17話
どこまでわかっているか、と言われると。
わかってることもあり、わからないこともある。そんな感じだ。
「わからないことが一つあるんだよね」
「一つだけか?」
「うん。大体の絵はもう掴んでる。でも、まだ一つだけハマらないピースがあるんだ」
実はもう、敵の正体については大体察しがついていたりする。
私達はもう何人も暗殺者を捕縛し、装備を没収して、顔を拝んできた。それだけ証拠があればさすがに見えてくるものもある。
もっとも確たる証拠は無い。彼らはこの国でよく見かける人種で、特徴のない均質的な装備を手にしている。素人目でわかったのはそれくらいだ。
「分からないのはこの状況そのものなんだよ。ここ数日で私が経験したことには、あまりにも違和感が多すぎる」
「ふむ。言葉にできるか」
「やってみる」
一つ一つは些細な違和感だ。目を向けなければ、自然と流してしまう程度の。
それらの多くには意味がないものなのかもしれない。でも、意味があるものなのかもしれない。追ってみなければわからなかった。
「まず一つ。リオンさんの変態性について。いくらなんでもあれはおかしい」
「それはこの件には関係ない」
「でも明らかにおかしいって。あの人、私より小さい女の子に向ける目線がすごく怪しいんだよ。もう大人なのに」
「世の中にはそういう人もいる。受け入れろ」
最高に受け入れたくなかった。
大賢者マロウズに認められた変態、リオン。もはや大変態と呼んで差し支えないだろう。極めて目をそらしたい現実がここに屹立した。
「……でもやっぱり、リオンさんは怪しいんだって」
「彼は怪しい人物だが、それは別件だ。勘弁してやれ」
「ううん。リオンさんも、カルロさんも、シルルちゃんも怪しい。あの人達は何かを隠している」
一番の違和感と言えば、やっぱりここだと思う。
暗殺者に狙われた姫君とその護衛にしては、彼らの取る行動にはいくつもの不審点があった。
「大体さ、これだけ毎日命を狙われてるってのに、どうして呑気に外出なんてしてるんだよ。安全な場所に引きこもるだとか、もっとやるべきことがあるでしょう」
「だったら王城が危ないんじゃないか」
おじいちゃんはサラッと言う。案の定というかなんというか、おじいちゃんも彼女の正体に気づいていたようだ。
「それは私も考えたけど、やっぱり違う。本当に王城も街中も危ないんだったら、まず真っ先に考えるべきことは国外逃亡だ。そもそも夜になったら、あの子たち王城に帰ってるし」
自分で言っておいて気がついた。本当に危ないんだったら。そうだ、違和感の正体はこれだ。
そもそもの前提が間違っているんじゃないか。姫様は今、本当に危ない状況なのか?
「ウチだって決して安全な場所じゃない。現に何度も襲撃を受けている危ない場所だ。なのに、なんで彼女たちは毎日ここに来る……?」
「お前が好きなんだろ」
「……照れるな」
「真面目に考えるな。俺だって冗談くらい言う」
やめてほしい。ちょっと検討してしまったじゃないか。
まあ、その、うん。いいや。シルルちゃんが自分の命すら省みずに私に会いに来ているというセンを考えるのは、最後の最後にしよう。多分違うし。
「後は、あの人。ほら、時々ウチに来る、帽子と眼鏡の不審者」
「国王か」
「わかってても口に出さないのがマナーではないでしょうか」
「マロウズにマナーの二文字はない」
「三文字だ」
さすがのおじいさまである。私は決してこうはなるまい。
「あの人の行動だって不審と言えば不審だ。自分の娘の命が狙われてるんだよ。なのに、なんであんなに呑気なの」
「暇なんだろ」
「暇なんだろうね……」
それは多分、正解とは程遠い真実だった。あの人ほんとに何してんだ。国王ってもっと忙しい仕事なんじゃないんですかね。
「とにかくあの不審者も、シルルちゃんも、カルロさんとリオンさんも。この事件の関係者には緊張感が足りてない」
「そこまで分かってるならもうほとんど答えじゃないか。後は発想を転換させるだけだ」
「うん、逆なんだよね。彼らに緊張感が無いんじゃない、私に緊張感がありすぎるんだ。違和感の正体はそこだと思う」
だったら、どうして私がこんなに緊張感を持っているのか。それは当然といえば当然だけど、命を狙われてるから。だから私は緊張感を持っている。
でも、もしもその前提が間違っているんだとしたら?
「もしもシルルちゃんが、本当は命を狙われていないんだとしたら……。この緊張感の無さには説明がつく。でも、私達は実際に襲撃を受けてるし、命を狙われてる。その事実には変わらないから」
「ふむ……。なるほど、そこで止まってるのか」
「何か知ってるの?」
「さあな。だが、糸口なら教えてやろう」
おじいちゃんはテーブルの上に、一本のナイフを置いた。
シルルちゃんと出会った日に、私が竹箒で叩き落とした暗殺者のナイフだ。私の部屋で調べてたけど、結局ごく普通のありふれたナイフだということしか分からなかった。
「お前、このナイフから何がわかる」
「おじいちゃんが孫娘の部屋に勝手に入ったこととか、かな」
「気にするな」
「…………。まあ、いいけど」
もう、これだからマロウズってやつは……。
部屋に見られて困るものはそんなにないけど、あんまり良い気分はしなかった。
「どうもこうも、量産品のナイフだよ。それなりに高品質だけど、ナイフの形状から正体がバレないように、徹底的に特徴を削ぎ落としてる。特徴がないのが特徴って言っていいくらいに普通のナイフだ」
「そうだな。だからこのナイフから決定的な証拠は得られない。だったとしても、分かることはあるだろう」
このナイフから分かること……。
目に見える情報は、とにかく特徴がないことだけ。本当に取り柄の無いナイフだ。いや、柄はあるけど。
だったらそれは、在るべきものが無いことを意味する。暗殺者は一体、このナイフから何を削ぎ落としたんだ。
「仮に、私が闇夜に踊る暗影の超絶美少女アサシン☆ルーチェだったとするじゃん」
「仮定に無理がないか?」
「このナイフには……。なんだろう、何か足りない気がする。うー……」
出てきそうで、出てこない。もにょってうなっていると、おじいちゃんが手助けをくれた。
「いかに特徴を落とすためだとしても、殺傷能力を下げてしまっては暗殺には向かんだろう」
「そうだ……。そうだよ、毒だよ。いくらなんでも、暗殺用のナイフに毒を塗らないんじゃ本末転倒だ」
そうだった。このナイフには毒すらも塗られていなかった。でもそれは、いくらなんでもおかしい。
直接刺すならまだしも、毒も塗られてないナイフを投擲したところで姫様に致命傷は与えられない。せいぜいが、治療可能な傷をつけられるだけだ。プロの暗殺者がそんな愚かなミスをするとは考えづらい。
「毒を使えない事情があった……? ううん、それも違う。今日買ってきた瓶ジュースには毒らしきものが入ってた。向こうは別に、毒を使うことをためらってるわけじゃない」
「ふうん。その瓶ジュース、今もあるか」
「あ、うん。持ってくるね」
腕輪の悪意感知機能で毒物の有無はわかったんだけど、種類まではまだ特定していない。後で調べるつもりで、今は自分の部屋に置いてある。
持ってきたそれをおじいちゃんは一目見た。中すら開けずに、見た目にはごく普通のジュースにしか見えないそれを軽く揺らして、あっさりと見抜く。
「麻痺薬だな」
「そうなの?」
「ヒザンの根を煎じて作った麻痺薬だ。ルーチェ、薬学はどこまで勉強した」
「えっと……。一般的には痛み止めに使う薬だよね。濃度を高めれば筋弛緩剤にもなるけど、基本的には人体に害は無いはず」
「そうか。これは教科書に載っていない情報だが、ヒザンは無色無臭で要人の誘拐なんかにも良く使われる」
誘拐……?
暗殺者はシルルちゃんを誘拐するつもりだった? いいや、それは違う。誘拐が目的だったのなら、なおさらナイフには麻痺薬を塗るはずだ。
また違和感を感じた。ナイフには毒を塗らず、食べ物には麻痺薬を盛る。暗殺者の行動はまるでちぐはぐだ。これじゃ、まるで……。
「殺しも誘拐も、彼らの目的ではないんだとしたら……。後は……」
「そこまで分かればもうすぐだろう。答えが出次第、片付けてくるように」
「あ、うん。ありがとうおじいちゃん」
おじいちゃんは少しだけ柔和な笑みをして、私の頭を撫でた。
……もうそんな年じゃないんだけどなー。と思いつつ、私は祖父の手に甘んじていた。




