1話 Crowと親友
カチッカチッカチッ…
部屋の中に無機質な時計の音が響き渡る。俺は、ベットに横になり、その音を聞いていた。沙希が殺されてから、何日過ぎたか分からない。あの日から、俺の中に喪失感が渦巻いていた。テレビをつけると、ある一定の話題で持ちきりだ。
『ーー只今入ったニュースです。今、世間を騒がせている”Crow”と名乗る殺人鬼が、東京都中央区に現れたとのニュースです。警察は今も”Crow”について捜査中です』
殺人鬼“Crow”…ここ最近現れた通り魔だ。特徴は、いつも黒のパーカを着てフードを被り、右手に火傷の跡があるらしい。そして、Crowと名乗っている本当の理由は…大きな嘴がある黒い鳥の仮面を被っているからだ。殺人には共通点がなく、男だったり女だったり、黒髪だったり、茶髪だったりと共通点がないが、殺人方法だけは共通している。それは…”必ずハサミで殺す“点だ。
……そして、俺の彼女…沙希もcrowに殺された。それも、俺の目の前で…
ただデートをしていただけだ。遊園地行ったり、一緒にご飯食べたり…普通に過ごしていただけなのに…”奴“は俺たちの前の現れた。奴は、こちらを見るなり襲いかかってきて、沙希が犠牲になった…
「沙希っ…」
もう後悔しても遅い…そんなことは分かっている。だけど、自分を責めずにはいられなかった…。
ーピリリリリッ
突然、固定電話が鳴り出す。身内や友達はいつもスマホに電話するから、固定電話が鳴るのは珍しい。俺は気だるい体を起こし、電話を取った。
「…もしもし」
『警察の者です。“Crow”の殺人事件でもう一度お話を聞きたいのですがお時間よろしいでしょうか?』
またか…もう何回同じ話をしたか分からない。……もううんざりだった。沙希が死んだ事を改めて実感すると同時に、自分の過ちを思い出してしまう…
「……また今度でお願いします…」
『……分かりました。では、また後ほど』
ープツッ
電話が切れる音が聞こえ、こちらも受話器を戻す。はぁ…とため息をつき、ベットに戻ろうとしたら、また電話が鳴り出す。今度は、固定電話ではなく、スマホが鳴っていた。画面を見ると、浩介と表示されている。浩介は、小学校からの腐れ縁だ。普段騒がしいが、人を思いやれるいい奴だ。“応答”ボタンを押し、耳にスマホを当てると、元気のいい声が聞こえた。
『よぉ!調子はどうだ?』
「まぁまぁだよ…」
『……。なぁ康太、今日飲みに行かねぇか?』
「ありがとう…でも、今回は遠慮するよ…」
今はそんな気分ではない。もし行ったとしても、楽しめないだろう…。そんな事でこの気持ちが晴れるはずがない…。それに、相手の気分も害したくなかった。だから今回は…
『お前の気持ちも分かるが、そんな一日中家に引きこもっているより、少し外に出た方が少しは楽になるんじゃないか…?』
「……。」
これは浩介なりの優しさだと気づいた。浩介は、誰よりも沙希の死を悲しんでくれた…。それからも、俺をなにかと気遣ってくれて本当に感謝している。浩介にいつまでも心配かけてはいけないと思い、俺は決断した。
「…分かった。場所は?」
『……!!場所は、駅の近くにできた居酒屋でどうだ?時間は夜の9時頃で』
「…分かった」
『おう!じゃあまた後でな!』
「また後で」
“終了”ボタンを押して、ベットに横になる。時間を見ると現在午後3時だから、約束の時間まで6時間ほどある。ここ最近、よく寝れていなかったこともあり、約束の時間に遅れない時間まで仮眠をとった。
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ーーー
………夢の中で沙希と会った。沙希は、こちらに満面の笑顔をしていたが、次第に胸あたりが赤くなっていき、沙希の顔が苦しさで歪んでいく。そして、倒れた沙希はこちらを睨んでこう呟いた。
「なんで助けてくれなかったの…?」と…
「……っ!」
俺は、沙希の言葉で目が覚めた。体中冷や汗が滲んでいおり、呼吸も荒い。ふと部屋を見ると、もう薄暗くなっており、結構な時間が経っていることが分かった。
(…目覚め悪いな…)
額に手を当て、そんなことを思った。服も汗でぐっしょり濡れていて、とても気持ち悪い。時間を確認すると、午後7時30分を指していた。
(シャワー浴びる時間はありそうだな…)
こんな汗まみれで出かけたくはない。まだ時間にも余裕がありそうだし、シャワーを浴びていくことにした。
「…………。」
俺は、夢の中での沙希の言葉を忘れることは出来なかった…
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ーー
もう少しで冬が来ることもあって、外は凍えるような寒さだった。息を吐けば真っ白になり、すぅっと消えていく。これで本格的に冬になったらどうなるんだろう…と心配してしまうほどだ。現在8時30分…余裕で約束の時間に間に合う時間だ。もうすでに冷たくなっている手をポケットにいれ、マフラーに顔を埋めている。先月、沙希から誕生日にもらったモコモコのコートを羽織って約束の場所へ向かう。
(外なんて久しぶりだな…)
最近、心の整理が出来ていなくて、外出することがなかった。日にちだけ見れば“久しぶり”という期間ではないが、ずっと家に引きこもって外出をしていなかった俺にとって、外の空気はとても懐かしく思えた。
少し進むと、駅前通りに出た。先程の道とは打って変わり、仕事帰りのサラリーマンやOL、カップルなどが行き交っている。この辺りでいつも沙希とデートをしていた。よく行く店や、沙希が好きだった洋服屋などが目に入る。
「…………。」
この道に出るだけで、こんなに心を毟られるような感覚に襲われるなんて、思わなかった。心拍が上がり、呼吸も荒くなる。胸の中の喪失感がどんどん膨れ上がっていく…。
ードクンッー
『いままで…すごく幸せだった…!』
ードクンッー
『なんで…』
ードクンッー
『なんで…助けてくれなかったの…?』
ードクンッ!ー
「おい康太!そんなとこでつっ立ってどうした?」
「…ッ!!」
いきなり肩を揺さぶられ、はっとする。声の方を見ると、浩介が、訝しみの目でこちらを見ていた。浩介は、俺の状態を見て、はぁ…とため息をついた。
「結構重症らしいな…」
「えっ…?」
そう言われて自分の体を見ると、冷や汗でぐっしょり濡れていた。先程と同じことになっていることに気づき、浩介の言葉の意味を理解した。自分でも笑ってしまいそうなほど酷い。
「まぁ…今日は盛大に飲もうぜ?」
「そうだな」
「俺オススメの店あるんだ!今日はそこから始めるぞ!」
「えっ…、一軒だけじゃないのか?」
「一軒で酔えるはずねぇーだろ!ほら行くぞ!」
「えっ、ちょっ!?」
浩介は、俺の肩に手を置き誘導する。その手は、勢いよく置いたのに対し、壊れやすいものを動かすように優しかった。その優しさに、俺の心が温かくなっていくのを感じた。こんな親友を持てたことに感謝しながら。
今回もお読みに頂きありがとうございます!