京都 1995年 ①
酸素が十分に吸えないような息苦しさに耐えかねて、眞子は目を開ける。
目覚めても、ただの夢とは思えない臨場感をぬぐえない…
クラッセン時代の夢を見るのはめずらしくないが、今回の夢はいつもの展開―――ステージに上がるが体が動かなかったり、クラスにさっぱりついていけなかったり、足を痛めて踊れなくなったり―――とは、まるでちがっていた。
今朝の夢に出てきたのは、3年生の秋に参加したチャリティーイベントだと、ぼんやりとした頭で記憶をたどれば、頭の中で《Just the two of us》のメロディーが流れだす。
あの日、眞子とノエルはこの歌のふたりになって踊った。
眞子は白いシンプルなワンピースを着て。
ノエルはシャツにネクタイをゆるく結んで。
自分たちの踊りも、イベント自体も大成功だった。
それなのになぜ、夢から覚めた自分の肺ものども呼吸器も、激しく泣いたあとのような感覚が残っているのだろう。
ふいにベッドが、部屋が、激しく揺れ出す。
地震だ。
自分の動揺と、爽快なほどにシンクロしている。
かつて経験したこともないほどの強い地震だというのに、眞子は恐怖を感じない。
静かに目を閉じてこのまま、この暴力的な揺れに身も運命もゆだねてしまいたい。
地震の発生時刻は午前5時46分で、それはふだん眞子が決して起きることのない早朝だったこともあり、眞子はそのまま再び眠りに落ちたが、夢の世界に戻ることはできなかった。
次に眠りから覚めたのは通常通り9時過ぎで、階下へ降りるとテレビに映し出されていたのは、現実のものとは信じがたい光景だった。
崩れ落ちたビルやつぶれた家屋、折れ曲がって崩壊した高速道路を、唖然と眺めていた涼子が、
「あ、眞子ちゃんおはよう。えらいこっちゃで」
と言いながら、みそ汁をよそってくれる。
鰆の西京焼きやおからの炒り煮を並べた朝ごはんは、まるで夕飯のような品揃えだ。
2人そろって食べるのは朝だけなので、いつしか涼子は夕食を適当にすませるかわりに、一汁三菜的な献立を、眞子の出勤前に用意してくれるようになっていた。
午後から夜9時まで大阪の英会話学校で働く眞子は、阪急電車と市バスを乗り継いで帰宅する頃には毎晩10時を過ぎるので、昼と夜をかねた食事を授業の始まる前に他のスタッフと教室でとり、帰宅してからは軽く何か口にして風呂に入り、寝るのはいつも日付が変わってからという夜型の生活を送っている。
休みは木曜と日曜で、アメリカ人講師のように土日か日月の2日連続で休みがほしいと不満を抱く日本人講師もいたが、人ごみが苦手な眞子は、人もまばらな哲学の道を歩いたり、混雑を避けて買いものができる平日の休みを気にいっている。
「道路がこんな割れるなんて、ちょっと、どうえ…あ、電話や」
地震の被害を伝えるワイドショーの映像に目が釘付けになりながらも、パリポリと小気味良い音を立ててしば漬けを噛んでいた涼子は、鳴り出した電話にあわてて出たが、
「なんや外人さんやがな」
と、口をもごもごさせたまま眞子に受話器を渡した。
「外人さん」は、同じ英会話学校で教える、アメリカ人講師のエディーだった。
"Are you OK!?"
息せき切った声で尋ねるエディーが安否を心配してくれているのだと、眞子は一拍おいてから理解する。
まったく問題ないことを伝えると、ほっと息をつくのが受話器を通して伝わってきて、眞子はあたたかい気持ちになる。
家から何度かけても繋がらず、公衆電話からかけてくれていると言うエディーに、そっちは大丈夫?電話ありがとう、またあとで、と言って受話器を置き、再び箸を動かし始めると、すぐにまた電話が鳴った。
なんや今度は誰や、とぼやきながら、電話の隣に座っている涼子が受話器をひっつかむが、
「また外人さんやで」
とすぐに眞子に受話器を差し出す。
シカゴ出身のエディーは地震に慣れていないのだろうが、自分たちもこれほどの震災には慣れていないのだけど、と思いながら、ハローと呼びかけると、
「まこ?」
と名前を呼ぶ声は、エディーのものではなかった。
心臓の鼓動が速くなる。
「ニュースで知って…何度かけてもつながらなかったから心配で…」
ふたりの間に沈黙が流れる。
涼子に背を向け、眞子は回線の遥か遠くへ意識を集中させる。
夢の中では何度も聞いているノエルの声を、実際に耳にするのはいつぶりだろう。
受話器を強く握りしめたまま、言葉を見つけられない。
「無事でよかった」と言う、愛しくてなつかしい声が耳元で、こんなに近くで、遠くから聞こえる。
何を言ったらいいのかわからないまま、何を言ったのかも自分でよくわからないまま、受話器のチンという音で眞子は現実に戻る。
上の空で味噌汁を飲み干し、食器を流し台に運び、ふるえるようなため息を大きく吐いてから、出勤のための身支度を始める。




