15話
さて、どこから話したものやらと、少し頭を悩ませる。
魔道具の普及に問題があるかと言えば、ある。山程ある。これでもかってくらいにありまくる。
だから本気でやろうとするならば、文字通り国家レベルの協力が必要になるだろう。
「まず大前提として、魔道具の普及はいくつかの既得権益を著しく害します。魔道具ギルドがその最たるものですね」
「ふむ……。あの組織自体が障害になるのか」
「平たく言いますと、魔道具ギルドは魔道具を特別なものにしようとしています。より上質な魔道具を作成し、より上質な顧客に売る。魔道具職人の数を厳選して粗製乱造を避ける、良く言えば職人気質な組織です」
悪く言えば、身内だけで儲かることしか考えていない守銭奴ども。
私個人的には思うところがめちゃくちゃあるけれど、そんな私怨の籠もりまくった言葉はこの場では不要だ。ルーチェはぐっと我慢ができる子なのだ。
「私が提唱する魔道具の新しいあり方は、彼らの指針と真っ向から対立するものです。味方しないは当然として、各種妨害行為が予想されます」
「ふむ……。新しい風を妨げるは、いつだって旧体制か」
「そうですね。こうも明確に敵対することが予想されるのでしたら、喧嘩ふっかける前に潰しときたいですね。内部工作でも仕掛けて分裂させるとか」
「…………。君、本当に」
「十四歳ですよ」
開き直ることにした。王様は嘆息した。
いやあ、敵対組織に工作しかけるくらいは当たり前でしょ。むしろマナーだと思う。
「それからもう一つ、魔術師もいい顔はしません。彼らにとっての特権である魔法を模した品を、一般に広く普及させるわけですからね」
「ああ……。彼らは難しいだろうな。数が多い上に、取りまとめる組織がない。言うことを聞かせるのは至難の業だろう」
「ですので、そっちについては正面から理解を得ていくしかありません。イメージ戦略が要となるでしょう。王家のお墨付きを前面に押し出せば、表立っての抵抗は大きく減じられると思います」
「内部工作の次はイメージ戦略か……。もう、なんでもやりたまえ」
組織だっての抵抗は無いだろうが、こっちのほうが魔道具ギルド以上に難敵となるかもしれない。魔道具ギルドはもうぶっ潰してしまっても問題ないが、魔術師たちはそうも行かない。上手に付き合っていくしかないのだ。
「後は、そうですね。人材及び設備の問題があります。この魔道具、技術的には簡素な品なんですけれど、普及させるためには相当数を作成しなければなりません」
「ふうん。それは難しいのか?」
「私が作るとなると、一日あたり大体十個がせいぜいです。一月だと二百くらいになるでしょうか」
「百個足りないが」
「休みをください」
毎日毎日休みもせずに同じ魔道具を作り続けろと。そんな退屈なことしたらルーチェちゃんは死んじゃうぞ。
「王都の人口が六万人。一家族六名で計算して、大体一万戸としましょう。それぞれのご家庭に普及するところまでやるとしたら、単純計算で一万の供給量が必要になります。実質的にはこの三倍は欲しいです。日産十個のペースでは圧倒的に足りません」
「ふむ……。となると、人を集めねばならんな。しかし今の魔導技師たちは、ほとんどが魔道具ギルドに所属している」
「流れの魔導技師を集めるにしても、中々曲者ぞろいですので。いっそ一から育成してしまったほうが早いかもしれません。技術的には決して難しいものではないので」
基礎さえ叩き込めばいいので、大体一月くらいは研修が必要かな、と思う。その間生産量ゼロの人材を抱え込むのは、結構に面倒くさくなるのが予想された。
だけど王様はそうは思わなかったらしい。むしろそれを喜んでいた。
「一から育成できるのか。それは良い。特別な技術を持たないものでも新しい働き口が得られるということなのだろう」
「……まあ、その、はい。一つの問題を除けば」
「その問題とは」
「私の負担」
「構わん」
構って。
うー。言っててなんだけど、私はこんなの絶対やりたくない。いくらなんでも大変すぎだ。
嫌な予感をひしひしと感じつつも、私は言葉を止めなかった。ある種の滅私奉公である。判断するのは私ではない、王様なのだ。
「人材が揃ったと仮定しても、まだ生産量は追いつかないでしょうね。本格的にやるには効率化が必要です。今のような、一人の職人が素材選定から最終仕上げまでやっているような手法では、到底間に合わないでしょう」
「むしろそれ以外の手法があるのか」
「分業というものです。一つの魔道具を作成するまでの流れをいくつかの工程に分け、一人の職人に一つの工程を専念させます。覚えることが格段に減りますし、大幅に効率化できると思いますよ」
ちなみにこれはおじいちゃんの受け売りだ。工場制手工業がなんとか、と言っていた気がする。
あの人は私と違って本物のマロウズだ。そう、この案は大賢者様のお墨付きなのである。よくわかんないけど、うまくいくんじゃないっすかね。たぶん。
「そうなってくると専用の施設が欲しくなりますね。魔道具の生産に特化した施設。仮称として『きゃるるん☆びっくりあいてむず』と呼びましょうか」
「工場、と呼ぼう。大型化した工房という意味だ」
「……御心のままに」
もにょもにょであった。なんでだろうね。きゃるるん☆びっくりあいてむずの方が可愛いくて良くないかなー。
「すぐにとは言いませんけれど、軌道に乗り始めたら魔道具生産用の魔道具というものも開発していけるといいですね。各種設備を取り入れた工場を立てて、集めた労働者に賃金と引き換えに生産してもらう。そこまでやれば、供給量の問題は解決すると思いますよ」
「ふむ……。なるほど、良くわかった。それ以外にも問題はあるか?」
「素材調達など些細な問題はありますが、大きな課題は以上になります」
工場を立て、教育を施し、敵対組織との抗争を切り抜けながらの戦いになる。
きっとものすごく大変になるだろう。私は絶対にご免だった。
「そういうわけで、成功した場合のリターンは大きくとも、必要な投資は莫大なものとなります。国家レベルの一大事業となるでしょう。少なくとも、一介の町娘の手には余ります」
「……? 一介の町娘とは誰のことだ」
「私のことですが」
「なんの冗談だ」
事実だよ。
献策ならばいくらでもやるけど、頼むから私を実行責任者にするなんてことはしないでほしい。というか現実に不可能だ。何一つ後ろ盾を持たない小娘を一大事業の頭に飾ろうとするのは、さすがに無理があるでしょ。
「この件、次の議会で話をしてみよう。議会の承認が得られれば君にも働いてもらうかもしれない」
「あはは……。上手く行くといいですね」
「ああ。これは議論を要する問題だ。すぐには結果は出ないだろうが、気長に待つと良い」
いつまでも出ないで欲しいな。なんてことを考えるのは間違いなのだろうか。
言うだけ言ってから、面倒なことにならないといいんだけどと、私は今更ながらに後悔していた。




