20話
私は非常にぐったりしていた。
あー。うん。そっか。訓練か。やっぱり訓練か。なるほどね。そうなんだ。
私、なんでこんなに頑張ってたんだろう。なんかもう色々どうでも良くなってきちゃった。もうお風呂入って寝ちゃおうかな。
「わかりました、この件については後ほど対策を伝えます。カルロ、リオン。本日はお疲れ様でした。今日はもう下がって休んでください」
「あいよ、了解。団長も適当に休めよ」
「……敬語は最後まで続けるように」
「かたっ苦しいじゃねえか。こっちのほうが俺らしくていいだろ?」
通信魔道具からはそんな会話が聞こえてくる。それすらもどうでも良かった。
カルロさんがおどけると、団長は立ち上がって一発頭をはたく。その一瞬、通信魔道具にノイズが走った。
「いってえ……!」
「鍛え方が足りません。カルロ、あまり弛んでいるようですと、教導部隊からやり直させますよ」
「っと、いけねえ。リオン! 後で訓練場で模擬戦すっぞ!」
「飯食ってからでいいか」
「今すぐだ、今すぐ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら彼らは遠ざかっていく。その様子を、私は団長さんの視点で見ていた。
カルロさんとリオンさんが十分に遠ざかってから、団長さんは部屋の扉を締めて鍵をかける。それから机の上に、私がカルロさんに仕掛けた通信魔道具を置いた。さっき頭をはたいた瞬間に掠め取ったらしい。
「さて。聞きたかったことは聞けましたか」
あはは。ばれてーら。
「ここまで頭が回る人物が、まさかカルロとリオンの正体を看破していないなんてことは考えにくいでしょう。だとすれば、彼らに何かを仕掛けているのは疑って然るべきところです」
図星である。カルロさんとリオンさんの正体は、最初に会った時にはもう看破しているのだ。
私が言葉を返さないでいると、騎士団長さんは魔道具を手のひらでくるくると回し始めた。
「……盗聴魔道具ですか。ここまで小型化したものは見たことありませんが……。ふむ、後で解析させましょう」
あっ、それはまずい。この魔道具に使っている技術は、まだ世には出てないものばかりだ。
「ごめんなさい、できれば返却していただけると助かります……。それ、あまり表に出してはいけないものなので」
「おや?」
通話機能をオンにしたので、私の声も向こうに届いている。この魔道具、音声は双方向で、映像は単方向で通信ができるのだ。
「騎士団内部の情報を堂々と盗み出した諜報員さんは、こんな可愛らしい声をしていらしたのですね」
「こちらからは、民間人を騎士団の訓練に巻き込んだ元凶さんの凛々しいお姿も見えておりますよ」
「それはそれは。大した技術をお持ちのようで」
「いえいえ、とても自慢するようなものでは」
あははあはは。うふふふふ。
この団長、大分曲者だ。友だちになるか敵になるかの二択しかないタイプと見た。できれば敵に回したくないけど、友だちになりたいとも思えなかった。
「まずは騎士団を代表してお礼を申し上げましょう。この度は、当訓練に熱烈なご協力を賜り、誠にありがとうございます」
「いえいえ、そんな礼を言われるようなことでは。一市民として当然のことをしたまでですので」
「そんなご謙遜なさらずに。言いたいことがあるのでしたら、仰ってもらって良いのですよ」
「では、僭越ながら一つだけ述べさせていただきます。感謝より先にするべきことがあるんじゃないですか」
「結構怒ってます?」
「結構怒ってます」
そりゃ怒るわ。ふざっけんじゃねえぞこの野郎。
こんだけ人を巻き込んでおいて、挙句の果てにただの訓練でしたって? それをありがとうで済まそうってのは、ちょーっと無理があるんじゃないですかね。ルーチェさんはおこですよ。
「そうですか。ごめんなさい」
「普通に謝罪されても困るのですが」
「何事も誠意と正直が一番ですので」
「反省してます?」
「いえ。あまり」
正直者め。舐めやがって……。
まあそりゃ舐めるよな。相手は国家権力、こっちは一介の町娘だ。本気になって喧嘩したらどっちが勝つのかはわかりきっている。
でも、私だってタダで死ぬ気は無い。本気を出した私はそれなりにやるってことを教えてやる。
聞こえるように舌打ちを一つ。それから、できるだけ穏やかな声を作った。
「近い内にケツ穴に極太張形突っ込んでガタガタ言わせてやりますので、楽しみにしておいてください」
「年頃の娘さんがそんな言葉を使ってはなりません」
「ふぁっきゅー」
「この度は本当に申し訳ございませんでした。心よりお詫び申しあげますので、どうかご自身の尊厳を大切になさってください。このとおりです」
映像の先で騎士団長は頭を下げた。勝利である。
若干の虚しさを感じつつ、咳払いを一つ。あらやだ、私ったらはしたない。こんな口汚い言葉を使うだなんて。
「それで。どうして私を巻き込んだのか、納得行く説明をしていただけますか」
「そうですね。説明せねばならないでしょう。ですが」
「言われなくとも他言はしませんよ。誓約書が必要ですか?」
「はい。ですので、話の続きは騎士団の中でお話しましょう」
「わかりました。次の質問ですが、おすすめの亡命先はありますか?」
誰が行くかボケ。行ったが最後、絶対ロクな目にあわない。きっと地下牢に閉じ込められて、額に水滴を垂らし続ける拷問とか受けさせられるんだ。私知ってんだぞ。
「……警戒心が強いのですね」
「最近は暗殺者に命を狙われる生活が続きましたので。こうもなります」
「わかりました、このままで結構です。くれぐれもおかしな考えは起こさないように」
それはあなた次第ですけどね。
騎士団ってものが嫌いになりつつある今日このごろだ。これで彼らと敵対するのであれば、この国から逃げ出すというのもやぶさかではなかった。




