7話
そんな一日があったわけだけど。
私ルーチェ・マロウズの町娘な日常に変化があったかと言うと、ないわけがなかった。
「今日は平和じゃない……」
先日に続いて二度目の取り調べだ。暗殺未遂事件に二度も関わったとだけあって、さすがにそれなりの取り調べを受けた。朝からずっと同じ話をさせられて、帰ってきたのがついさっき。もう夕暮れだ。
「うわーん。おじいちゃーん! つかれたよー!」
「妙な事件に首を突っ込むからだ、馬鹿者」
塩対応である。悲しい。
妙な事件なんて言わないでよー。一国の姫様の一大事なんだよ。自分にできることがあるのなら、精一杯頑張るのが国民としての務めじゃないか。
「お前、そういうところは本当にマロウズらしくないな」
「だから私はおじいちゃんやお父さんみたいにはなれないってば」
「そういう意味ではない。マロウズの一族ってのは、どいつもこいつも他人のことを顧みない自由人ばかりという意味だ」
「自分で言うかなー……」
おじいちゃんが残した伝説の数々は、身内として恥ずかしくなるくらい破天荒なものばかりだ。そして私をほっぽりだして旅に出たお父さんが、現在進行系で作っている伝説の数々もまた、思わず他人のふりをしたくなるくらいには荒唐無稽なものばかりだ。
私が他人にマロウズの名を名乗らないようにしているのは、こんな連中と一緒にされたくないからだったりする。
「とにかく、私はおじいちゃんやお父さんみたいにはならないからね」
「今更何を言う。そんなこと言っても、お前の身体に流れるマロウズの血は紛れもなく本物だぞ」
「私はただの町娘として、安穏で平穏な日常を暮らしたいんですー。ただの町娘は伝説なんて作らないんだから」
「確かにそうだな。ついでに教えてやるが、ただの町娘は王族を付け狙う暗殺者に立ち向かわない」
ぐぅ。
……聞かなかったことにしよう。たとえ敬愛する祖父の弁に一分の理があったとしても、私ルーチェ・マロウズは町娘である。町娘であることが私のアイデンティティだと言ってもいい。譲るわけにはいかなかった。
「で、今回の件。どう始末をつける気だ」
「始末って。大げさな」
「見過ごすつもりはないのだろう。お前が気に食わなさそうな話になってるじゃないか」
「…………」
まあ、ね。
今回の一件、私は私で思うところがある。というかぶっちゃけ、私は結構怒っていた。
「――あの暗殺者さ、わざとやったんだ。私たちが捕らえた男が毒を飲む隙を作るために、わざと私たちの注意を引いたんだよ」
「口封じというやつだな。本人も覚悟の上だろう。殺しの世界に身を置く者としては、当然のしきたりだ」
「そんなこと関係ない。あいつは――。自分の仲間を死なせるために、そうしたんだ」
それが彼らにとって正しい判断だというのは分かる。姫様の暗殺という目的のためには、そうするのが最も合理的だというのは、よく分かる。
だけど。合理性のために人としての情を忘れた判断は、私が最も嫌うものだった。
「ああいうの、よくない。理屈じゃないんだ。理屈だけで何もかもを切り捨てちゃいけないんだよ。そんなことしたら、人は道具と区別がつかなくなる」
効率的だとか、合理性だとか、そういう言葉は私も好きだけど。度を越えてしまったソレを見逃すわけにはいかなかった。
「お前は甘いな」
「なんとでも言ってよ。嫌なものは嫌なんだ」
「ダメとは言ってないだろう。よくもまあ、マロウズの血筋からこんな優しい子が生まれたもんだとは思うがな」
…………。だから私は、おじいちゃんやお父さんみたいにはなれないっての。
カウンターの下から道具箱を引っ張り出す。汎用魔導回路、マナコンバーター、術式転写紙、魔力蓄積器、半魔導体。それからとっておきのマジック・ブースターも。魔道具作成に必要な素材の一式だ。
「もう何もさせないよ。何一つだって起こさせなるものか。あいつが何をしようと、何を企もうと、何を望もうと、全て正面から叩き潰してあげる」
魔力ごてを手にとって、指先でくるんと回す。いっちょ、本気でやったりますか。
「この喧嘩、私が買った」
腕のリングがぷるぷると震えたのは、その時だった。
反応しているのは悪意感知機能ではない。侵入者探知機能のほうだ。つまり、ただの来客だ。
「…………」
「客が来ているようだが」
「分かってるよ、もう」
机の上に広げた工具を片付ける。中には取扱に免許が必要な工具もあるのだ。ちなみに私は無免許である。
だってしょうがないじゃん、年齢制限があって資格試験受けられないんだもん。お固い魔道具ギルドががっちがちに規約を固めてるせいで、私のようなアマチュア魔導技師は肩身が狭いのだ。
見られちゃいけないものを手早くしまうと、店の扉が開かれた。
(あれ……? そういえば今日、店開けたっけ?)
ふと思い出した瞬間、頭の奥がカッと湧き上がった。
そうだ。衛兵さんの取り調べを受けて、家に帰ったのがついさっきだ。もう夕暮れだということもあって、店は開けてなかった。
だとしたら、この来客ってやつは――。
「誰っ!?」
ホルスターから雷撃魔道具を抜き放ち、入り口から入ってきた男に向ける。
いかにもといった風体の男だった。メガネとマスクで顔を隠し、頭には目深に帽子をかぶる。あからさまに変装していた。年代は五十から六十といったところか。
その男は、私と私が突きつけている魔道具を見て、鷹揚に頷いた。
「うむ」
うむじゃねえよ。
「どちら様? 表の看板はCLOSEDにしてたと思うけど」
「店に用はない。ルーチェという娘に会いに来た」
「……何の用で」
警戒は維持したまま、雷撃魔道具の銃口を下ろす。リングの悪意感知機能にはまだ反応がない。少なくともすぐに手を出してくるつもりではなさそうだ。
どうしよう、と隣を見る。そこに立っていたはずのおじいちゃんは、いつの間にか居なくなっていた。
「あんの人でなし……」
おじいちゃんは基本的に人間が嫌いだ。他人とのコミュニケーションはすべて私に押し付ける。
本当にヤバくなったらさすがに助けてくれるとは思うけど……。これくらいは自分でなんとかしろ、ということだった。
「殺しに来たと言ったら、どうする?」
変装した男は、どこか楽しそうにそう言った。