22話
はあ……。もう、疲れた。すごく疲れた。疲れた以上の感想が湧かない。なんなんだよ。私は一体何につきあわされたんだよ。
「あの、私、これでも頑張ったんですよ。姫様も暗殺者の方々も、誰も死なせないために頑張ったつもりだったんですよ。その結果がこれですか」
「優しすぎるのも考えものですね」
「他人事みたいに言わないでください。怒りますよ」
「怒って良かったのですよ。怒って、もう付き合ってられないからと突き放す。姫様にとっては、それもまた有益な経験ですので」
そんな言葉がほしいんじゃないんだよ私は。せめてフリでもいいから反省しろ。同情しろとまでは言わんけど、ごめんなさいの一言くらいあっても良いんじゃないのか。
「私は貴方が嫌いです」
「これはこれは。嫌われてしまいました」
「いつか絶対失脚させてやる……」
「わかりました。いくらほしいですか?」
ノータイムで買収しようとするんじゃねえ。ああ、もう。こいつ本当に嫌いだ。
「実はこの訓練毎年やってるんですけれど、こんなに長引くのは私どもとしても始めてです。平年ですとだいたい数日から一週間ほどで終了するのですが、今年は本当に大したものですよ」
「だったらもう終わりでも良いのでは」
「いえ、せっかくの機会です。もし貴女さえよろしければ、最後までお付き合い願えないでしょうか?」
「お断りします」
即答した。マジで嫌だった。勘弁してくれ、本当に。
「そう言わずに。貴女には本当に多くのことを学ばせて頂いているのです。日々新たな暗殺方法が考案されては、貴方の手により問題点が表出される。今日は更に、証拠隠滅の穴まで学ばせていただきました。誇ってください。貴女のおかげで我が国の暗殺技術は今、飛躍的に向上しています。きっと数年後には、暗殺の教科書に貴女のお名前が乗りますよ」
「そんな大したものではないです。っていうか、マジでやめてください。名前は特にやめてください」
「謙遜なさらずに」
「嫌がっています」
何が悲しくて暗殺技術の向上に寄与せねばならんのだ。そういうのは嫌だ。殺しのための技術に協力するなんて、私は絶対に嫌だ。
「ご容赦ください。これは、敵国の暗殺から我が国の要人を守るための技術でもあるのです」
「それは……。そう、かもしれませんが」
「それと。シルファール姫様からの熱烈なリクエストを頂いておりますので。やめました、とは言いづらいのですよね」
おい。それが本音だろ。
ったくよー……。これだから騎士団って奴らは困る。こいつらなんだかんだ言って王家の狗だからな。王族にやれと言われてしまっては、飼い犬としては断れないのだろう。
でもまあ、姫様がやりたいって言ってるのか。そうかそうか。なるほどね。
「そういうことでしたら、もう少しだけ協力してあげても良いですが」
「貴女も姫様のこと大好きですよね」
「友達ですので」
「甘々ですね」
しゃーないじゃん。姫様なんだもん。こいつのことは嫌いだけど、姫様がやりたいって言うなら思惑に乗るのはやぶさかではない。
……それに、ちょっと考えてしまったんだ。この訓練が終わったら、私と姫様の接点は無くなる。それはもう少し後でも良いんじゃないかって。
「もし本当にご負担が大きいようでしたら、姫様より受け取った指輪を外してください。そうすれば暗殺者が貴女を狙うことも無くなります」
「ああ、なるほど。この指輪がセーフボタンになってたんですね」
「それと、指輪が作動したら速やかにその場から離れてください。できるだけ怪我をさせないようにはしますが、万が一ということはありますので」
「それはご丁寧にどうも」
そういうことは最初に言ってほしかった。これ、ただのお洒落な護身用魔道具だと思ってたし。
そのほかにも二三詳細を確認した。暗殺者相手には基本的に何をしてもいいけれど、後に残るような怪我は避けて欲しいだとか。言われなくてもやらないよ。私はそういうのは嫌いなんだ。
「他に質問はありますか?」
「いえ、もう十分です。ありがとうございます」
「それこそ礼を言われることではありませんね」
全くですよ。
「最後にこちらから質問させて頂いても?」
「はあ、なんでしょうか」
その一瞬、騎士団長はすっと目を細めた。
通信魔道具越しに伝えられるわずかな殺気。ぐっと、心臓を掴まれるような息苦しい痛みを覚えた。
「貴女。何者ですか」
はぐらかせば殺す。そう錯覚するような嫌な視線が、私に向けられる。
浅く息を吐いて。できるだけ平静を装いながら、私は答えた。
「ルーチェ。町娘の、ルーチェですよ」
「……。まあ、そういうことにしておきましょうか」
「本当ですってば」
それでも私は、マロウズの名は出さなかった。
私はただの町娘だ。たとえ殺気を向けられようと、それが私の矜持だ。
「それで、騎士団長殿はどう呼べばよろしいでしょうか」
「おや、そういえば自己紹介もしていませんでしたね。これは失礼いたしました」
話題転換に乗ってくれたのか、騎士団長はあっさりと殺気を緩める。
ふう、と吐いた息はきっと聞こえていただろう。勘弁してほしい。ただの町娘に、そんな殺気を向けてどうしようって言うんだ。
「ニコラス・レイン。親愛を籠めて、ニコラスとお呼びください」
「レイン様と呼ばせていただきますね」
「……。親愛は籠めなくてもいいので、ニコラスとお呼びください」
「レイン様と呼ばせていただきますね」
誰がファーストネームで呼ぶかってんだよ。
通信魔道具越しに私は中指を立てた。ふぁっきゅー。




