14話
私の祈りは届かなかった。
帽子とメガネの不審者男が再び道具屋クローバーに姿を表したのは、そんな話をした次の日だ。
王様である。我らが国王陛下、二度目の襲来である。アウアーのキングがセカンドタイムのカミングである。
言語中枢が怪しいのは勘弁してほしい。いつもどおり微睡んでいたところに襲来されたのだ。おそらく今の私は、大分間の抜けた顔をしていることだろう。
王様はそんな私をまじまじと見つめて、鷹揚に頷いた。そして片手を上げて。
「おいっす」
おいっすじゃねえよ。
どうしろって言うんだよ。マジでどうしろって言うんだよ。国王陛下にフランクに「おいっす」って言われた時の対処法を教えてよ。頼むから。誰でもいいから。今すぐ私を助けてよ。
思考回路がショートするほどに脳味噌が回転し、当座しのぎの答えをはじき出す。そう、マニュアル式接客術だ。
「いらっしゃいませー」
「おいっす」
「……らっしゃいませー?」
「おいっす、と言っている」
問3。王様に繰り返し「おいっす」と言われた時の正しい対処法を答えよ。
解3。正解なんて無い。己の直感で掴み取れ。
「……おいっす」
「うむ。おいっすである」
王様は満足そうに頷いた。私は亡命先どこにしようかな、と考えた。
盛大な苦笑いをなんとか噛み殺し、王様を奥の部屋へと案内する。ちなみに、今日はまだ姫様は来ていなかった。
「ええと、本日はお日柄も良くご足労頂き誠に――」
「それカットで良いぞ。今後も不要だ」
「……どういったご用件でしょうか」
王様はさっさと本題に入ろうと仰る。この方もなんというか、国王らしくない。この親にしてあの娘ありって感じだった。
「シルファールに聞いたぞ。君、中々面白そうなことを企んでいるようじゃないか」
「まったくもってそのような事実はございません」
「何を隠し立てしておる。安心しろ、咎めにきたわけではない」
わかってるよ。私を政治犯としてしょっぴくつもりなら、ここに来てるのは王様じゃなくて衛兵だ。
その上で言う。本当にそんな事実はない。私はあんな大それた事、本気で実現させるつもりなんてサラサラ無いのだ。
「シルファールにした話、私にも聞かせてくれるか」
「それがお望みとあれば……。ですが、実現不可能な小娘の戯言だと思ってくださいね」
「それは私が判断する。君は気にしなくても良い」
既に王様はノリノリであった。私は頭が痛かった。
はー、もう。しょうがない、腹くくるか。この人は一国の王として、時間を割いてここに来てるんだ。何も道楽だとか興味本位だとかで来ているわけじゃない。
適当にはぐらかしたいのはやまやまだったけれど、流石にそれは良心が咎める。私にも町娘相応の人心はあるのだ。
「以前もお話しましたが、魔道具というのは特殊技能を持たないごく普通の一般人でも、魔法を扱える道具です。ですが、魔道具の普及は必ずしも民間人に武装を解放することを意味しません。適切な魔道具を普及させれば、一般市民の生活水準は飛躍的に向上するでしょう」
「ふむ。適切な魔道具とはどういったものだ」
「実物を見せたほうが早いですね。少々お待ち下さい」
お店の方まで行って、カウンターの下から完成品の魔道具を取ってくる。形状としては、手のひらサイズの平たい円柱だ。握るとひんやりと冷気が漏れる。
それをテーブルに乗せると、王様はまじまじと観察した。
「思ったよりも小さいな。これはどういったものだ」
「氷魔法を封じた魔道具です。起動すると、周りの空気を冷やす氷魔法を継続的に放射します」
「……それだけか? 存外地味なものだな」
「それだけで十分なのです。製造コストを抑えるために、単一の目的に特化させていますので」
王様はいまいちピンと来ていないようだったが、それは仕方ない。機能の派手さはこの際あまり大事ではない。大切なのは、使い方だ。
「これを木箱の中に設置すると、木箱の内部は冷気で満ちます。その木箱の内部に食料を保存するのです。食料の腐敗を食い止め、いつでも新鮮なものを食べることができますよ」
「ふむ……。それだけならば氷室で十分だと考えるが」
「はい、そのとおりです。氷室をお持ちの方にとっては、これは無用の品となります」
そう言うと、王様はようやく合点がいったように頷いた。
これは貴族階級の方々に売るものではない。一般市民の生活水準を向上させるための品なのだ。
「なるほどな。あくまでも民のための魔道具というわけか」
「仰る通りです。また、これはあえて出力を抑えた魔道具になります。より強度を高めた氷魔法を籠めることができれば、氷室以上の保存能力を獲得できるでしょう。残念ながら今はできませんが」
「ほう、それは技術的な問題か?」
「いえ、法律的な問題です。氷魔法は攻撃能力がありますので、規定以上の出力を出しては法律違反になってしまいます」
「…………」
王様は目頭を抑えて嘆息した。なんだ、その反応は。私何か変なこと言ったか。
「君は、その、なんだ。良い子だな」
「はあ。良い子とは」
「常識を軽々と破る考えを持ちながら、法律があるからできませんとは……。私が法を破れと勧めるわけにはいかないが、それでも幾分力が抜けた」
無茶なこと言わないでくださいよ。私ただの町娘。お天道様に逆らうなんてこと、末恐ろしくてできませんともさ。
「ついでにセールストークしますけど、この魔道具の普及は食料輸送において大きな利になります。魚を冷凍保存すれば、海岸部から内陸部まで輸送できますからね。食料に余裕ができれば冬を越せなくなってしまう農村も無くなるでしょう。また、軍事行動を起こす際の兵糧にもかなりの自由が効くようになります」
「ちゃっかり私向けの売り言葉を並べるな。君、本当に十四歳か」
「えっと……。これ、すっごく便利なので、みんなが使っていっぱい幸せになったらいいなって思います」
「年相応のことを言えとリクエストしたわけではない」
じゃあどうすればいいんですかー。
世の十四歳ってどうやって生きてるんだろうね。私にはわかんないや。
「続けますが、この冷蔵魔道具はほんの序の口です。空気を温める魔道具を普及させれば、冬場の薪消費量が抑えられます。遠方に声を届ける魔道具があれば、手紙や伝令も遥かに素早くコミュニケーションを取ることが出来ます。弱い光を放ち続ける魔道具を作れば、松明は不要になります。そうすれば不慮の火災が起きるなんてことも――」
「わかった、わかった。こうも軽々しく常識を変えられてしまってはたまらん。目眩がしてきたぞ」
「そういった症状にも、治療魔法を籠めた魔道具があれば、癒術士に大金を積む必要はなくなりますよ」
「降参だ。もう君の好きにすると良い」
勝った。やったあ。
そんなわけで魔道具の普及は皆様の暮らしをより良くすることができるのだ。
でも残念ながら、ただ便利なだけの物だったらとっくに普及してる。それを普及しようとするなら、魔道具を阻む色々なものに立ち向かっていかなければならないのだ。
「魔道具のメリットは良くわかった。是が非でも飛びつきたいところだが、そうもいかない事情があるのだろう」
「ええ。でしたら次は、立ちはだかる障害についての話をしましょうか」
頭の痛いことに、この話はここからが本題だったりする。




