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5話

 問1。お忍びで来ている姫様とお出かけする時に最適なデートコースを答えよ。

 解1。知らん、適当だそんなもん。


「ねね、お昼ってもう食べた?」

「いいえ、まだですよ」

「じゃあご飯食べに行こっか。何か食べたいものってある?」

「そうですね……。でしたら、街で食べられるものが良いです」


 姫様や。街で売っているものはすべて街で食べられるものですよ。

 若干どころではなく世間ズレした姫様の手を引いて、市場の方をぷらぷら歩く。んー。何処行こっかな。


「そう言えば最近、花見通りに本格的な宮廷料理を出すお店が開いたんだっけ」

「ごめんなさい、それ以外で」

「じゃあ、王家御用達のシャーベットが食べられる甘味処ってのは?」

「えっと……。街で食べられるものが良いです……」


 しょんぼりしてしまった。冗談だって、冗談。

 姫様のご所望は町民っぽいご飯だ。ならば教えて進ぜよう、王宮ではとても味わえない、庶民の娯楽の数々を。


「屋台でも回ってみる? 色々あるよー」

「屋台、ですか?」

「うん。道路沿いにある屋台で色々買って、その辺のベンチに座って食べるの。楽しいよ?」

「やってみたいです!」


 この姫実にノリノリである。

 なお、私たちの後ろで付いてきている護衛さんはちょっと焦っていた。そりゃそうだよね。屋台なんて、護衛するにはあまりにも向かない場所だ。

 そんなことお構いなしに、姫様はぐいぐいと突き進む。大丈夫だって騎士様、何かあっても私が守るから。


「ルーチェさんルーチェさん、あれは何ですか?」

「焼きモロコシ。そのまんま、タレを塗って焼いたトウモロコシだよ。茎を持ってそのままかぶりつくの」

「じゃあ、あれは?」

「串焼き屋。お肉やお野菜を串に通して、焼いて食べる。特にあそこの串焼き屋は王都で一番だ。おやっさんがちょっと頑固だけどね」


 娘二人、ノンストップ。テンションの上がった姫様と手をつないで、爆走もかくやと言わんばかりの勢いで屋台を見て回る。追いかける騎士様は多少どころではなく大変そうだった。

 気になったものを少しずつ買って、空いていたベンチに落ち着いた頃には騎士様はへとへとになっていた。


「えっと……。よかったら座ります?」


 無作法とは知りつつも、引きずり回してしまった申し訳なさから席をすすめる。

 騎士様は大分座りたそうな顔をしていたけれど、あくまでも優雅に断った。


「いえ、我々のことはお気遣いなく」

「でも……。だったらせめて、これを」


 買ってきたオレンジジュースを二本、彼らに手渡す。水分補給くらいはしてくださいな。

 彼らは困っていた様子だったが、私の横で姫様が小さく頷いたのを見て、それを受け取った。


「ルーチェさんはお優しいのですね」

「そんなことないって」


 本当にそんなことはない。これから一戦交えるって言うのに、騎士様に疲労困憊で居てもらっては困る。それだけだ。

 そう、何を隠そうこの私、これから一戦交えるつもりである。


(暗殺者からすればこの状況はビッグチャンスでしょうに。ほら、さっさとかかってこい)


 そんなわけで暗殺者釣りである。餌は姫様、釣り人は私。不敬罪は勘弁して。


(これが普通の敵だったらこんなリスクあることはしないんだけどなー。暗殺者の何が嫌かって、存在を見せないだけでも常日頃からプレッシャーをかけられるんだよねえ)


 お前の命を狙っている、と相手に伝える。それは一種の呪術である。

 過剰なストレスを継続的にかけることで、相手をじわじわと壊していく。生命を奪うほどの呪術ではないが、対象の精神的な均衡を著しく崩すことができる、立派な呪いだ。


 この前暗殺者とやりあった時、最後に私に向けて殺気を向けたのにはそういう意味も含まれる。そんなわけで、私も姫様も暗殺者に呪われてしまっているのだ。

 この呪術に抗する手段は大きく分けて二種類。


(気にしないか、術者を止めるか)


 前者についてはほぼ完璧。あいにくこのルーチェ・マロウズは、暗殺者に怯えるなんて可愛らしさは持ち合わせていない。私を敵に回すってなら、絡め取る策を編むだけだ。

 姫様の方もあまり気にしていないだろう。それは「暗殺者はもう捕まった」なんて大嘘を信じているのもそうだし、本人の楽観的な気質もある。


 というわけで呪術に関してはほとんど無視できるんだけど、せっかくなんで術者も止めとこう。暗殺者の居ない平和な街を。道具屋のルーチェ、頑張ります。


 そんな感じで暗殺者釣りを始めたものの、すぐに何かがあるというわけでもなく。

 少なくとも今のところは、お忍び姫様と一般町娘のなごやかお出かけご飯の時間であった。


「このたこ焼きなるもの、とても美味しいですね」

「大丈夫? 熱くない?」

「あっつあつですよ?」

「猫舌じゃないようで何より」


 口元に青のりをつけてたこ焼きを頬張る姫様。一国の姫ともあろうお方が、大変に可愛らしいお姿である。

 ハンカチで口元を拭いてあげると、姫様はにへらと笑った。うへへー。何だこの子、可愛いじゃねえか。


「そう言えばさ、一つ聞きたかったことがあるんだけども」

「はい? なんですか?」

「名前。なんて呼べばいい?」


 そう聞くと、姫様はぱちくりと目を瞬かせた。

 そうなんですよ。私、未だに彼女の名前聞いてないんですよ。出会った時も慌ただしくて、結局聞けなかったし。

 一応姫様の名前は知ってるけど、さすがに本名で呼ぶわけにもいくまい。

 そんな私の思惑を知ってか知らずか、姫様は顔を真っ赤に染め上げた。


「はっ……! わわわわ私まだ自己紹介もしていませんでしたかっ!? 命の恩人にとんでもないご無礼を……!」

「え、え、ちょっと、待って待って待って。そんな無礼だなんてこと、全く思ってないってば」


 肝が冷えることを言わないで欲しい。あのですね、あなた王族。私庶民。お願いだから自分のお立場というものを自覚して欲しい。

 ……実はこの子、私が勝手に姫様って思ってるだけで、本当はちょっといいとこのお嬢さんくらいなんじゃないかなぁ。そんな気すらしてくる。


「大変失礼いたしました。申し遅れましたが、私の名はシルファール・エリザベス・アルストロ――」

「はっくしょーい」


 あー。急に鼻がむずついちゃった。いやあ、失礼しました。

 なんだか今、第三王女殿下の名が聞こえたような気がしなくもないけど、きっと気のせいだろう。うん、気のせいだ。気のせいってことで行こう。ほんと。お願いだから。


「ごめん。えーと、なんだって?」

「あ……っと。ええと、シルルです。シルルとお呼びくださいませ」

「うん。よろしくね、シルルちゃん」


 にっこり笑ってシルルちゃんと握手。内心の焦りが伝わってないといいんだけど。

 ……やっぱり姫様じゃないですかー。いや、知ってたけど。でもね、姫様がこんなにも不用心――もとい、嘘をつくことに不慣れだというのは、ちょっとどころか大分想定外だ。


「シルルちゃん……。シルルちゃんですか、えへへ」

「私のこともルーチェでいいよ。できれば、敬語も抜きだと嬉しいな」

「はい。ルーチェさんとお呼びさせていただきますね」

「変わってない変わってない」


 うっかり属性もあるらしい。可愛いやつめ。

 にこにこ笑いながら待っていると、少し緊張しながら、姫様は言う。


「ルーチェちゃん……さん」

「どうも。ルーチェちゃんさんです」

「うう、これ、難易度高くないですか……?」

「あはは。まあ、無理にとは言わないから、呼びやすいように呼んでよ」

「では、るーちゃんで」

「一気に踏み込んできたな」


 ツッコミを入れると、シルルちゃんは今更に照れていた。るーちゃんは流石に難易度高すぎでしょ。まあ、好きなように呼んでくださいな。

 自己紹介も終えて、一息ついたところで。私は本題に入ることにした。


「シルルちゃんシルルちゃん。ちょっとさ、お願いしたいことがあるんだ。いいかな」

「はい? なんですか?」

「――4秒後、頭を下げて」

「……っ」


 カバンの中から魔道具を引き抜きながら、私は姫様に警告した。

 左腕につけたぷるぷるリングくん・ザ・ビーストが強く震える。実はこの腕輪、侵入者探知機能の他に悪意感知機能もついているのだ。ちなみにこの機能、おじいちゃんにバレたらまあまあ怒られると思うのでこっそりつけました。


 姫様に会ってから、腕輪はずっと震えていた。道具屋クローバーに来た時にはもう、姫様はずっと後をつけられていたのだ。

 だから、どのタイミングで仕掛けてくるんだろうなって楽しみに待っていたんだけど、どうやらこのタイミングで来るらしい。雑踏の間を歩く一人の男が、まっすぐに姫様に近づいてきていた。


 顔を確認して、確信を持つ。あの時の暗殺者と同じ目だ。にじみ出る殺意を理性で押し隠す、人殺しの瞳。

 それを確認して私はもう一度姫様に目配せした。後2秒、1秒。――今。


「伏せてっ!」

「はいっ」


 手に握りしめた携帯型雷撃魔道具から、雷の矢を放った。

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