『小説家になろう、に於ける、一考察』
『小説家になろう、に於ける、一考察』
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小説家になろう、で執筆を始めて、随分と経過した。基本的に、書きたい事を書いているので、強制力は掛かっていないから、ひたすら自由に書いているし、その姿勢が、毎日更新出来る端緒になっていると思う。また、ここずっと、『詩の群れ』を書いていて、そのことが、自分のペースを保てる要因にもなっている。
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『詩の群れ』では、本当に気楽に執筆出来る自分がいて、あまりに突拍子もなく、また、自由過ぎるためか、あまりポイントは入らないが、それでも、毎回読んで頂けてる読者の方がいるので、執筆の原動力になっていて、ありがたく思っています。まだまだ、書いていこうと思っている。
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小説家になろう、に於ける、一考察、ということだが、要は、何を目的に、何に重点を置くか、ということだろうと考えている。自分のためだけでも良いし、読者の方のためでも良いし、小説執筆の訓練でも良いし、何なら、小説家になるためでも良い。小説家になろう、なんだから、それはもう、小説家の端くれになった気分で、書くのも良い。
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或いは、自己を小説家として、自己認定して書くのも、やりがい、という点では、良いだろう。少なくとも、しかし、執筆時は、やはり気合を入れて書いているし、どう書けば、どの様な展開になるか、という推測は、書くという訓練の核として、技術者的になってきては居るが、まだまだだな、と思う点も多々ある。
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ここ最近では、『残像の行く先』が、自己の初めての長編小説になりそうで、楽しんで書いている。小説内でも書いたが、副題を付けると、執筆し易いので、これからも、地道に、この小説を大きな自己表現の小説として、執筆していきたい。そういった場が、或る意味で、小説家になろうという、自己の場所である。
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小説家になろう、の未来というものは、自分には分からない。ただ、小説家になろうで、どの様に執筆したいかという、一種の展望はある。本当に、此処での小説は、いつ、どんな形で読まれても、それはそれで、本望だし、小説達も、成仏してくれると思っている。些か、一考察だが、エッセイの範囲になった、文章だし、エッセイとしてこの文章を、一先ず発表しておく。




