表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

22話

 はあ……。もう、疲れた。すごく疲れた。疲れた以上の感想が湧かない。なんなんだよ。私は一体何につきあわされたんだよ。


「あの、私、これでも頑張ったんですよ。姫様も暗殺者の方々も、誰も死なせないために頑張ったつもりだったんですよ。その結果がこれですか」

「優しすぎるのも考えものですね」

「他人事みたいに言わないでください。怒りますよ」

「怒って良かったのですよ。怒って、もう付き合ってられないからと突き放す。姫様にとっては、それもまた有益な経験ですので」


 そんな言葉がほしいんじゃないんだよ私は。せめてフリでもいいから反省しろ。同情しろとまでは言わんけど、ごめんなさいの一言くらいあっても良いんじゃないのか。


「私は貴方が嫌いです」

「これはこれは。嫌われてしまいました」

「いつか絶対失脚させてやる……」

「わかりました。いくらほしいですか?」


 ノータイムで買収しようとするんじゃねえ。ああ、もう。こいつ本当に嫌いだ。


「実はこの訓練毎年やってるんですけれど、こんなに長引くのは私どもとしても始めてです。平年ですとだいたい数日から一週間ほどで終了するのですが、今年は本当に大したものですよ」

「だったらもう終わりでも良いのでは」

「いえ、せっかくの機会です。もし貴女さえよろしければ、最後までお付き合い願えないでしょうか?」

「お断りします」


 即答した。マジで嫌だった。勘弁してくれ、本当に。


「そう言わずに。貴女には本当に多くのことを学ばせて頂いているのです。日々新たな暗殺方法が考案されては、貴方の手により問題点が表出される。今日は更に、証拠隠滅の穴まで学ばせていただきました。誇ってください。貴女のおかげで我が国の暗殺技術は今、飛躍的に向上しています。きっと数年後には、暗殺の教科書に貴女のお名前が乗りますよ」

「そんな大したものではないです。っていうか、マジでやめてください。名前は特にやめてください」

「謙遜なさらずに」

「嫌がっています」


 何が悲しくて暗殺技術の向上に寄与せねばならんのだ。そういうのは嫌だ。殺しのための技術に協力するなんて、私は絶対に嫌だ。


「ご容赦ください。これは、敵国の暗殺から我が国の要人を守るための技術でもあるのです」

「それは……。そう、かもしれませんが」

「それと。シルファール姫様からの熱烈なリクエストを頂いておりますので。やめました、とは言いづらいのですよね」


 おい。それが本音だろ。

 ったくよー……。これだから騎士団って奴らは困る。こいつらなんだかんだ言って王家の狗だからな。王族にやれと言われてしまっては、飼い犬としては断れないのだろう。

 でもまあ、姫様がやりたいって言ってるのか。そうかそうか。なるほどね。


「そういうことでしたら、もう少しだけ協力してあげても良いですが」

「貴女も姫様のこと大好きですよね」

「友達ですので」

「甘々ですね」


 しゃーないじゃん。姫様なんだもん。こいつのことは嫌いだけど、姫様がやりたいって言うなら思惑に乗るのはやぶさかではない。

 ……それに、ちょっと考えてしまったんだ。この訓練が終わったら、私と姫様の接点は無くなる。それはもう少し後でも良いんじゃないかって。


「もし本当にご負担が大きいようでしたら、姫様より受け取った指輪を外してください。そうすれば暗殺者が貴女を狙うことも無くなります」

「ああ、なるほど。この指輪がセーフボタンになってたんですね」

「それと、指輪が作動したら速やかにその場から離れてください。できるだけ怪我をさせないようにはしますが、万が一ということはありますので」

「それはご丁寧にどうも」


 そういうことは最初に言ってほしかった。これ、ただのお洒落な護身用魔道具だと思ってたし。

 そのほかにも二三詳細を確認した。暗殺者相手には基本的に何をしてもいいけれど、後に残るような怪我は避けて欲しいだとか。言われなくてもやらないよ。私はそういうのは嫌いなんだ。


「他に質問はありますか?」

「いえ、もう十分です。ありがとうございます」

「それこそ礼を言われることではありませんね」


 全くですよ。


「最後にこちらから質問させて頂いても?」

「はあ、なんでしょうか」


 その一瞬、騎士団長はすっと目を細めた。

 通信魔道具越しに伝えられるわずかな殺気。ぐっと、心臓を掴まれるような息苦しい痛みを覚えた。


「貴女。何者ですか」


 はぐらかせば殺す。そう錯覚するような嫌な視線が、私に向けられる。

 浅く息を吐いて。できるだけ平静を装いながら、私は答えた。


「ルーチェ。町娘の、ルーチェですよ」

「……。まあ、そういうことにしておきましょうか」

「本当ですってば」


 それでも私は、マロウズの名は出さなかった。

 私はただの町娘だ。たとえ殺気を向けられようと、それが私の矜持だ。


「それで、騎士団長殿はどう呼べばよろしいでしょうか」

「おや、そういえば自己紹介もしていませんでしたね。これは失礼いたしました」


 話題転換に乗ってくれたのか、騎士団長はあっさりと殺気を緩める。

 ふう、と吐いた息はきっと聞こえていただろう。勘弁してほしい。ただの町娘に、そんな殺気を向けてどうしようって言うんだ。


「ニコラス・レイン。親愛を籠めて、ニコラスとお呼びください」

「レイン様と呼ばせていただきますね」

「……。親愛は籠めなくてもいいので、ニコラスとお呼びください」

「レイン様と呼ばせていただきますね」


 誰がファーストネームで呼ぶかってんだよ。

 通信魔道具越しに私は中指を立てた。ふぁっきゅー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ