9話
「シルファール、案内させてしまって悪かったな」
「お父様、私の名前はシルルですよ」
「おっと、そうだったか。すまんすまん。お前はもう戻って良いぞ」
「……? どういう意味でしょうか?」
本当にどういう意味だよ。勘弁してくれよ。
お礼ならもう受け取ったし、用が済んだなら一緒に帰ればいいじゃないか。帰ってよ。頼むから。マジで。
「私はこの娘に頼みたいことがある。二人で話したい」
あはは。これ、逃げらんねーわ。
一国の王と一介の町娘のタイマンである。部屋の雰囲気が戦場を彷彿とさせるソレに変化すると、姫様は一度頭を下げてから席を立った。
「わかりました。カルロ、リオン。行きましょう」
「ですが、陛下は――」
「お父様に護衛は不要です。それに、この部屋にはルーチェさんもいらっしゃいますから」
私が居るからなんだってんだよ。まさか私に守れって言うんじゃないだろうな。
そんなものすごく嫌な任務を私に押し付けてから、姫様は一人で帰っていった。
「楽にして良いぞ。その堅苦しい敬語も無しだ。好きなようにやれ」
「……天上の方にタメ口ってのも、逆に落ち着きませんので。ご容赦いただけませんかね」
「うちの娘とは友のように語らっていたではないか」
「せっかく身分を隠して城下町に来られているのに、敬語なんて野暮な真似はできませんよ」
王様は少し頬を緩める。私は若干やさぐれたような顔をしていることだろう。
「私も身分を隠すべきだったかな。そうすれば友となれたかもしれない」
「勘弁してくださいよ……」
「ふむ。それも所詮は浅知恵か。君ならば、私がどのように隠れたところで簡単に暴いただろう」
「だから勘弁してくださいって」
買いかぶりすぎだって。一体何をどう期待されてるのか知らないけど、私はただの町娘だ。
私は私にできることしかできない。町娘にできることなんて、たかが知れているのだ。
(というか、この状況……)
めっちゃ気まずい。
初対面の相手と二人っきり。友達のお父さんと二人っきり。国王様と二人っきり。
どれか一つだけでも気まずいって言うのに、三つも揃えば数え役満だ。今この場において、気まずい指数はカンストしつつあった。
(帰りたい……)
自分の家だというのにそんなことを考えたくもなる。とにかく私は今、どこかに逃亡したくてたまらなかった。
「えっと……」
「なんだ」
この気まずい状況をどうにかしたくて、口火を切った。
「先程は大変失礼いたしました。まさかあなた様だとは思いもよらず」
「先ほどというのは……。ああ、あの珍妙な道具を向けていた時か。丁度聞きたかった、あれは何だ」
「護身用の魔道具です。法定に準拠した出力の雷撃を発射します」
「妙なところを念押ししなくても良い。見せてくれるか」
国王陛下にリクエストされてしまったので、私は雷撃魔道具をテーブルに置く。一応セーフティはかけてある。
この魔道具の仕組みは簡単だ。筒型の雷撃発射装置に、グリップと引き金を取り付けただけ。携帯性と隠密性を重視した作りだ。太ももにホルスターを取り付けて、スカートの中に隠し持つこともできる。
「これは君が作ったのか?」
「はい。筒の先端が雷撃を発射する部分です。引き金を引くと作動するので、気をつけてください」
「ふむ……。よく出来ている。大したものだ」
褒められた。わーい。
「試しても良いか」
「もちろん。少々お待ち下さい」
工具箱から誘電針を持ってくる。そのまんま、電撃を誘導するための工具だ。下部には出力計が備え付けられていて、電撃の強度を調べることができる。
国王陛下は針に魔道具を向け、引き金を引く。コンマ一秒のラグも無く、電撃は狙い通りの場所に突き刺さった。
出力計はピッタリ法定出力通り。狙いには寸分の狂いも無い。うむ、我ながら良い仕事した。
「最大射程は10メートルほどです。伸ばそうと思えばもっと伸びるんですけど、どうしても大型化しちゃうので。このモデルでは携帯性と隠密性を重視しました」
「ふむ……なるほど。出来が良いどころか、これは少々出来が良すぎるな。本当に君が作ったものなのか?」
「そうですけど」
褒められるとそれなりに嬉しかったりする。これ、姫様のためにと思ってそれなりに気合い入れて作った自信作なんだ。
「この魔道具、なんと名付けた」
「そうですね……。まだ名付けていないんですけど、びりりん☆ばんばんとかどうでしょう?」
「いっそ清々しいほどダサい」
ふぐぅ。
可愛くていいじゃんかー。普段から持ち歩くものなら、どうせなら可愛いものを持ち歩きたいのが乙女心ってものじゃないの。
「僭越ながら、名付けさせてもらっても?」
「……構いませんが」
「そうだな。形状といい用途といい、銃に似ている。雷銃と呼ぼう。物事はシンプルな方がいい」
ええー……? 私のびりりん☆ばんばんのほうが可愛くない……?
若干もにょる気持ちを覚えつつも、陛下直々に賜った名前だということで納得することにした。それよりも。
「あの、銃とはどういったものでしょう」
「東国の軍隊が持つ主要武装だ。筒の中で火薬を炸裂させ、鉛の弾を射出する」
「ああ、なるほど。似たような仕組みの魔道具でしたら、私も――」
っと、いっけね。殺傷武器の作成には特別な許可が要るんだった。
「……あったらいいなーと思ってました」
「作ったのか」
「滅相もございません。まったくもってそのような事実はございませんとも」
「作ろうとはしたんだな」
くっそ、鋭くていらっしゃる。そうだよ。作ろうと思って図面引いてるところで、おじいちゃんに見つかってこっぴどく叱られてやめたんだよ。
「どうだ。銃を模した魔道具、作れるか」
「ええと……。まあ、その、許可さえ降りれば」
「私が作れと言ったら、どうだ」
「多分おじいちゃんがダメって言うので。ごめんなさい」
そう言うと、国王陛下は目を丸くする。それから愉快そうに笑った。
「ふふっ……。私の正体を知りつつ、祖父を理由に断るか。いや、すまない。君は私が思っていたよりも大物だ」
「あ、いえ、申し訳ありません! そういうつもりではなかったのですが、ええと、いくらでも作ります!」
「いや、構わない。家族の仲を引き裂くわけにはいかないからな」
やっべえ……。派手にミスった。ちょっとルーチェさん疲れすぎじゃないですか。もうちょっと気を引き締めよう。