表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
PR
98/114

ノエル ①

                 1993年4月


 どうすればよかったのだろう? 

 なんと言っていれば、それとも言わなければ…


「もう何もないんだね… 言えることも、できることも」

 置いてしまった受話器の前で座り込んだまま動けずに、頭の中でまことの日々がよみがえる。

               

                

 大学に進学するタイミングで、両親はぼくが家を出るのを待っていたかのようにドイツへ引っ越した。


 フランスとの国境から車で10分ほどの小さな街で、もちろんドイツ語圏だけど外国語としては英語よりもフランス語を話せる人の方が多く、ドイツマルクといっしょにフランスフランを財布に常備し、食文化もフランスの影響を存分に受けているーーー移り住んだ両親の暮らしぶりを電話や手紙で窺い知ると、やはりなつかしさに似た感情がこみあげる、小さなころから何度も滞在した父の故郷。


 ダンスで忙しくなってからは頻繁に訪ねることはなくなったけど、それでも数年に一度は祖母に会いに訪れていた。


 今はもうその祖母も亡くなり、残った家に両親が暮らしている。



 小さい頃からアメリカとドイツやイギリスを行ったり来たりの生活だった。

 ヨーロッパにいる間には母親の親戚が住んでいるフランスにもよく足を伸ばした。


 どこに行ってもそれぞれ親戚や友達がいてそれなりに楽しかったけど、どこへ行っても訪問者の心地だった。

 訪れる場所はたくさんあるけど、帰る場所はないような心許なさ。


 白人の父と、ヒスパニック系や南アジア系の血が混ざっているわりには白人にしか見えない母の間に生まれたぼくの外見は、両親のどちらとも見事なほど似ていない。


 それが原因でいじめられたという記憶もないけど、どういう血筋なのかと憶測されたり、養子なのだろうと勝手に決めつけられたりするのも日常茶飯事で、小さかったぼくは両親の本当の子供ではないのだろうかなどと心細く感じたりもした。


 この心細さを共有できる、あるいはお互いの存在を確かにできる、自分と似た兄弟姉妹でもいたら、と気づけば空想していた。


 自分の存在の心許なさを空想以外の方法でまぎらわせることができるようになったのはダンスを始めてからだ。

 ダンスを始めたきっかけは、親の都合だったのだけれど。



 父親が手掛けていた食品関係のビジネスが軌道にのってようやく、小学校3年生ぐらいからぼくの生活の基盤はアメリカに落ちついた。


 母親も父親の仕事を手伝って家を空けることが多く、ぼくの帰宅する時間が少しでも遅いほうがありがたいという事情だったのだろう、小学校で放課後にやっているダンスクラスに入れられたぼくは、授業を受けるのが当り前だったのと同じ具合に、放課後はダンスクラスを受けるのが当たり前になった。


 ダンスは週2回だったので、その他の曜日はスポーツや音楽のカリキュラムにも参加していた。


 スポーツクラブも音楽教室もダンスクラスもそれなりに楽しかったし、どれもそれなりに器用にこなせた。


 高学年に上がる頃、スポーツクラブや音楽教室を辞めてダンスを選んだのは、ダンスクラスのフォックス先生から自宅で開いているスタジオに勧誘されたのと、そのスタジオでプロを目指すクラスに入れば学校の休暇中も特別レッスンや公演で忙しくなると聞いて、ドイツやイギリスやフランスに連れまわされなくてすむと思ったからだった。


 ドイツやイギリスやフランスが嫌いだったわけではない。

 それぞれの国や街は子供だったぼくの目にも美しく映ったし、ドイツのお祖母ちゃんにもイギリスにいる叔父さんにもフランスにいる母親の親戚にも歓迎されたけど、あちこちに移動してはそこの習慣にならい、アメリカ生活が長くなるにつれて忘れていく言語を苦労して操り、人や場所にようやく慣れ親しんだ頃にはまた移動するという過ごし方が、なんというか、子供なりに疲れた。

 そのせいか、移動に伴い1~2日、決まって頭痛と発熱に見舞われるのも、憂鬱だった。


 ただ、ダンスクラスにはダンスクラスなりの小さな憂鬱もあった。


 スタジオには男子もいたけれど、女の子が圧倒的に多かった。

 カレンのように屈託なくいっしょにいて楽しい女の子もいたけど、大半はフレンドリーなように見えても実は身構えてるか、べたべたしてくるか、媚びるか試すか恥ずかしがるかのどれかだった。


 ぼくは普通に接しているつもりでも、誰彼に優しくしたとか冷たくしたとか、先週まで親しげだったのに今週からよそよそしくなったとか、身に覚えのない噂を立てられることもあり、女の子って面倒だな、と思わずにはいられなかった。


 そんなときは音楽に集中し、雑音を頭から追い出した。


 音楽に身も心もゆだねれば、ぼくはもう音の一部だ。

 性別も容姿も環境も関係ない。

 誰と同じでもちがっていても関係ない。

 どこにいても、どこにもいなくてもいい。

 音になったぼくは解放され、自由だ。

 どこまでも。

 どこででも。


 踊る行為には中毒性がある。

 実際には実現不可能な「完璧」を追い求めて、自分の体を極限までコントロールできるよう鍛錬して味わう束の間の万能感。

 跳躍で滞空を味わう瞬間はまさに「ハイ」な状態だ。


 それでも、完全に陶酔してしまうのは危険だ。

 ぼくをスタジオに誘ってくれたフォックス先生が、くり返しぼくたちに教えてくれたこと。 


 自分を知ること。

 自分の能力、才能と限界の両方を知ること。

 才能を限界まで開花させられるように、最大限の努力をすること。

 自分しか知り得ない限界の判断を、けっして他人に委ねてはならないこと。

 

 この教えをまこに伝えていたら、何かちがっていただろうか。

 今まこは、ここにいただろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ