12話
以上、回想終わり。だいたいそんな感じ。
ちなみにどうして腹パンするようになったかと言うと、取り押さえた暗殺者に捕まえた暗殺者にまた毒を飲まれそうになって、焦った私がとっさに腹パンしたのが始まりだ。
芸術的な角度でクリティカルヒットした腹パンは、望みうる最大の効果を叩き出した。暗殺者は毒を吐きだして気絶し、私たちはついに暗殺者の捕縛に成功したのだ。
それ以来、取り押さえた暗殺者には私が腹パンすることになっている。意味わかんねえ。
「本当にどうしてこうなったんだろう……」
「ルーチェさん。やっぱりご迷惑でしたでしょうか?」
「違うんだ。そうじゃないんだよ」
別に姫様に巻き込まれる分には一向にかまわない。見捨ててどっかで死なれるよりはよっぽどマシだ。
でも、腹パンについては言いたいことがたくさんあった。
「胃の内容物を強制的に逆流させる魔道具でも作ろうかな……。でも人体に直接作用する魔道具は違法だったよね。法律を遵守した上で、確実にターゲットを嘔吐させる魔道具か……」
「お嬢、俺はガントレットでいいと思うぞ」
「カルロさんには聞いてない」
腹パンから離れろ。この変装護衛男、ちょっと打ち解けたと思えばすぐにこの調子である。
何を隠そうこの男、最近もっぱら私の頭痛の種である。会ったばかりの頃はこんなんじゃなかったのに……。
「っていうかさ。何度も言ってるけど、そのお嬢ってのやめてよ」
「なんでだ? お嬢はお嬢じゃねえか」
「あなたにお嬢なんて呼ばれる筋合いはない」
「何言ってんだよ。なあ、リオン?」
リオンさんは、気絶した暗殺者をふん縛りながらこっちに顔を向けた。
カルロさんと違って、リオンさんは尊敬できる立派な騎士だ。必要なこと以外は話さず、確実に自分の任務を遂行する。寡黙な仕事人なのだ。
「お嬢。頼みがある」
「だからお嬢って呼ぶなって……。何?」
「今度俺にも腹パンしてくれ」
前言撤回。とんでもねえ変態野郎だった。
「そういう趣味なの……?」
若干後ずさりながら聞く。聞き間違いであってほしいと祈りながら。
きっとリオンさんにはリオンさんなりの考えがあって、そんなことを言ったのだろう。なんかの誤解だよね。よくあるやつだよね。私知ってるんだぞ。
そんな私の考えを裏付けるように、リオンさんは穏やかな顔で微笑んだ。
「その通りだ」
「その通りなの!?」
「君のような年頃の少女に腹パンされるのが夢だったんだ。遠慮しないでくれ、思いっきり頼む」
「喋らないで! 近づかないで! 金輪際私に関わらないで! 半径十メートル以内に入ったら大人の人を呼びますよ!」
ルーチェ・マロウズ。全身全霊の拒絶である。
全身に鳥肌が粟立つ。生きた人間をここまで気持ち悪いと思ったのは初めての経験だった。
「ああ……。罵倒されるのも気持ち良い……」
「ひっ」
変態野郎リオンは全身を抱きしめて恍惚のくねくねダンスを披露した。私はそれを目の当たりにしたんだ。悲鳴が出るのも仕方無いだろう。
「シルルちゃん! あの人変態だよ! ド変態だよ!」
「あの、変態とはどういった意味でしょうか?」
「ここで世間知らず発揮するの!?」
くっそ、これだから温室育ちってヤツはよぉ……!
若干涙目になって後ずさりつつ、後手で雷銃のセーフティを外す。これ以上近づいてみろ、お前も暗殺者と一緒に衛兵に突き出すからな……!
「あー、まあ、勘弁してやってくれ。リオンはちょーっと人格に問題があるが、黙ってればちゃんと仕事するから。おいリオン、お前もあんまりお嬢を脅かすんじゃねえぞ」
「カルロさんに仲裁されるの、すっごいもにょる……」
「おーいリオーン。お嬢が腹パンしてくれるってよー」
「わかったから! わかったからそれだけは止めて! 本当! お願いします!」
カルロさんは豪快に笑って私の背中を叩き、リオンさんは妙に熱っぽい瞳で私を見てから仕事に戻る。
隣で小首を傾げる姫様だけが、私にとって唯一の癒やしであった。




