京都 1981年 ①
「水鳥さんがいるとグループが乱れるので、もういっしょには遊べません」
小学校四年生、二学期の終わりのことだった。
学校でまで一人ぼっちなんて…
眞子は呆然とする。
仲間はずれにされる心当たりはなくもなかった。
12月になって急に寒い日が増えてから、ストーブが消されてしまう昼休みには仲良しグループの女子たちと、教室のうしろで尻相撲をして遊ぶのがお決まりになっていた。
前日の昼休みも、北風のふく校庭へと男子がとび出していった後の教室で、キャッキャと笑い声をあげながら腕を胸の前に組み、お尻で押しあいへしあいをくり返しているうちに、眞子は小さな体のどこからともなくドロドロとマグマがふきだしてくるのを感じた。
一人、二人、と次々に倒していき、むかえたメガネとの取組で、他の子たちのようにあっさりと負けてくれなかったこともあり、眞子はいつの間にかぶつかり稽古に励む力士さながらの激しさで体当たりをくり返していた。
バランスをくずしたメガネが机にぶつかり、ガタン!と派手な音を立てた。
すでに対戦を終えて、眞子とメガネの取組を観戦していたグループの女子が静まりかえる。
「遊びやのに、そんな本気にならんでもいいやんっ」
メガネの甲高い声が力強く教室に響いた。
昼休みの終わりをつげるチャイムが鳴り、グループの女子たちはそろそろと席につく。
メガネと眞子も目を合わせないまま、その場から離れた。
校庭で遊んでいた男子が、いつものように階段をかけ上がってきた勢いのまま教室になだれこみ、
「ひーっ間に合った」
「お前ボールかたづけろよ」
などと言い合いながらガタンゴトンと席につく。
しかし眞子は男子など目にも耳にも入らないまま、波立つ気持ちで隣の席の美奈ちゃんをちらりと見る。
眞子の視線に気づいた美奈ちゃんは、両手の親指と人差し指でメガネの形を作って眞子に見せてから、口元を両側から手のひらでかくして
「ヒ」
「ス」
「テ」
「リー」
とささやいて、くすっと笑った。
美奈ちゃんは普段から、
「メガネはまじめやから」
などと、笑いを含んだ声で揶揄することがある。
少し気持ちが楽になった眞子は、5時間目の国語の授業が終わる頃にはメガネのことではなく、今日もお父さんは酔っぱらって狼の遠吠えのような泣き声をあげるのだろうか、ということを心配していた。
翌朝から無視が始まった。
まず登校すると、
「運命の瞬間」
と、おどけて言うメガネの号令で仲良しグループのメンバー7人全員が整列し、何事かと呆気に取られている眞子に手紙を渡した。そこには、
「水鳥さんがいるとグループが乱れるので、もういっしょには遊べません」
と、整った字で書かれていた。
淳ちゃんの字だ。
聖子ちゃんが歌番組で歌う曲だけでなくアルバムに入っている曲の話もできるのは淳ちゃんとだけだったので、すきな曲名や歌詞を書いた手紙がこれまで眞子と淳ちゃんの間を何往復もしてきた。
見慣れた文字で綴られた残酷な申し立てに、眞子の体は硬直する。
何が起こったのか、すぐには信じられなかった。
しかしメッセージはクリアで、グループの女子全員が終始一貫して眞子と口をきくのをやめ、視線も合わせなくなった。
美奈ちゃんも眞子が見えないかのようにふるまった。
いつも一緒に遊んでいるグループの中でも、りっくんと、そしてりっくん以上に美奈ちゃんとは特に仲がよかったのに。
今のグループは、四年生でクラス替えをしてから最初に友達になった眞子と美奈ちゃんとりっくんの3人に、別の4人組が合体してできた7人のグループだった。
通常2年ごとのクラス替えが四年生になった年にも行われたのは、1キロほど離れた場所に分校ができたからだった。
ベビーブームに加えてここ数年で乱立したマンションの影響もあり、児童数が一気に増えて飽和状態になっていたこの小学校では、通常の一割増しの机を各クラスに押し込めても教室が足りず、プレハブを建ててしのいでいたので、やっと分校ができて学習環境が改善されると母親は喜んだが、せっかく仲良くなった友達と離れることになった眞子は心細くてしかたがなかった。
「大丈夫よ、中学生になったらまた会えるじゃない」
気楽にそう言っていた母親も、その後すぐにいなくなった。
人って簡単にいなくなるのだ…
真っ白になりそうな頭の中で、眞子は美奈ちゃんやりっくんと最初に仲良くなった日のことを思い出していた。