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3話

 想定外の攻撃を受ければ人は混乱する。それが非力な町娘の力だったとしても、彼が感じた衝撃は相当のものだっただろう。

 もんどり打って倒れる黒装束の男に、大通りはにわかに騒然となる。何人もの人々が足を止め、彼の姿を目にしていた。


「お、おい……。あんた大丈夫か?」


 一人の町民が暗殺者に近寄ろうとする。私はそれを制した。


「ダメ、近づかないで。危ないから」

「ああ? 何言ってんだお前?」


 暗殺者の男は奇怪な動きで立ち上がる。それから両の手にナイフを構えて、私を強く睨んだ。

 容赦無い本物の殺気。さすがの私も身がすくむ。


「ね。近づいちゃダメでしょ」

「……あんたが正しかったよ」


 衆目にさらされていることに気がつき、彼は強く舌打ちをする。

 それから、とぷんと。影の中に潜って、消えた。


「は……?」


 消えた。いなくなった。文字通り、影も形もなくなった。

 痕跡など何一つ残さずに、影の中へと消えていった。まるで出来の悪い夢だったかのように。


「はは……。マジ、か」


 乾いた笑みが漏れる。これはさすがに想定外だ。

 姫様……。貴女、本当に、なんて相手に命狙われてんのさ。



 *****



 暗殺者が姿を消して、しばらくしてから私は警戒を解いた、フリをした。

 事が終わって気が抜けたタイミングに襲撃を受けるなんてよくある話だ。しかし、殺気もそれに相当する何かも感じない。どうやら本当に撤退したようだ。

 取り逃がしてしまったことは残念だったけど。まあ、姫様を守れただけでも良しとしよう。


「はー……。つっかれた」


 ブラウスの胸元をぱたつかせる。あっつい。これだけ運動したのは久々だ。

 帰ったらもうお風呂入っちゃおうかな、なんてことを考えつつ、姫様を探す。何処行ったかな、あの子。


「こっちです、早く……っ!」


 二人の男を連れて姫様が走ってきた。あっちに走ってこっちに走って、姫様も今日は大変だ。

 それから私の顔を見て、美しい顔が泣きそうに歪む。あーあーあー、なんで泣く。


「ルーチェさんっ」

「おっと」


 彼女は勢いのままに抱きついてきた。それを受け止めて、くるんと回って地面に下ろす。

 お姫様らしくない直球の感情表現。思わず顔が緩んでしまう。はいはい、どうも。ルーチェさんですよ。


「お怪我はありませんか? 敵はどうなりました?」

「大丈夫、もう居ないみたい。安心していいよ」


 頭を撫でて微笑みかける。落ち着け落ち着け。あなたお忍びで来てる姫様でしょう。あんまり騒ぎ立てるんじゃありませんよ。


「でも、まだ何があるかわからないから。えっと……。信頼できる人はいる?」

「それでしたら、こちらに」


 姫様が連れてきた男が、私から姫様を引き剥がす。体格の良い私服の男だ。よく見れば、目立たない短剣で武装している。

 変装した護衛の騎士、か。緊張した顔の彼は、私を含めた周りのもの全てに警戒を向けていた。


「君、名前は」

「日向通りにある道具屋クローバーのルーチェ。その子とは初対面、たまたま見かけただけの仲」

「……我が君。本当ですか」


 騎士は姫様に視線を飛ばす。とても用心深かった。

 でもね、騎士様。我が君はダメですよ。我が君なんて呼ばれるお人は、少なくとも庶民ではあり得ない。せっかくの変装が台無しだ。


「本当です。ですが、その方は私の恩人です。変な考えは起こさないように」

「ですが……」

「私のお願い、聞けませんか?」


 まあ、うん。この状況で騎士様が最も警戒する相手は、間違いなく私だよね。

 お前ちょっと来いからの、事情聴取という名の実質尋問くらいは覚悟してたんだけど。姫様のおかげで手荒な真似はされなくて済みそうだ。


「後で衛兵を向かわせる。その時に色々と話を聞かせてもらおう」

「うん。日中は店に居るから。心配しなくても逃げたりしないよ」


 騎士様は少し苦笑いしたが、振り返って姫様を促した。この場を離れるらしい。現場保全よりも姫様の安全を優先したってことか。

 ……まあ、現場と言っても、この場には証拠になるものは何もない。暗殺者は影も形も残さずに消えてしまったのだから。


「ルーチェさん」


 去り際に姫様が私の手を握る。


「この度は本当にありがとうございました。この御礼は、必ず」

「あー、いいっていいって。ご無事で何よりですよ」

「そういうわけにも行きません。またお会いできますでしょうか?」


 マジで姫様らしくないな、この子……。普通王族が一般庶民にここまでするか?

 彼女があまりにもフランクなものだから、私も少し肝が冷える。私は一応彼女の正体を知らないっていう体でいるから、これだけラフな話し方をしてるけど。これが正式な場なら不敬罪で一発アウトだ。


「うん、いつでもいいよ。落ち着いたらお手紙でもくださいな」

「はい。重ね重ねお礼申し上げます。今日は本当に、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げる姫様に若干苦笑しながら手を振る。まってまってまって。王族が軽々しく頭を下げちゃダメでしょうに。

 私は苦笑していたが、護衛の騎士さんたちはそれ以上に顔をこわばらせていた。姫様の手を取って少し強引に歩き始める。向かう先は、当然といえば当然だけど、王城の方面だった。


「じゃあ私もお店に帰って――」


 お風呂でも入ろうか。そう思った矢先に。

 射殺すような強烈な殺気が、私の身体を貫いた。


「…………」


 殺気は路地の方から漂ってきていた。暴力的で、乱暴な悪意。示威行為だというのは明白だ。

 邪魔しやがって、ぶっ殺すぞ。そんなメッセージが籠められているのは間違いない。粘つく殺気がしばらく私の身体を舐め回し、それから薄っすらと消えていく。

 ……あー。嫌なヤツを敵に回したみたい。参っちゃうね、どうも。

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