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ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
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京都⇔大阪 1996年 ③

 舞鶴に住む姪の家を訪れていた涼子が脳梗塞で倒れた。


 容態は今のところ安定しているが入院することになったからと、涼子の姪を名乗る女性から電話を受けた眞子は、病院の名前や場所をメモに取り、連絡をくれたことに礼を言って電話を切った。


 会ったことはないが、祥子、という名前には、涼子の甥姪話の中で耳にした覚えがあった。

 いつだったかはっきりとは思い出せないが、旦那さんが若いフィリピン人女性と浮気をしているのを知ってショックで家を出てきたとかで、当時まだ小学生だった息子と共に涼子の家にしばらく身を寄せていた姪ではなかったか?


 翌日が日曜だったこともあり、眞子は明日にでも舞鶴まで見舞いにいこうと決めたとたん、子供のころ目にした、蝋人形にされたような母親の亡骸が脳裏によみがえる。


 入院したきり、生きて家に戻ることのなかった母親。

 その、魂の抜けて冷たくなった体が、和室に敷いたふとんに寝かされているのを、何日かぶりに帰ってこれた我が家で目にしたときの衝撃…


 涼子の容態は安定していると聞いたのに、そして明日見舞いにいくと決めたのに、まるでもう涼子が半分この世からいなくなってしまったかのように感じてしまう。


 時計を見れば急いで身支度をしなくてはならない時間で、鏡に映る青白い顔にうすくファンデーションを伸ばし、エディ―の生徒(眞子は教えたことがないのだが)にお土産でもらったシャネルの口紅を塗るが、華やかすぎる気がしてティッシュで押さえた。

 


 その夜は、秋からカナダに留学する雄太の送別会があった。


 出席者は雄太を教えてきた眞子とエディー、事務的な一切合切を担当してきた田口マネージャー、そして雄太の現在のクラスメイトである健一と玲子の6人だ。


 授業を終えた生徒が全員帰ったのを見届けた後、田口さんがすばやく戸じまりをすませて、スタッフ3人で駅の反対側にある鉄板焼きの店に移動している途中、駅前でキョロキョロしながら歩いている雄太と会った。


 店に着くと健一はすでに到着していて、案内された席に落ちつくや否や、玲子もやってきた。

 

 まずはビールで乾杯してから、

「カナダって寒いんちゃうの」

「バンクーバーはそれほどでもないらしいですよ」

「出発は?」

「来週の水曜日です」

「いつまで?」

「来年の5月までです」

「ホームステイ?」

「寮です」

 のように雄太の留学関連の話が繰り広げられたが、眞子の頭を占めているのは雄太のカナダ行きより翌日の舞鶴行きなのだった。


 涼子の容態が気がかりなだけでなく、少なくとも2時間半はかかりそうな道中に、出不精で方向音痴な故、とんでもなく行き先のちがう電車などに乗ってしまうのではないかとの不安をぬぐえない。


 イカ焼きやお好み焼きが鉄板に運ばれ、はふはふと皆が口から湯気を出しながら好き勝手に談笑し始めたのを潮に眞子は、隣に座っている健一に、舞鶴へ行ったことがあるかと尋ねてみる。


「舞鶴はないですねー」

 乾杯のビールで早くも顔を赤くしている健一が、あっさりと言う。


「先生、舞鶴でなんかあるんですか?」

 向かい側に座っている雄太がすかさず尋ねる。

 雄太が眞子への興味と好意をあからさまに示すことに、眞子も周囲もすっかり慣れている。


 眞子は、知人が舞鶴の病院に入院したので明日見舞いに行く予定なのだと、かいつまんで事情を説明する。


「大変ですね」

「舞鶴まで電車で行くのは遠いですよー」

「小さいときに家族で行ったことがあったかも」

 などの発言が飛び交う中、


「マイヅル?マイヅルのハナシをしているのか!」

 と、言葉のハンデがあるため遅れて話に追いついたエディーが、

「ワタシは、ナツヤスミにジテンシャでいきました」

 と言うので、一同驚愕。


「自転車で舞鶴まではすごいですねー」

 と健一が素直に感心している。


 同時に田口さんが、

「もっとビール頼みましょうか!」と言い、それと同等の気軽さで、

「眞子先生、車出してもらえばいいじゃないですか! 健一さん最近車買ったって言ってましたよね」

 と大胆な提案をする。


 この押しの強い田口マネージャーの勢いに圧倒されたように健一は、

「え、あ、いいですけど…」

 と、先ほどより更に赤くなった顔で言う。


「じゃあぼくも一緒に行きたいな。舞鶴って行ったことないし」

 すかさず雄太が話に食いつくが、

「あんた何言ってんの。カナダの準備があるでしょ」

 と、田口さんがぴしゃりと断ずる。

 


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