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4話

 そんな慌ただしい一日があったわけだけど。

 私ルーチェ・マロウズの町娘な日常に変化があったかと言うと、そんなことはなかった。


「今日も平和だー」


 平和である。あれ以来殺気を感じることもなければ、妙な事件に巻き込まれることもない。衛兵さんの簡単な取り調べはあったけど、それ以外は本当になにもない。相変わらず客が来ない店先でまどろむ毎日を過ごしていた。

 念の為、暗殺者の襲撃に備えて色々と用意してたんだけど……。


「この様子だと、使う機会は無いかなぁ」


 カウンターの上に置いた自作の魔道具をいじくり回す。何を隠そうこの私、趣味の範囲で魔道具作製はかじっているのだ。店番があまりにも暇な時は、たまに思いつきで作ったりしている。

 今手元にあるアイテムが、不審者を一発で無力化する使い捨ての魔道具。これの他にも侵入者を探知する魔道具だとか、外部からの攻撃を自動で迎撃する魔道具だとか。今の道具屋クローバーは、護身用魔道具でめいっぱい防備を固めてある。


 その気になればもっとすごいやつも作れるんだけど……。あんまりやりすぎるとおじいちゃんが怒るんだよね。マロウズの力を無意味にひけらかすな、って。


「あー。未来予知型魔道具ヴィジョン・システムとか作ってみたいんだけどなー。でもおじいちゃんに見つかったら絶対怒られるからなー」

「当たり前だ」


 言ってる側からおじいちゃんが出てきた。

 普段は店の奥にある自宅部分に引っ込んでるんだけど。私に釘を差しに来たらしい。


「未来予知型魔道具なんて神話の時代に語られる逸品だぞ。悪しき者の手に渡れば何が起こってもおかしくない。そんなものを軽々しく作るな」

「えー? そんなわけないじゃん。町娘が手遊びで作れるような工作だよ?」

「……お前。自分がマロウズの直系だということ、忘れてないだろうな」


 何言ってんだこの人。

 確かにおじいちゃんは昔すごかったらしいけどさー。私はおじいちゃんと違ってただの町娘なんだから。そんなマロウズの力なんて言うほどのものは、私にはない。


「私にはマロウズの名を背負えるほどの才覚なんて無いでしょ。おじいちゃんやお父さんみたいなこと、私には無理だって」

「いいや、お前は歴代のマロウズでも――」


 その時、私の手首に付けたリングが震えた。

 このリングは店に仕掛けた侵入者探知の魔道具と連携してあって、店に接近する人が居れば自動で震える仕掛けだ。


「おじいちゃん。ぷるぷるリングくん・ザ・ビーストが反応してる」

「お前のそのネーミングセンスはなんなんだ」


 えー? かっこよくない? ぷるぷるリングくん・ザ・ビースト。がおー。

 おじいちゃんは何か言いたげだったが、ため息をついて店の奥に引っ込んでいった。「変なものを作るなよ」と私に釘を刺して。

 一応不審者撃退用の魔道具を手元に握ったが、私はすぐに警戒を解いた。道具屋クローバーの正面扉が、カランと鈴の音を軽やかに鳴らして開いたからだ。つまりは侵入者ではなく、ただのお客さん。


「らっしゃいませー」


 やる気のない出迎えを一つ。この接客する気の無さが、道具屋クローバーに閑古鳥を鳴かせる秘訣だったりする。

 一応来客の顔を確認して、私は思わず固まった。

 二人の男を引き連れた、見覚えのある顔の少女だ。そう、先日ふとした縁で知り合った、姫様である。


「ルーチェさん!」


 彼女はぱっと顔を輝かせて、たたたと私に近寄ってきた。

 おいおい、冗談だろ。なんでこんなところに姫様がいるんだ。

 この姫、先日町中で襲撃を受けたばかりだ。少なくとも一月は王城に閉じこもって出てこないものだと思っていたが。まさか、こんな早くに再会するとは。

 暗殺者が捕まったという話も聞かないけど……。私が知らないってだけで、優秀な騎士の方々が秘密裏にどうにかしたのだろうか。


「お久しぶりです、ルーチェさん。お元気でしたか?」

「あ、うん。久しぶり。大丈夫? もう変な人に絡まれたりしてない?」

「えへへ……。実はまだ、ちょっとだけ」


 絡まれてんじゃねえか。おい。だったらなんで王城から出てきた。


「今日はこの前のお礼をしに来たんです。あの、もしよろしければ受け取っていただけませんか……?」


 彼女は御礼の品と称して、小さな木箱をカウンターに置いた。

 開けていいかと尋ねると、満面の笑みで彼女は頷く。木箱の中に入っていたのは控えめに装飾が施された銀の指輪だった。


「これは?」

「えっと……。お守り、です」


 指輪に触れるとほのかな魔力を感じる。お守りというか、魔道具だった。

 中に籠められている術式には見覚えがある。感圧式結界魔道具ライフセイバー。そのまんま、装着者に危害が加えられると自動で結界が展開する使い捨ての魔道具だ。

 指輪タイプは貴族の女性などに人気なんだけど。需要が多い分、結構な値段がする。


「いいの? こんなに高そうなもの」

「遠慮しないでください。ぜひ、ルーチェさんにつけていて欲しいんです」


 お前も危ないから用心しろよって意味である。油断すんなよってことね。オッケー、メッセージは受け取った。

 左手の小指に指輪を通す。自動でサイズ補正機能が働いて、私の指にピッタリと合った。


「ありがとう。可愛いね、これ」

「気に入っていただけましたか? それ、私が選んだんですよ」


 姫様直々に指輪を選ばせてしまった町娘がいるらしい。あの、お気持ちはとても嬉しいのですけれど。まさか姫様が正体を明かすと同時に無礼討ちとかしないよね……?

 まあ、いいや。いざとなったら国外逃亡でもしよう。なるようになれだ。


「あのさ、本当に大丈夫なの? あの時襲ってきた――」


 暗殺者、とは言えないよなぁ。あんまり色々知っているみたいなことを感づかれても、お付きの騎士様たちの視線が強くなるだけだ。


「あの変な人も、結局捕まってないんでしょ?」

「そうなのですか?」


 姫様は後ろの騎士を見る。騎士は少しだけ強張った表情で、ぎくしゃくと言った。


「いいえ、下手人は既に捕らえております。もう二度と襲われることはありません」


 まるで台本を棒読みしてるかのようなセリフだった。騎士様は嘘が下手でいらっしゃる。

 少なくとも姫様は、その言葉を信じているようだった。


「そういうことですので、もう大丈夫みたいです」


 本当かあ?

 こうも露骨に嘘をつかれると、姫様が王城から外に出る理由を勘ぐりたくもなる。そうだな。たとえば、王城に居るよりも街に出ている方が安全、だとか。


(何考えてるのかなんてわかんないけど……。せめて私の側に居る時は、できる限り守ってあげよう)


 それ用の魔道具も沢山用意してあるんだ。また前みたいに襲撃を受けても、なんとかできるとは思う。


「だったらさ。この後暇だったりする? ちょっとお出かけしようよ」

「え、良いんですか?」

「お願いするのはこっちだって」


 そういうわけで誘ってみると、姫様はぱっと顔を輝かせる。感情表現の分かりやすい子だった。

 後ろに控える護衛の騎士たちは少し渋い顔をしていたけれど。姫様が満面の笑みのまま振り向くと、分かりやすいほど狼狽える。


「カルロ、リオン。よろしいですか?」

「いえ、それは……」

「……ダメ、でしょうか」


 少し沈んだ声で姫様がうつむく。あざとい。こんな可愛い子にこんな声出されて、ダメと言えるはずもない。

 案の定というかなんというか、騎士はあっさりと陥落した。


「日が落ちるまでですよ」

「やった。ありがとうございます!」


 姫様が頭を下げようとすると、騎士の一人が少し慌てた。この子、誰に対してもこんな感じらしい。本当に王族らしくない子だった。


「おじいちゃーん。ちょっと出かけてきていいー?」

「好きにしろ。店は閉めてけよ」

「はーい」


 私も一応出かける許可を貰って、カバンをひっつかむ。それから姫様の手を取った。


「行こっか」

「はいっ」


 そんなわけで。デートの時間である。

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