◆1話 出会い、回想
千くんが言った「ずっと一緒にいようね」を、「いつまでも仲良しでいようね」という意味だと思っていたので、「24時間体制で一緒にいようね」という意味だったとは、その時のわたしは思わなかったのである。
わたしが千くんと出会ったのは、お互い幼稚園児だった頃である。
もも組の証であるピンクの帽子を被った4歳のわたしは、迷子になっていた。
迷子と言っても園内、しかもただ園舎の裏にいただけだが、園児がたくさんおり、カラフルな遊具もあり、親切な先生もいる、明るいグラウンドしか知らない当時のわたしにとって、殺風景で薄暗くて人のいない園舎の裏は未開の地であり、ひとりであることの恐怖に怯えていた。
そこにやって来たのが、りんご組の証である赤い帽子を被った、当時6歳の千くんである。
見知らぬ土地での孤独死を覚悟していたわたしにとって、同じ園児、それも頼れる年長であるりんご組の園児の出現は、神の降臨に等しかった。
面識のない年下の園児に涙と鼻水全開で「こどくし……!」と抱きつかれたら、それはそれは困惑すると思うけれど、当時の千くんは幼子にして徳すでに高く、「だいじょうぶだよ」と優しい声で応え、頭を撫で続けてくれたのだった。
その出会い以来、千くんは園内で迷子になるような後輩園児がよほど心配だったのか、自由時間の度に、わたしのところに来た。
わたしはいつも遊んでくれる千くんにすっかり懐き、その心優しさにすっかり甘え切っていたので、彼が卒園の時にはギャン泣きしたものである。
わたしの泣きっぷりに心を痛めたらしい千くんは、幼児と思えぬ沈痛な面持ちで、「あこ、大丈夫だよ。あこもすぐに、ぼくと一緒の小学校になるんだよ。そしたらずっと一緒にいようね」と励ましてくれた。できた幼児である。
千くん卒園後、わたしは小学校に上がるまでのめくるめく日々で、すっかり千くんのことを忘れていた。あれだけ懐いていたのに、幼児の記憶、儚い。
しかし、千くんはこちらのことをしっかりと覚えていて、わたしの入学式当日に会いに来てくれた。
千くんはわたしの「誰?」という初対面リアクションに、かなり傷ついたようだった。
この世の終わりのような声で「あこ……?」と呼ばれた時に、記憶が蘇り、温かな日々を思い出し、再会の喜びが身の内に溢れ、満面の笑みで「せんくん!」と叫ぶと、千くん涙腺崩壊、凄い勢いで抱きつかれた。
忘れられていたことが非常に堪えたらしく、「ずっと一緒にいようねって言ったの、覚えてる……?」と、抱きついたまま、感情の死に絶えた声で訊かれ、お、怒ってる、怒ってる、怒られたことのない千くんに今日怒られる、と慄いたわたしは慌てて、「いる、ずっと、あこ、せんくんといっしょ、もちろんですやん!」と、しどろもどろで答えた。
答えたら、千くんはとろけるような笑顔で「よかった」と頷いた。桜の降る下で涙の再開、映画のハイライトシーンに使えそうな美しい光景を展開し、ふたりの友情は無事に復活した。
幼稚園の時と違い、小学校ではさすがに、休み時間の度に千くんが来ることは無かったが、登下校は常に一緒だった。
千くんの家からわたしの家を経由すると遠回りになるはずだけど、わたしの迷子がまだ心配だったのか、一日でも顔を見せないと友達の顔を忘れる子と思われてしまったのか、律義に毎朝迎えにきてくれた。
毎日毎日、手を引かれるのに任せて小学校に向かっていたので、わたしはついに小学校までの道順をろくに覚えなかった。
なので、千くんの卒業後、初めてひとりで登校した日は案の定、迷子になった。途中で同級生に出会わなければ県を跨いでいたと思う。
登校時と同じく、千くんは放課後になると、すぐにわたしの教室まで迎えに来た。
学年の違う生徒が教室にやってくるのはけっこう目立つのだが、毎日続くとみんな慣れ、先生も公認していた。
というのも、千くんが先生に「雛井さんの親御さんに送り迎えを頼まれていまして……」と言っているのを聞いたことがあるので、わたしの両親から頼まれてのことだったらしい。初耳である。
だけど、幼稚園の頃からわたしの世話を焼いていた実績、迎えに来るときの礼儀正しい挨拶、両親は千くんを非常にしっかりした子と認識していたから、ともすれば危ない橋を渡りがちなわたしの送迎を頼んでいたとしてもおかしくはない。
下校も手を引かれるままに歩いていて、家にランドセルを置いたらすぐ、ふたりで遊ぶのが常だった。
千くんは園児の頃から変わらず、とても優しかった。
千くんが工作で作った貯金箱をうっかり壊してしまった時も(渡してもらった瞬間に転んだ)、千くんの新品の服に麦茶をかけてしまった時も(水筒を持って駆け寄って転んだ)、彼はわたしが転んだことの心配ばかりして、全く怒らなかった。
謝ったら決まって、「亜子が無事ならいいんだよ」と微笑まれた。幼少の段階でどこまで徳を積む気なんだ千くん。
千くんが小学校を卒業する日、ギャン泣きこそしなかったが、やっぱり泣いてしまった。
死に分かれるでもないのに、小学五年生にもなって別離(それもたった二年で再会できる)を嘆くわたしに、やっぱり千くんは心を痛めたらしく、児童とは思えぬ沈痛な面持ちだったけれど、「亜子。二年間なんてすぐだよ。すぐに同じ中学生になる。そしたらまた、ずっと一緒にいようね」と励ましてくれた。
励ましに加え、「……今度は俺のこと忘れないよね?」と念押しされた。
入学式の時のことを根に持っていたらしい。
さすがに脳味噌も発達した今、千くんのことを忘れるはずもないので、任せろと言わんばかりに力強く頷いた。
「安心して! わたしね、国語のテストね、前は7点だったけど、その次のは9点取ったから! 絶対に忘れないよ!」
何点満点のテストだったかは伏せておく。
千くんはしばらく黙って、こちらを見つめ、ようやく、信用できないけどするしかないという感情の滲む顔で、「それなら、いいんだ」と言った。
ド忘れ事件のショックは根深いらしい。
今度の再会では千くんを安心させることを胸に誓った。
千くん卒業後、彼がわたしの家を訪れることはなくなり、小学校と中学校では接点もないので、最初の頃は寂しかったけれど、めくるめく小学校ライフを満喫しているうちに寂しさも忘れていった。
それまで放課後はいつも千くんとふたりで過ごしていたので、同級生と学校の外で遊ぶのは新鮮だった。セミを取りカエルを取りヘビを取り森を探検し、冒険の日々だった。
わたしの猛る冒険心を押さえて、安全な方、安全な方へとさりげなく導いていた千くんという名のストッパーがいないため、今思うとよく無事だったなあと思う行動も多々あったけれど、小学生の生命力は存外たくましいものだ。
たまに迷子になって途方に暮れた時などに、ふと、歩く時は手を引いてくれた千くんを思い出した。いつも優しく笑いかけてくれたことも、ずっと一緒にいよう、と言ってくれたことも。
そういう時は急に寂しさがこみ上げて来て、早く中学生になりたいなあと思っていた。
中学校の入学式は、各部活の紹介パフォーマンスも組み込まれていた。
弓道部の発表者の中に、二年振りの千くんの姿を見つけた。
『男子三日会わざれば括目して見よ』と言うが、二年見ないうちに、びっくりするほど大人になっている。中一からすれば中三はもはや成人である。
発表だから緊張しているのか、思い出の中の温かな表情とかけ離れた無表情で、冷たい印象を与える姿だった。別人かなと一瞬思った。思ったけど、やはり千くんであると確信できた。
入学生の列の中で、ひとりだけ、思いっきり手を振っているわたしに気付くや、千くんは一瞬目を見張って、それから、笑顔になった。
あの優しい眼差しは、やはり千くんである。
千くんが笑顔を見せた瞬間、三年生の列がどよめいた気がしたが、生徒一人が微笑んだだけで天変地異みたいなリアクションが起こるはずがないので、きっと気のせいだ。
弓を構える姿がとても様になっており、まあ立派な武士になって……という感慨深さで、千くんの袴姿だけを見てろくに射られた矢の方を見ていなかったが、拍手が起こっていたのでたぶん、いい感じに的に当たったのだろう。
式のあと、門のところで、袴を着たままの千くんが待っていてくれたので、駆け寄った。同じ格好の人が何人か周りにいたから、部活メンバーらしい。
「千くん!」
「亜子。会いたかったよ。手、振ってくれて嬉しかった」
「千くんってすぐに分かったよ」
発表を見ていた時は遠近法で騙されていたけれど、千くんはわたしよりもずっと背が高くなっていた。記憶の千くんの頭はもっとずっと近くにあったので、今の高低差だと見下ろされ感がすごかった。
頑張って見上げていると、千くんはにこにこと笑って、わたしの頭を撫でた。特に何もしていないのに褒められた。嬉しい。
「部活の発表ね、すごくかっこよかった! それはもう、武士だったよ!」
「ありがとう」
にこにこした千くんの様子を見て、周りにいた弓道部の人たちが、「み、水崎が心を開いている……!」と、涙を滲ませていた。
千くんは大抵、にこにこしていると思うけれど、弓道部では千くんの笑顔はレアなのだろうか。発表の時の表情も堅かったし、部活の時は気を張っているのかもしれない。
「みんな千くんの友達?」
「ううん。単に同じ部活動なだけの、単なる同級生だよ。気にしなくていいよ」
「友達だよ! なぜ他人のふりするんだ!」「単にを強調するなよ!」「気にして!」
非友達発言に抗議する弓道部員ズのひとりが、「えーと君は……」と、わたしに話しかけようとしたら、千くんはそれを遮り、「戻って片付け。俺もすぐに行くから」と、微笑み一転、絶対零度の表情で、優しさの欠片もない声で言った。
わたしだったら千くんにこんな怖い顔と声で命令されたら、たぶん泣くし絶対服従するが、弓道部の人は鉄の心臓を持っているのか、「いやだ! この子が何者か気になる!」と果敢にも拒否した。
他の部員たちも不退転の構え。数時間前に入学してきた下級生が、のこのこと上級生に会いに来ているのだから、何者か気になるのは当たり前だろう。幼稚園以来のずっ友です、と正体を明かした方がいいだろうか。
けれど、「主将命令」と千くんが短く言うと、「横暴だ……」「暴君だ……」「職権乱用だ……」「鬼……」「人間の心が垣間見えたのに……」「彼女欲しい……」と、各自の恨み言を漏らしながらも、弓道部の人たちは去っていった。
「え、主将なの?」と訊くと、千くんは照れたように笑って「うん」と頷いた。主将。部で一番偉い人だ。まじまじと見てしまう。
「千くんえらい人なんだ……」
「偶然なっちゃっただけだよ」
きっと、本当は優しいのに、主将という重責を果たすために、あえて心を鬼にして厳しく接し、部の規律を正しているのだろう。主将の鑑である。
「千くんすごいね」と言うと、千くんはまた、照れ臭そうに笑って、わたしの頭を撫でた。
千くんと同じ中学生になると、再び、一緒に登校するようになった。
やはり、千くんの家からわたしの家を経由すると遠回りになるはずなのに、律義に毎朝迎えに来てくれた。
「また一緒に学校行ってくれるの? いいの?」
千くんが中学校に行ってから、ぱったりと会ってくれなくなったのは、大人になった彼が、子供のわたしといるのが嫌になったからだろうかと、寂しい想像をしていた。
「うん。中学に上がってから、亜子に会えなくて、ずっと寂しかったんだ」
でも、中学校に行ってからも変わらず、仲良くしようと思っていてくれたらしく、千くんの変わらぬ友情に、思わず鼻がつんとした。
「千くんに嫌われたかと思った……」
「亜子を嫌うことなんて絶対にないよ。同じ学校でもないのに迎えに行ったり、休日に会いに行ったりしたら、亜子にも、亜子の両親や周囲の人間にも、変に思われるもしれないと思って、我慢してたんだ」
千くんはわたしの推し量れないところで遠慮をしていたらしい。慎み深い人である。
「変になんか思わないのに」
「……そう? じゃあ、我慢するの、やめるね」
「今日からずっと一緒?」
「うん」
千くんは笑って、頭を撫でて、以前のように、当たり前に手を繋いでくれた。千くんの手の方が大きいので、繋いだ手が包まれてしまうのが、以前と違う点である。
「亜子の手は小さいね」
「成長期はこれからだと踏んでいるから。お父さんとお母さんはわたしの伸びしろを見込んで、大きめの制服を買ったくらいだから」
「確かに、ちょっとぶかぶかだね」
「え、セーラー服変? 大丈夫?」
「似合ってるよ。すごく可愛い」
「よかった!」
「そうだ、部活は決めた?」
「えっとね、二択で悩んでるんだけど、手芸部の気持ちがやや優勢なところ」
「手芸部? 駄目だよ。危ない」
「危ない? 運動系の部活よりは、平和だと思うけど……」
「裁縫をするんでしょ? 針とか裁ちばさみが亜子に刺さったら大変じゃないか」
「裁ちばさみが刺さる事態ってそうないと思うよ千くん」
あったら通報案件である。
「手芸部は駄目?」
「うん。心配」
わたしを幼少期から知る千くんは、親心と言うか、友達としてはちょっと過保護な傾向がある。心配をかけるのはよくないから、手芸部はやめておこう。
「じゃあ、忍者研究部に入るね! 絶対楽しいと思うんだ、忍者になったら!」
二択のうちの一択が消えたので、心置きなく忍者になることにした。
「……。……。やっぱり手芸部がいいと思うよ。手芸部に入って。手芸部よりいい部活動は無い」
「え、そう?」
一転、手芸部入りを強く推奨された。忍研は人気が無いのだろうか。
ちなみに、千くんが弓道部に入った理由は、小学生の頃、テレビで矢を射るシーンを見たことに触発されたわたしが、「矢が撃てるってすごいね! かっこいいね! 遠距離攻撃!」と言ったのが原因らしい。
わたしが入学した時点で千くんは三年生だから、あと数か月で引退なので、その活躍をわたしが見られる期間はわずかしかないのだが、その短い期間のために弓道部に入ってくれたのだと思うと、ちょっと責任を感じた。
「亜子に格好いいと思って欲しくて……」と恥ずかしそうに打ち明けられて、それはもう、責任を感じた。
大会の時は張り切って応援に行こう。
と。
「あっ、雛井! 見つけた! やっぱり一緒に登校してやがる!」
通学路に現れたのは、小学校からの友達、木田くんである。
わたしの初ソロ登校時の県境超えを阻止してくれた恩人であり、夏の放課後はセミ、カエル、ヘビを共に捕った、心強い戦友でもある。
その恩人・兼・戦友の木田くんが、戦意満々で、びしりと千くんに、指を突きつけた。
「お前を見かけたら、ひとこと言おうと思ってたんだ」
「……。なに?」
千くんがひんやりとした表情になって、同じくらい冷めた声で応答する。普段こんな声は聞かないから、向けられた訳でもないのに戦慄が走る。
まあ、千くんにすれば、見知らぬ下級生に突っかかられている状態だから、この塩対応も頷けるけれど。
そんな千くんのツンドラ気候並みの冷気に怯む様子も見せず、木田くんは声を張った。
「雛井の兄貴! お前、妹を甘やかしすぎだろ!」
「は?」
千くんが珍しくぽかんとしている。根拠なく兄妹呼ばわりされたのだから無理もない。
「木田くんまだ勘違いしてる……」
小学校時代、あれこれわたしの世話を焼く千くんを見て、木田くんはわたしたちのことを兄妹と思っているらしかった。
わたしはちゃんと、苗字が違うことを指摘したのだが、「あれだろ、その、複雑なんだろ。言わなくていいよ」と、そこだけ遠慮して触れてこない。妙なとこに気を遣う、愛すべき木田くんである。
「こいつはなあ、雛井兄がいつまでも送り迎えするから、小五になっても学校までの道のりを覚えてなくて迷子になってたんだぞ」
やめて木田くん。黒歴史掘り返さないで。
「え、亜子、ほんと?」
「えと、うん、千くんが手を引いてくれなくなったら、道が分からなくなっちゃって」
「なんだそれ可愛いな」
呆れられると思ったら、真顔で可愛いと言われ、思わず「うえへへへ」と照れていると、「いや、ただの馬鹿だろ」と木田くんが真実を叫ぶ。
「それに、雛井兄が卒業してから、急に忘れ物が増えたんだぞ。雛井に事情を聞いたら、いつもお前がスペアを用意してたそうだな。妹の筆箱の替えを常備してる兄ってなんなんだ」
これはさすがに呆れられる、と、忸怩たる思いで千くんの様子を窺うと、どっこい、「何が問題か」みたいな顔をしていた。
「だって亜子が忘れ物をして困ったら大変だろう」
優しい……。
「忘れ物をさせないように頑張れよ!」
せ、正論!
「ま、待って待って」
千くんの優しさで生きていた駄目人間であることがこれ以上露見してしまう前に、うまいこと話題を変えねばならない。
「さて、時に木田くん。部活は決めたのかね」
「部活? まだ。園芸部か手品部の二択だな。雛井は?」
あれだけ勢い込んで始めた糾弾だったのに、さらりと話題転換に応じてしまうのが、木田くんの憎めない点である。
「わたしは手芸部か、忍者研究部で悩んでるところなの。どっちがいいと思う?」
「……。……。手芸部にしておけ……」
千くんと同じリアクション。なんだろう。忍研は人気が無いのだろうか。
「雛井に手裏剣のような危険物を持たせたら惨劇が起こるに決まって……あ、ごめん、友達待たせてるから、じゃあな!」
風のように現れ、人の駄目さを露呈させるだけさせて去っていった木田くん。
「木田くんまたねー」
そう、クラスメイトが甘やかされて成長しない事を気にして上級生に単身突っ込む、いい奴なのである。
「……ねえ、亜子」
「うん?」
見上げると、千くんはまだ冷たい目で、木田くんの走り去った方を見つめたまま、低い声で尋ねてきた。
「あいつは、何……? 亜子、いじめられてる……?」
木田くんはいい奴だけど、言葉が荒いので誤解されてしまう、不憫な子である。
そしてこれはまずい。
千くんは非常に心優しいので、友達をいじめる存在に対して、まず容赦をしない。
わたしが小学三年生の頃、初めて生き物小屋の掃除係になったとき、初任務でニワトリに突き回されたことがある。
今後もあいつと戦わねばならぬのか……という絶望と傷心の帰り道、千くんに「ニワトリにいじめられた……」と、泣きついて、小一時間慰めてもらった、その翌日。
ニワトリが小屋から消えた。犯人不明なので先生たちもお手上げ、野良猫の仕業に落ち着いた。
平和に掃除が終わった帰り道、千くんに「ニワトリがいなかった」と報告したら、彼はにこっと微笑んで、こう言った。
「亜子をいじめたから唐揚げにした」
小学五年生にして、この報復力である。
このままでは木田くんが唐揚げになってしまう。
「全然、全く、いじめられてないよ。木田くんは人類には平等に、あんな感じだから」
「そう……?」
当時は「ニワトリって唐揚げになるんだあ」みたいな感想しか抱いていなかったが、今ならわかる。
千くんは、友達をいじめる存在に対して、即時排除の姿勢であるうえ、その手段が、少しだけ過剰な傾向があるのだと。
「木田くんとはクラスも違うし、今後も一切の接点がないと思われるので、心配しなくても大丈夫だよ、小学校の時はクラスメイトだったけど中学校ではクラスが別だから、ただのメイトだよ」
中学校では全く関わることがないという点を強調したら、千くんは安心したらしく、温かい表情に戻った。
「そう。よかった。もし亜子をいじめる奴がいたら、担任と両親の前に、俺に言うんだよ。その方が早いから」
千くんが即対応なのは知ってる……。
「心配しないで千くん。亜子は刃渡り上手だから、中学という社会の縮図にも難なく馴染む所存だよ」
胸を張って言ったら、「世渡りじゃないかな」と、千くんは笑った。