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捌・果断の先に 前



 岩壁に囲まれた通路を、良夜(りょうや)は一人進む。

 窓のないこの砦にとって、壁の松明が唯一の光源だ。等間隔に闇を押し広げ、行く手を照らす。


 すでに魔竜士団全員に通達してある。


 まず、副士団長である氷冬(ひとう)の死。

 緑繁国(みどりもゆるくに)での戦いの経緯と結果は、至道(しどう)の見聞きしたことから全員へ知らされた。


 次に、目指していた魔界について。

 魔界へ行くために、これ以上守護石の破壊は必要ないということ。

 現に妖魔六将と思われる彼らは、守護石跡を抜けて行き来している。

 夜天(やてん)の死後、姿をくらませていた朱鷺乃(ときの)という妖魔の術師。氷冬がどれだけ手を尽くしても見つけられなかったということは、魔界に身を潜めていたと考えて間違いないだろう。


 その魔界が滅びようとしているということ。

 だがそれも妖魔側から聞かされた情報でしかない。滅びる前に、妖魔を双月界に移そうとしていた。そう推測されるが、魔界の状態の真偽は定かではなかった。


 良夜と至道が砦に戻ってから数日間。士団内では、各々が胸のうちにある思いをぶつけ合い、議論が交わされている。

 夜天の遺志を貫き魔界を目指すべきだと言うのは夜天に心酔していた者たちだ。


 反して、これ以上争いを続けて同士を失いたくないと言う者がいる。

 竜谷(りゅうこく)から出るべきではなかったと言う者や、竜谷に戻りたいと言う者もいる。


 これまで、夜天を中心に固く結束していた魔竜士団に綻びが生じてしまった。夜天の意思を、遺志として繋ぐこと。それを望む者たちと、それに縛られていた者達に分かれたのだ。

 その原因を与えたのは、他ならぬ自分だ。

 長い眠りから醒めたとき――皆に伝えたあの言葉。


――他を全て犠牲にしてまで得る自由が魔界にあると、夜天ほどに信じることができない。

――みんながそれぞれ望む『自由』が何なのかを考えてほしい。


 縛られていた者たちの心に、良夜が植え付けてしまった種。

 それに今回の、夜天が魔界の妖魔と繋がっていたという疑惑。魔界が存亡の危機に瀕しているという疑惑が種を一気に芽吹かせたのだ。


 良夜は広間へ続く扉の前にたどり着いた。

 閉じられたその扉の先に、皆が待っている。

 

――彼らの進む道へと続く扉を、この手で開く。それが、俺のすべきこと。


 自らに言い聞かせるように心でつぶやき、良夜はゆっくりと扉を押し開いた。


 この広間は砦の正門へと続いている。正門と対面に位置する、砦の奥へと続く扉から姿を現した良夜は、靴音を響かせて進み出た。

 広間の中央に全員が整然と並んでいる。その両脇に並ぶ篝火が、その姿と広間を照らし出していた。

 全員の視線が集まっているのを感じる。その中を堂々と、据えられた壇上へと向かう。

 壇上に立った良夜は、魔竜士団総員をゆっくりと見渡した。


 かつてこの砦が完成したその時、夜天が同じ場所に立ち、集まった同志たちを見つめていた。

 夜天に率いられ、竜谷を出てこの場所に集った竜人族は七百名強。この広間も狭く感じたほどだった。

 今その場所に立つのは夜天ではなく、眼前に控えるのは半数に満たない。守護石を確保すべく各地に散っていた部隊も呼び戻してのこの数だ。


 良夜は心痛を見せることなく、凛として語りだした。


「これまで、皆良く戦ってくれた」


 広間に反響する静かな声を、士団員は沈黙の中受け止めている。


「夜天の意志を継ぎ、魔竜士団の理想のために、傷つき命を失った者たちも多くいる。ここにいる全員はその者たちに恥じぬよう、これからを生きていかなくてはならない」


 良夜は、ひとりひとりと眼を合わせながら言葉を紡ぐ。

 夜天が魔竜士団を結成してから戦を起こすまでの準備期間を含めると、実に四十年の時を共に過ごしてきたのだ。特に年若い良夜は皆に弟のようにかわいがられていた。

 良夜にとって彼らは、共に戦う同士であると同時に家族でもあったのだ。――士団長に、なる前までは。


「魔竜士団の誰もが、自由を手にするために夜天について竜谷を出た。俺は――」


 良夜は言葉を切り、息をついた。

 その言葉を聞き、皆はなんと思うだろう。

 自らの意見を受け入れてくれる者はいるだろうか。全員が裏切り者と罵るだろうか。

 士団長の責務を投げ出したと思われてもかまわない。

 これが自分の出した答え。自分のために、皆のために、最良と思われると信じて選択した道なのだ。


「今この時をもって、魔竜士団を解散する」


 一瞬の沈黙。後にどよめきが広間を埋め尽くす。

 怒り、不安、動揺。様々な感情が交錯する中、重く響く破壊音が再び静寂をもたらした。

 全員の視線が、音の発生源へ集中する。

 打ち付けられた至道の隻腕が、竜人族でも破壊しかねる強度を誇る石の壁に亀裂を生んでいた。

 至道はゆっくりと身を起こし、ぽつりと言う。


「士団長の話は終わっていない」


 良夜は至道に感謝の視線を向け、再び口を開いた。


「皆は魔竜士団の名のもとに、夜天の言う『自由』を求めて戦ってきた。だけど、これからは違う。

 家族が待つ竜谷へ戻ってもいい。地上に残り、違う道を見つけることだってできる。

 大事なのは、それを自分の意志で決めるということなんだ。誰かに従うのではなく、自分で決めて行動してほしいんだ」


 今まで魔竜士団は『夜天の追い求める自由』のためにあったのだ。

 士団員全員にとって、それが本当に『望む自由』だったのか。

 そう信じて戦っていた者は少なくはない。だが誰かに見つけてもらう自由は、真に自由とは言えないだろう。


 皆が『自由と信じてきたもの』を失った『魔竜士団』。その鎖から、皆を解放する。


 開かれた先の道には『魔竜士団』という名の枠も庇護も存在しない。

 道を示し導いてくれる者もいない。

 全ての選択権は己に委ねられ、その責任の全ては己の肩にかかってくる。

 きっと真の自由とは、己の心の内にのみ見出すことのできるものなのだ。



【双月界と魔界】双月界の地下に広く、洞穴状の竜谷がある。さらにその地中深くに魔界が存在する。守護石は深く魔界まで貫通しており、守護石破壊後の穴は魔界まで通じている。

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