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ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
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京都 1981年 ⑥

 四年生の最初の2週間を欠席することになってしまった眞子を、新しいクラスメイトたちは、

「新学期から休んでいた」「お母さんが死んでしまった」「かわいそうな」子だと、少し距離をおいてとりまくような雰囲気だった。


 そんななか、

「ゴムとびやる?」

 と話しかけてくれたのが美奈ちゃんとりっくんだった。そしてその日のうちに、 

「学校のあとも遊べる?」

 と誘われた。


「うん。遊べる」


 これまで帰宅後すぐに手を洗い、おやつを食べてから宿題をしたりバレエにいったりしていたのだが、お母さんが死んでからは、その生活も失われていた。


 次第に眞子は放課後も週末も、なるべくたくさんの時間を友達との約束でうめるようになっていった。


 しかし、初七日に始まり四十九日までの法事の日だけは、遊ぶ約束もせずに急いで家に帰った。

 涼子や親戚が集まり、ふだんは陰気でさびしい我が家がにぎやかになるのが単純にうれしかった。


 そして長いお経やお坊さんの話の間中、いつもは我慢している涙がとめどなく流れて、胸につかえる石のようなからまりが一瞬だけだが小さくなるのだった。

 

 親戚も近所の人たちも、母親が死んでしばらくは何かと眞子に親切だった。

 夕飯を食べていくようすすめてくれたり、休日に出かけるときに誘ってくれたり、泊めてくれることさえあった。


 しかしその後に待っていたのは、孤独でどんよりとした、家族3人だけの生活だった。


 親戚も近所の人たちも、いつまでも不運な一家にかまってはいられない。皆すんなりとそれぞれの元の生活に戻っていくのだということを、眞子は幼いなりに身をもって学んだ。



 クラスの仲良しグループで誕生日会をひらく、という遊びは、眞子の提案で始めたことだった。

「来週のメガネの誕生日、内緒でパーティー開いてメガネをびっくりさせへん?」

「わたしらだけで?」

「すごーい」

「やろう、やろう!!」

 眞子のこのアイデアに、グループはもりあがった。 


 眞子が最初に仲良くなった美奈ちゃんとりっくんに加え、優等生色の強い4人のグループが合体して7人で行動するようになったのは、夏休みが終わってからだ。


 女子の間で長らく遊びの主流だったゴムとびが下火になり、泥巡どろじゅんや大縄が流行りだし、それらは大人数のほうが遊びやすく、休み時間も放課後も一緒に遊んでいるうちに、自然に7人のグループにおちついたのだった。


 この仲良しグループのメンバー誰一人、9月のこの時点でまだ10歳の誕生日を迎えていないことも誕生日会のアイデアに好都合だった。


 今回はメガネ、それがうまくいけば次回は美奈ちゃん、と順番に誕生日を祝うことができるのだ。


 本人には秘密、ということで、準備はメガネに気づかれないよう進める必要があった。


 出しあえるおこづかいの額や買いだしの日時、誰の家を使えるかなどをひそひそと話し合っているところへメガネが現れるといっせいに口をつぐむので、メガネは自分の悪口を言われているのではないかと不安になった。


 不安になったメガネは考えた。


 自分は宿題も忘れないし給食を食べるのも早いし運動神経も悪くないし、はきはき意見も言えるし、陰口をたたかれているとしたら3歳からかけているこの眼鏡(強度の遠視だった)のせいにちがいない!


 眼鏡をはずして鏡をのぞけば、見慣れているよりちんまりとした目が、心細げに自分を見返していた。


 メガネの心労をよそに誕生日会の計画と準備は順調に進んだ。


 パーティーの会場は「学校から近いし、よかったらうちに来て!」との申し出で、学校から徒歩3分のりっくんの家にすんなりと決まった。


「りっくん、誕生日会でエレクトーン弾いてー」

 と、小鹿のりっくんに憧れている笠谷さんが言う。りっくんはさっそくその週の音楽教室で先生に相談し、和音と足鍵盤あしけんばんで華やかにアレンジされたバースデーソングの楽譜をコピーしてもらった(著作権の管理が当時はゆるかった)。


 当日2日前には、放課後に集まれるメンバーで、3階建てのスーパー、その名もヒカリヤへ買い出しに行った。


「これにする?」

「でもこっちのほうがかわいい」

「なんでこれがあれよりこんなに高いん?」

 と大騒ぎして選んだ筆箱と筆記具のセットをプレゼント用に包んでもらい(ここでも包装紙につけるリボンの色とシールの柄で、どうする、どれにする、と少女たちは散々悩んだ)、赤やピンクの風船やケーキが描かれた紙皿を買った(この商品に関してはパーティーにふさわしい柄がそれしかなかったので悩まなかった)。


 更に誕生会前日には持ち寄った折り紙やティッシュで飾りつけの輪っかや花を作り、当日は淳ちゃんが持ってきてくれた缶ジュースやお菓子(習字教室を開いている淳ちゃんのお母さんに贈られてきた中元の残りだ)を並べ、りっくんのお母さんがパートに出る前に作っておいてくれた、缶詰のフルーツがにぎにぎしく透けて見える巨大なゼリーを冷蔵庫から取り出して(歩くたびにぷるぷるとゼリーがゆれるのが笑いを誘い、笑いながら運ぶのでぶるんぶるんと大きくゆれた)、7人の少女はわくわくとメガネの到着を待った。


「来た来たっ」

 通りが見える窓から見はっていたりっくんの3歳下の弟かっくん(クラス内でのあだ名の調整ではなく、もともとこう呼ばれていた)が、大きなヒソヒソ声でパーティーの主役が到着したことをつげ、それを合図にりっくんがエレクトーンを弾き始める。両手両足を駆使するりっくんの演奏に、見守るグループのメンバーから感嘆の声がもれるなか、ぽかんとした顔のメガネ登場。


「お誕生日おめでとうっっっ」

 りっくんと同じ音楽教室に通う美奈ちゃんが、演奏に負けないほどのひときわ大きな声で叫んだ。


 誕生日会は大成功だった。


 陰口を言われているのではと心配こそすれ、まさか自分の誕生日を祝う計画が立てられていたとは思いもしなかったメガネは、興奮で眼鏡を曇らせて喜んだ。


 祝う側も自分たちの企画と実行力に満足し、達成感と友情に酔いしれると同時に、自分のために開いてもらえるパーティーに期待をよせ、その期待通りこれ以降、毎月きっちり誰かの誕生日会が行われた。


 回を重ねるごとにお約束感が増すのはいたし方なく、新鮮味と充実感こそ第1回目が最高潮だったが、会の内容、特に食べ物は次第にグレードアップしていった。メガネの家で淳ちゃんの誕生日を祝ったときには、薄切りの食パン、キュウリやトマトにハム、チーズなどで子供たちが各自サンドイッチを作れるよう、メガネの母親(は眼鏡をかけていないのだな、と皆が思った)が準備しておいてくれたり、淳ちゃんの家で美奈ちゃんのお祝いをしたときには、大きな缶に入ったクッキーの詰め合わせ(中元の品がまだ残っていた)が提供されたりした。12月に入り、この月は誕生日をむかえるメンバーはいなかったので、かわりにクリスマス会を開くことが決まっていた。


 朱実がもうすぐ結婚することを眞子が知ったのは、この頃だった。


 お母さんがいなくなったばかりなのにお姉ちゃんもいなくなる…さびしい、としかし、眞子は誰にも言えないでいた。

 


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