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明らかな双月の下、遥かなる地へ  作者: 蝦夷縞りす
壱・はるかと秋良
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伍・砂漠を越えて 後

 はるかは、老人が来た時の様子を思い起こす。

 確かに、いつ中に入って椅子に座ったのかはわからない。

 秋良と話していたから気づかなかったのだと思っていたが、自分はともかく秋良まで気づいていなかったというのは確かに珍しいことだ。


「でもさ、片足悪くしているようなおじいちゃんだよ? たまたまじゃないのかなぁ」

「しかも糸潮(いとしお)の村から来たって? そんな田舎にこんな大金出せるじじいがいるかよ」

「うーん……」

「お前は、ほいほい他人を信じるからな。記憶と一緒に警戒心もどっかに置いて来たんだろ。すぐその辺に置いて忘れて、物なくすもんな」

「そんなことないよ。この間もなくしたと思って探してたお財布、ちゃんと手に持ってたんだから!」


 誇らしげに胸を張るはるかはさて置いて、秋良は論点を戻す。


「こんな小さな荷物に四金も出すなんざ、よほど価値のあるものか、知られちゃあまずい物が入ってるんだろうよ」


 そう吐き捨てる秋良に、はるかはいたずらっぽく笑ってみせた。


「高価なものが入ってるんだったら、中身を売っちゃえば? きっといいお金になるよ」

「そんな事できるかよ。中身の詮索は厳禁、商売は信用が第一なんだぜ」


 秋良の言葉に、はるかは笑いをこらえた。

 お金のためには嘘も平気でつくくせに、そんなに怪しいと思っている人の依頼だって受けてしまうのに、変なところにはこだわるのだ。


「言っとくが、『信用』と『信頼』はまた別だぜ? 『信用』は相手が出した金額相応の仕事をこなすってことだ。『信頼』できるのは自分の……何笑ってんだよ」

「ううん、なんでもない」


 はるかは秋良から顔が見えない様に、うつむいて顔が頭巾で隠れるようにした。

 が、すぐに秋良の拳が はるかの後頭部を叩く。


「顔隠したって肩が笑ってんだよ、肩が!」

「あはは、ごめんってば……わぁっ!」


 はるかは何かにつまずき、つんのめって砂の上に倒れた。

 身体を起こし、つまずいたものを確認するため足元を見る。


 猫のような縦長な瞳と目が合ったとたん、砂の爆煙が巻き起こる。

砂の中から跳びだしてきたたのは巨大な黄土色の蜥蜴(とかげ)だ。


「あ、秋良ちゃん、『砂走り』!」

「くっそ、またかよ!?」


――その後、琥珀の外壁に到着した頃には陽が沈みかけていた。

 何度妖魔に襲われたかは、もう覚えていない。

 はるかだけでなく、秋良もすっかり疲れ果てていた。


 この琥珀の街も沙里同様、三方位を高い石塀に囲まれている。

 砂漠から吹き付ける砂や近づく妖魔から守るためだ。侵入を防ぐため砂漠のある南側には入口がない。街へ入るには東西に設けられている門まで回り込む必要がある。


 二人は西側の門をくぐって頭巾を脱いだ。

 はるかはそのついでに、笑いすぎでいつもの倍叩かれた頭を軽くさすった。まだ少し傷みが残っている。


 痛み、といえば。

 はるかは左手の甲を見た。妖魔との戦闘で受けた傷は、もうどこにも見当たらない。秋良に比べると格段に傷の治りが早い。

 知らないうちは秋良の傷の治りが遅いのだとばかり思っていたが、どうやら自分の方が普通ではないらしい。


 陽が地平に近づくにしたがって陽光が鈍く金色に変わっていく。それに照らされる街並みは、石畳の道に石造りの家が並び沙里と同じ趣を感じさせる。

 しかし琥珀は沙里よりも二周りほど大きな街で、住んでいる人も多い。

 東西の門を両端に街の中央に横たわるこの道は、いつ来ても琥珀の中央通りとしてにぎわっている。

 夕刻という時間帯も手伝って、中央広場近くの商店街は多くの人でごった返していた。


 人ごみをかき分けるようにして、二人は中央広場へたどり着いた。

 円形に開けた石畳の広場には乾燥に強い草花を植えた花壇がある。

 周囲には買い物をする母親を待つ子供たちが遊んでいたり、夕涼みをする老人が腰かけていたりと、商店街のにぎわいとは打って変わったのんびりとした光景だ。


 秋良が見やった東の空からは夜の闇が徐々に領域を広げている。


「今日は泊りだな」


 たとえ時間や砂漠の気候という制約を抜きとしても、到底沙里まで帰る元気は残っていなかった。


「ほんと? 外泊なんて久しぶりだね」

「浮かれるなって。仕事はまだ終わってないんだぞ」


 どこに余力が残っていたのか妖魔との戦いの疲れも忘れてはしゃぐはるかに、秋良は呆れて首を横に振った。


「ほら、あのじじいがくれた地図。あれ出して」


 はるかは懐から革袋を取り出す。老人から預かった白い箱を秋良に渡し、さらに奥に入れておいた四つ折りの紙を取り出した。

 広げると四方四寸になるそれは両手を広げたほどの大きさで、簡略化した手書きの地図が描かれている。

 地図の中には赤い印がひとつ。荷物を届ける場所を示しているのだろう。


「向こうのほうだよね?」


 はるかは地図から顔を上げて北のほうを見た。塀がない側の街外れに印があったためすぐに察しがついた。

 もちろんここから眺めたところで連なる建物の陰になって目的の場所は見えない。


「この地図、間違ってねぇだろうな」


 秋良は地図をにらむ。

 琥珀には何度も訪れているが、地図に記されている場所を訪ねたことは一度もない。そのあたりは丘があるだけで建物などは存在しないからだ。


「とにかく行ってみよ?」

「ああ」


 二人は地図の示す方角へ向かった。

 道を行くほどに人の姿も建物の数も少なくなっていく。やがて石畳もなくなり、乾燥した土の地面が次第に草に覆われた地面へと変わる。


 不思議な事だが、沙流砂漠一帯を抜けるとすぐに緑が茂る大地に変わっていく。

 沙流砂漠に封じられた火を使う妖魔が土地を熱し砂漠にしたという言い伝えもあるが、そういう伝承が残るのもうなずける。

 丘に近づくほど草の丈は長く密度も急激に上がる。丘の上は林になっており、ずっと奥まで続いていたはずだ。


 秋良の記憶通り、丘が近づくと草地になる。

 二人の腰のあたりまで隠すほどの高さもある草を分け進み、丘を少し西側に回り込んだあたりに見覚えのない小さな建物が姿を現した。

 はるかが小声で言う。


「家……というか、小屋、だね……」

「ああ、こりゃあ物置だな」


 秋良が無遠慮に言い放った。

 目の前の建造物は秋良の言葉を否定できない造りをしている。二間半四方の、砂漠の地にはあまり見かけない木造の小屋。

 建材に使用されている木材自体は厚みもある丈夫そうなものだが、造りが雑で板と板の間に隙間が散見される。


 はるかはその隙間から中をのぞこうとしたが、顔が板に近づく前に秋良が外套の首根っこを捕まえてぐいと後ろに引く。


「ぐえっ!?」

「むやみに隙間をのぞくなよ。のぞいたとたん眼を突かれることもあるんだぜ」

「そんなぁ。秋良ちゃん用心深すぎるよ~」

「お前が不用心すぎるんだ。とっとと済ませるか」


 秋良が扉を叩くが返事はない。もう一度叩こうと手を上げた時、中からくぐもった声が聞こえた。


「入りなされ」


 しわがれた老人の声。扉を開けて中に入る。一歩入ったところで足を止めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はるかちゃんの傷の治りがはやいのは何か記憶がないのと関係があるのか……気になります!(*'ω'*) さて!運び先には到着したけれど、無事荷物を渡せるかな(´・ω・)
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