京都 1981年 ②
同じクラスになるずっと前から、美奈ちゃんは学年一かわいい眞子に目をつけていた。
十人並み以上には容姿にめぐまれている自信のある美奈ちゃんは、眞子と行動を共にすることによって、完全に引き立て役になるのではなく、自分も「かわいい女子たち」にみなされるとの目算があった。
参観日で学校を訪れる母親も、眞子と仲むつまじく微笑みあう娘の姿を見れば喜ぶにちがいない。
大人っぽい顔立ちの美奈ちゃんは堂々とした体つきをしており、小学生にして色気をむんむんただよわせていたが、頭も要領も良く、「男子には甘いが女子には冷たい」と生徒の間で顰蹙をかっている、このクラスの女担任教師にさえも気に入られていた。
しかしその裏で、身近な人の特徴をとらえる意地の悪い観察眼を常に光らせており、反感をかわない程度に芸能人や教師や友達の外見や癖を指摘したりモノマネをしたりして周囲の人を笑わせる、という才能も持ち合わせていた。
美奈ちゃんは、母親のお気に入りは自分ではなく、中学校の野球部でキャプテンをつとめる兄のほうだと知っていた。
近所の人や親せきの前で、
「毎日泥だらけでそりゃもう洗濯が大っ変」とか
「下級生の女の子からまーた電話がかかってきて」
などと、愚痴に見せかけた自慢話をする母親を見るたびに、ひそかに傷ついていた。
それでも美奈ちゃんは、母親の好きな歌謡曲をエレクトーンで派手に演奏したり、母親の嫌いな芸能人のモノマネをして笑わせたり、母親が父親に対してもっている不満を無邪気に代弁したりできるのは私だけだと自分に言い聞かせ、心の均等を保った。
もう一人、四年生になってすぐに眞子と仲良くなったりっくんは、美奈ちゃんと同じエレクトーン教室に通っていた。
りっくんは美奈ちゃんと同じく幼稚園の年少でエレクトーンを始め、同じ教本を使って練習していたが、器用な美奈ちゃんより少し遅いペースで進んでいた。
しかし純粋に音楽がすきですきで仕方のないりっくんは、誰よりも熱心に練習した成果を発表会で披露して、美奈ちゃんより注目を集めたりするのだった。
りっくんがエレクトーン以上に得意なのはスポーツだった。
俊足なうえ球技も得意で、体育の時間だけでなく、休み時間のゴム飛びやドッジボールでもエースだった。
そして、その俊敏さも日焼けした肌もきりっとした目元も小柄でしまった体つきも、小鹿のバンビを思わせた。
りっくんのあだ名はもともと「りっちゃん」だったのだが、四年生になって同じクラスにもう一人「りっちゃん」と呼ばれている子がいるのを知ったとたん、混乱を避けるために
「わたしのことは、りっくんって呼んで」
と宣言して、「りっちゃん」の名をいさぎよく他の子にゆずったのだった。
しかし、そのさっぱりとした性格やスポーティーな一面とは裏腹に、実は女の子らしく弟想いなりっくんは、働きに出ている美人の母親から姉弟に与えられた食器洗いや米磨ぎの仕事をこっそり弟の分も自分がこなし、日焼けした細い手指にあかぎれを作りつつ母性本能を満たしていた。
更にりっくんは大の動物好きで、捨て猫などを見ると放っておけず、こっそり家につれ帰ったり、捨てられている場所まで牛乳を運んだりするのだが、母親に見つかっては叱られて涙を流すのだった(りっくんはちょっとしたことで、いとも簡単に涙を流せた)。
弟が喘息もちで犬猫を飼えないというりっくんは、
「りっくんは大人になったら結婚なんかせんと動物と暮らすねん!」
が口癖だったが、
「老後のめんどう誰がみんねん」
などと陰でつっこみを入れるのが美奈ちゃんだった。
そんな、妙に大人びた美奈ちゃんと眞子の馬が合うのは、眞子に一回りも歳の離れた姉がいるからかもしれなかった。