「い、いきなりなにしよっとつか! あ、あ、あっしは別に怪しか者だば……兄貴!?」


 見た目どおり幼い少年の声でまくし立てたが、秋良の顔を見たとたん両腕を広げて飛びついてきた。

 が、秋良がさっと身をかわしたため再び地面を転がる羽目になる。


「お前、冴空(さすけ)……とか言ったか」


 秋良は緊迫した状況にありながら、呆れ顔をせずにはいられなかった。そのままの顔で、思わぬ再会を果たした草人の若者を見下ろす。

 冴空は、転がった拍子に打った頭をさすりながら立ち上がる。細く節くれだった指は植物の茎を思わせた。


「うう……せっかくの感動の再会だっすのに。生まれてこの方、木霊森から出たことのないあっしが、はるばるやってきたっすよ」


 恨めしげに見上げてくる冴空は、草人特有の模様を織り込んだ布を腰に巻き、肩から斜めにかけた革帯で小ぶりな弓と矢筒を腰に下げている。

 が、その上から頭巾つきの外套で足首付近まで身体を包んでおり、旅支度と言われればそのように見えなくもない。


 しかし秋良は嘆く冴空をよそに、はるかを起こそうと頬を軽く張ったり頭を小突いたりしている。


「何しに来たか知らねぇが、お前にかまってる暇は」

「あああ! んごご……」


 突然大声を出した冴空に秋良はぎょっとし、すぐさま冴空の口を塞いだ。


「大声出すな! 俺たちは今追われて」

「そう、それっす!」


 冴空は口を塞ぐ手を押しのけて秋良に向き直る。


「あっし、今日の朝方に怪しい奴を見かけたっすよ!」

「なに……?」

「なにやら若い娘っこが、変な白い顔のひょろっこい奴と話してたっす。えー……稀石姫(きせきのひめ)はなんとかいう鈴を持っているから、その波長を追え……とか何とか」

「鈴?」


 秋良ははるかの腰帯に下げられた鈴に視線を落とす。

 渋めの紫と赤の糸で編まれた紐で括られた、細かな紋様が彫られた燻した銀色の鈴。それは風裂の街で占い師にもらったと、はるかから聞いてはいたが……。


【天地守護・環姫】双月界の創世神、守護神としてあがめられている四翼の女神。稀石姫は環姫の現身とされ、現存する石像と同じ姿をしている。


【彩玻光】双月界を巡る生命力の源・彩玻動を珠織人の体内で力へ変換したもの。


【冴空】木霊森の激戦で決定打となる一矢を放った草人の青年。秋良の弟子になれる日は来るのか……?


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