10話
「それに、いくらでも作られては困る。そんなことをされたら大変なことになるだろう」
「やっぱり、戦争が変わっちゃいますか?」
「……ほう?」
王様は感嘆していた。それからまた、楽しそうに口元を歪めた。
「なぜこれで戦争が変わると思った」
「また謎かけですか……。勘弁してくださいよ、もう」
「いいや、違う。答えなど私も知らん。ただ、君の考えを聞きたい」
試されているわけではないらしい。ただの興味本位ってだけでもなさそうだけど。
この人が何考えてるのかいまいちわからない。ちゃんと考えれば分かるのかも知れないんだけど、疲れた頭でそれをやろうという気にはなれなかった。
「この雷銃が良い例ですよ。私はこれを使って、暗殺者の無力化に成功しました。それが全てです」
「ふむ? すまんが、もう少し噛み砕いて説明してもらえるか」
「魔道具を使えば、ただの町娘でも戦闘訓練を受けたプロの暗殺者を倒せてしまうということですよ」
技術が研鑽を凌駕した。雷銃はその証明であった。
王様の顔色が変わる。しばらく言葉の意味を飲み込んだ後、目頭を抑えて、小さく続けろとおっしゃった。
「より殺傷力が高い実戦向きの魔道具があれば、なんら戦闘訓練を受けていないただの人間が、十年を鍛錬に費やしてきた騎士を容易く葬るでしょう。そんなものが席巻するようになれば、戦争の指標は大きく変わります」
「……これまで戦力の指標として使われていた値は、兵の数と練度だった。だが」
「魔道具の数になるでしょうね。間違いなく」
まあ、量産できればだけど。
魔道具業界はギルドが利権をガッチガチに固めているため、生半可な職人が変なものを売ろうとしたら、あっちこっちから圧力がかかってあっという間に潰される。
ましてや、今の魔道具の花形と言えば、お貴族様に売りつける一品物の娯楽用品だ。花を咲かせたり雪を降らせたりなど、華美なものこそ魔道具であると世の人は認識している。
そんな逆風吹きすさぶこの状況で、戦いのための魔道具を作って売るなんて、不可能に等しかった。
「君はまるで見てきたように言うな」
「見てきた、とは?」
「東国の銃についての話だ。あちらの国では銃が台頭して以来、君が言ったようなことになったらしい」
え。マジで……?
自説が証明されたのは嬉しかったが、それ以上に私には気がかりなことがあった。東国では、既に戦争が変わっている。それってかなりやばくないか。
「東国と言うのが、どの東国を指しているのか分かりませんが……。我が国との関係性はいかがなのでしょうか」
「さすがにどの国かまでは教えられんが、敵対はしていない。強大な軍力が我が国に向けられることはない」
「少なくとも、今はまだ?」
「……君は用心深いな。安心しろ、遠方の国だ。仮にあの国が軍隊の向け先に困ったとしても、我が国を選ぶことはあるまい。これ以上は教えられんぞ」
「失礼いたしました」
非礼を侘びつつも内心ほっとする。それなら大丈夫そうだ。
飛び抜けた軍事力を持つ国が、戦争をしないことなどあり得ない。戦えば勝てるのなら、勝って奪うのが世の常だ。東は荒れるだろうな、と、私はなんとなく予想していた。
「それにしても、最初に心配するのが外交の話か。君と話しているとまるで外交官を相手にしているようだ。君、年はいくつだ?」
「年ですか。数えで十五になりますが」
「……うちの娘と同い年か。市井には末恐ろしい娘もいるものだ」
へー。シルルちゃん、私と同い年なんだ。親近感わくなー。
王様の過分すぎる評価は努めて聞き流すことにした。だっから、私はただの町娘だっての。
「君はまるで、マロウズのようだな」
王様が何気なく言った言葉に、私の表情が凍った。
内心の焦りを隠すように曖昧に笑む。その表情をどう受け取ったか、王様は言葉を重ねた。
「君、マロウズというのは知っているか? ともすれば、今どきの子は知らないかも知れない」
「ええと……。その、はい。あんまり」
「ふむ。マロウズとは偉大なる賢者の一族だ。悪魔のような頭脳と先進的な考えを持ち、ありとあらゆる事象に改革を引き起こす。たとえば、そうだな。それまで奇跡の類であった魔術を体系化し、普及させたのも一人のマロウズだったと言えば、君は信じるかな」
信じるも信じないも、私はそれを知っている。嫌というほどよく知っている。
そのマロウズは世界に魔術を解き放つことで、世界の構造を作り変えた。そして、その際に巻き込まれた様々な面倒事に辟易し、他人との交流を全て孫娘に押し付けてぬくぬく隠居生活を送ることにしたのだ。
そう。うちのおじいちゃんである。
「ええ……。すごい人も居たのですね」
「現実感が無いかな? 無理もない、マロウズとは存在自体が伝説に等しい。マロウズは時代の変わり目に現れるだとか、マロウズが現れたから時代が変わっただとか。人類が築き上げてきた叡智の大半はマロウズによるものだとか。そんな無茶苦茶な逸話が付きまとう一族だ」
いやほんと、ウチの一族がやらかしまくったせいですみません……。
あいつらは世界を変えようだなんて崇高な理想は、これっぽっちも持ち合わせていない。ただ自分がやりたいようにやった結果、気がついたら世界が変わっていたのだ。
おじいちゃんが魔術を体系化したのだって、神様に会いに行くとかいうぶっ飛んだ目的の副産物だったりする。それがたまたま人類にとって有益だったってだけで。
「大賢者。あるいは革命者。叡智の悪魔にして神域の一族。そしてある時は、世界の破壊者とも謳われる一族だ」
「あはは……。もう世に出てこないといいですね……」
「ふふ。その方が良いかもしれんな。良くも悪くも、マロウズはあまりにも荒唐無稽なのだから」
うん。せめて私は自重しよう。世界の皆様のために。
私はおじいちゃんのようにはならないぞと決意を新たにした。一介の町娘として、道具屋でも営みながら平穏な暮らしを手にするのだ。
「さて、すっかり話し込んでしまったな。私はそろそろ戻るとしよう。膨大な書類と退屈な執務が待っている」
「あ、はい。今日はありがとうございました……?」
王様が席を立ったところで、私は首をひねらせた。
「えっと。頼み事というのは?」
「ああ、そうだった。すまんすまん」
照れくさそうに王様は頬を掻く。そうだよね、びっくりした。これじゃあ本当にただ雑談しただけだ。
「うちの娘と、これからも仲良くやってくれ」
そのときの王様は、一人の父親としての顔をしていた。
だから私は、にっこり笑って答えた。
「はい、喜んで」




