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13話

 その日二度目の敵襲をとっちめた昼下がり、店番をしながら私は魔道具をいじっていた。

 道具屋クローバーは本日も開店休業。誰に気にすることもなく、思うままに趣味の魔道具をいじくり回せる。うんうん、やっぱり平和でいいよね。


「……あれ?」


 平和……? これが平和なのか……? 一日に二度も敵襲を受けるような日常が、平和だって……?

 何かがおかしい気がしたけど、私は頭を振って忘れることにした。やめよう。多分、これは、考えても幸せになれない。


 私は精神の安寧を求めて姫様と遊ぶことにした。精神が汚染された時は姫様と遊ぶに限るのだ。

 姫様はとてとてと寄ってくると、私の膝に座った。ういやつめ。どれ、その滑らかな髪を三つ編みにしてやろう。


「ねえねえ、るーちゃん」

「なになに、しるちゃん」

「このお店って、なんでいつもお客さんが来ないんですか?」


 私は石になった。

 いや……。待って。待ってってば。待ってください。なんでそんなこと聞くんですか。せめて聞くにしても心の準備をさせてくださいよ。


「ここに来てしばらくしますけど、お客さんが来ている様子はありませんし……。ずっと不思議だなとは思っていたんですけれど」

「えっと、その、ちょっとね」

「ひょっとして、私たちが居るせいでお店に迷惑がかかってたりしますか……?」

「違うの。そんなことはないの。でも、その、えっと……」


 うちのお店に人が来ない理由。それは、中々に根が深い問題だったりする。


「じゃあ、どうして?」


 心配半分で姫様が言う。察してくださいとは言えなかった。

 わかった、もう。わかったよ。ため息を噛み殺して、私は言う。


「例えばそこにあるアイテムさ。なんだと思う?」


 棚に陳列してある道具を指差す。一見ただのガラクタにしか見えないそれを、姫様は手にとった。


「えーと……。ごめんなさい、私、こういうのには疎くて。どういった品なのでしょう?」

「汎用型魔導基盤。そっちは魔力コンバータで、あっちの小箱に入ってるのが各種コンデンサ。どれも精密に規格化されていて、ウチで売ってる商品なら自由に組み合わせられるのがウリ」

「あの……。もう少し噛み砕いて説明していただけますでしょうか?」

「魔道具作成の基礎から理解してもらうことになるから、三時間くらいかかると思う。それでも良い?」


 姫様の顔が引きつった。大丈夫大丈夫、本当に講釈垂れるつもりなんて無いから。私だってご免だ。


「シルルちゃんの反応であってるよ。ウチの店は、得体の知れないガラクタを売ってるの。だからほとんど人が来ない」

「それでも、魔道具に造詣のある方でしたらいらっしゃるのではないでしょうか?」

「前はちらほら来てたよ。でも今はさっぱり来なくなった」


 たまに何かを嗅ぎつけた魔導技師がふらっと店に来ることはあったけど、うちの商品を二つ三つ手にとっては何も買わずに帰っていく。

 彼らが求めているのはミスリルやアダマンタイトと言った高級素材や、不死鳥の尾羽根といった貴重な触媒だ。量産品の汎用素材なんて見向きもしなかった。


「魔道具ギルドの連中とは考え方が合わないの。あいつらは一品物の魔道具を作って金持ちに売りつけることしか考えてないんだ。違うんだよ、私が思う魔道具ってのはそういうものじゃない」

「そう言われてみると、ルーチェさんが作る魔道具って独特ですよね。キラキラもピカピカもしていませんし、色鮮やかな装飾もつけられていませんし」


 姫様の認識は正しい。今の常識では、魔道具ってのはお貴族様のお宝だ。

 絢爛豪華な装飾がなされた金の小箱を開くと、色とりどりの不思議な魔法が空間をぱっと華やかに染め上げる。そんな高価で華美な娯楽用品こそが魔道具であると、街行く人は思っている。


「そんなカラクリ作って何になるのさ。そうじゃないんだよ。魔道具ってのは、魔法の才に恵まれない一般人でも魔法の恩恵を受けられる、一般市民のための道具なんだよ。工夫次第で市民の生活水準を格段に向上させられる、みんなのための実用品なんだよ」


 そんなことを愚痴ってもみたくなる。けれど、何一つ変わらないのは自分でもよくわかっていた。

 魔道具ギルドが利権をガッチガチに固めた狭苦しい業界だ。ブランドを構築して太い顧客をしっかりと囲い込み、よそ者に甘い汁が行かないよう排他的な風土を保っている。

 後ろ盾のない新参者がそこに風穴を開けることなんて、不可能に等しかった。


「お嬢。その話、人にしないほうが良いぞ」


 店の床で腹筋していたカルロさんが、顔だけをこっちに向けた。


「もし魔術師の耳に入ったら面倒くさいことになる。ここだけの話にしとけ」

「わかってるよ。あーもう、本当、これだから既得権益ってのは面倒くさい……」

「えっと、どういう意味でしょうか?」

「魔術師も一種の特権階級ってこと。一般人でも魔法が使えるようになっちゃったら、魔法が使えることで優遇されていた人たちはすごく困るでしょ」


 そんなわけで、民間向けの魔道具を本気で流通させるには障害が極めて大きい。

 魔道具ギルドと魔術師という二つの巨大勢力を敵に回さなければならない。到底、ただの小娘にできるような所業ではなかった。


「安心して、さすがに本気でやる気はないよ。いくらなんでも大変すぎるし、今の閑古鳥な日常も結構気に入ってるから」

「でも……。それができれば、皆様の暮らしは豊かになるのですよね」

「うん。そうなると良いよねー」


 シルルちゃんの三つ編みを編み終わる。オーケイ、今日も可愛いぞ。

 ところがシルルちゃんはと言えば、完成した髪型に目もくれず、何かを考えていらっしゃった。


「ルーチェさん。例えばなんですけれど、もしも王家の承認があったとしたら。その事業、実現できるでしょうか?」

「……ええっと」


 あ。

 やっべえ。この子、やる気だ。


 ほわほわしていた頭を叩き起こし、意識のスイッチを入れる。やべえやべえ、この子姫様だったわ。金と力と顔を持つ、この国の頂点に立つ女だったわ。

 あんまり迂闊なこと吹き込んでしまったら大変なことになる。


「シルルちゃん? えっとね、無理だと思うよ。たとえ何かの偶然で王様の承認が得られたとしても、それだけじゃどうにもできないから」

「だったら、何が足りませんか? お金でしょうか、人でしょうか。何があれば大衆に魔道具を広められますか?」

「仮に何もかもがあったとしても、そもそも私はただの町娘なんだから。そんな大それた事――」

「ルーチェさんなら、できます」


 ぐっと拳を握りしめて、姫様はそう仰った。かわいい。

 私はそれに曖昧な笑みを返す。頼むから、変なことをしでかさないでくださいよと祈りながら。

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