11話
そして私は、安請け合いしたことを大変に後悔することになったのだ。
あの日の私は疲れていたのだ。言葉の裏を読み取ることなんて、満足にできなかった。
だから。姫様と仲良くするということがどういう意味なのかを、今更になって知ることになった。
「こんっのやろー! 汚い手でシルルちゃんに触ってんじゃねえぞー!」
暗殺者に魔道具をぶん投げる。一度地面で跳ねた球体の魔道具は、内部に籠められた閃光魔術を発動させた。
強烈なフラッシュに暗殺者がひるんでいる間に体当たりをかまし、ヤツの手から姫様を取り戻す。そのまま至近距離でやつに向かって雷銃をぶっ放すと、彼は痺れて倒れ伏した。
「カルロさん! リオンさん!」
「お嬢、よくやった! 後は任せろ!」
カルロさんが倒れ伏した暗殺者を組み伏せ、リオンさんは姫様を抱えて後ろに下がる。私は術式改変魔道具を暗殺者に直接取り付け、魔法の発動を阻害した。
これで影の中に潜ることはできない。となれば、ヤツに残された手はもう一つしかない。
暗殺者はニヤリと笑って、口の中に仕込んだ毒を飲み込む。でも、それはさせない。
「お嬢! 決めてくれ!」
カルロさんは暗殺者を羽交い締めにし、私に合図をした。
それを確認し、私は大きく一歩を踏み込む。そして拳を強く固めた。
「だから、なんで――っ!」
腰のひねりを使って拳を引き絞り、狙いを定める。
狙いは肋骨の下。みぞおちと呼ばれる部分だ。
「私がやるんだよー!」
そこに向けて、腹パンを叩き込んだ。
暗殺者の口から毒が吐き出される。二度、三度、苦しそうにえずいてから、彼はぐったりとした。気絶したようだ。
「お嬢、協力に感謝する。今日も見事な腹パンだった」
「ねえ、カルロさん。おかしくない?」
「……誇ると良い。君の腹パンは、もはや芸術だ」
「リオンさんまで言うの!?」
普段は喋らないリオンさんまでそんなことを言う。普段からやかましいカルロさんは大変満足そうに頷いていた。テメエ……。
あーもう、なんで私が腹パン担当みたいになってんだよ。わっけわかんねえ。
「ルーチェさん、すみません。今日も巻き込んでしまって……」
「あはは……。シルルちゃん、怪我はない? 大丈夫?」
「はい、おかげさまでなんともありません」
「良かった」
念の為シルルちゃんの身体に変なものが仕込まれていないかを調べつつ、私はここ数日の日々を思い返す。
どうしてこうなったんだろうな、と、どこか投げやりに思いながら。
*****
突然の王様襲来を乗り越えた次の日にも、シルルちゃんは遊びに来た。
そのこと自体は構わない。私だってシルルちゃんとは会いたい。でも、暗殺未遂があったばかりなのになんで出歩けるのかは、流石に疑問に思っていた。
「ねえ、シルルちゃん。本当にここに来て大丈夫なの?」
「えっと……。ご迷惑でした?」
「ううん、そんなことないよ。でもさ、あんな事件があったばかりじゃん。危なくないのかなって」
ああ、それなら、と。なんでもないように姫様はのたまった。
「ルーチェさんの側に居るのが一番安全ですので。お父様もそう仰ってました」
…………おい。
よりにもよって、あの不審者の入れ知恵かよ。それもう実質国王命令じゃん。この子の命は私が守れよって意味じゃん。くそっ、良いように使いやがって……。
「そんなこと言われても、私には何もできないよ」
「謙遜なさらないでください。ルーチェさんはもう二回も私を助けてくれたじゃないですか」
「ただの偶然だっての。次も同じことができる保証はない」
「だとしても……。それでも私は、ルーチェさんと一緒に居たいんです」
そんなことをにっこり笑って言うものだから、私にはもう何も言えなかった。
もちろん額面通りに受け取ったりはしない。彼女はこれでも一国の姫君だ。姫君の身辺警護を疎かにしてまで、私に会いに来る理由なんて、あるはずがない。
だとするなら、彼女にとってはこの場所よりも王宮のほうが危険なのではないか。そんな風にも考えられる。
(ったく、王宮じゃ何が起こってるんだか)
姫様は何らかの理由で命を狙われている。そして、彼女にとって王宮は街中よりも危険な場所である。そこまで仮定すれば、大体の察しは付くってもんだった。
ついでにもう一つ仮定を重ねようか。そんな状況下だと言うのに、姫様の身辺警護に当たっている騎士は、たった二人しかいない。それはつまり。
(騎士団にも敵の息がかかってるんだろうなー。はー、もう。嫌になっちゃうね)
ざっと考えられるのはそんなところだ。もちろん仮定の上の推論なので、全部まるっと外れてるかも知れないんだけど。
それ以上の情報が欲しくてそれとなく噂を集めたりしてるんだけど、残念ながら何一つとして情報は得られていない。どうにも手を出しあぐねていた。
そんなわけで、今日の姫様は私と一緒に店番をしていた。さすがに私も連日店番をほったらかすわけにもいかないので、今日のところはお家でまったりしていたのだ。
だからまあ、こういうことになるんだろうなとは予想していた。
「お客さんが来るみたいだよ」
腕輪の悪意感知機能に反応があった。敵襲だ。
姫様と護衛のお二人に警告する。二人は頷いて、慣れた動きで窓側と入り口に警戒を向ける。
そのうちの一人、姫様にカルロと呼ばれていた彼が、あくまで外に警戒を向けたまま聞く。
「見たところ誰も来ていないようだが。君、なぜそう言える」
「そういう魔道具があるの。そう言えば言ってなかったけど、この道具屋、色んな所に魔道具仕掛けてあるから。だから――」
天井からバチンと大きな音が一つ。次の瞬間、東側の窓から何かが落下するのが見えた。
屋根に仕掛けてあった罠を踏んだらしい。一応落下地点には柔らかい土を敷いておいたから、死ぬことはないだろう。
「こういうことがあるけど、あんまり驚かないでね」
「……どういうからくり屋敷だ、ここは」
ただの道具屋ですよ。




