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ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
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京都 1987年12月~1988年

 公平が去った数日後には、眞子も退院することができた。


 栄養と睡眠を十分に取り、鉄剤を服用し、バレエは様子を見ながら、の医者の言葉一つひとつに殊勝しゅしょうな顔でうなずき、一人で荷物を持って病室を出た。


「美紀ちゃん、眞子お姉ちゃん行っちゃうよ」


 看護婦に促されて美紀は、こわばった笑顔で手をふったが、すぐに漫画雑誌に目を戻す。


 また遊びに来るから、

 と喉元のどもとまで出かけた言葉を、眞子はのみこむ。


 退院したら、自分はまた踊り漬けの生活に戻るのだろう。

 休んだ分の遅れはどれぐらいで取り戻せるのだろう。

 そう考えると美紀への安易な約束の言葉は行き場を失い、かわりにこぼれたのは溜息ためいきだった。

 


 入院中、公平と親しくなるにつれて、眞子の意識からクラッセンのサマープログラムへの意欲がうすらいでいった。


 学校の喧騒けんそうの中で友達と笑っていても眞子はいつもどこかさびしかったが、自分だけを見て自分の言うことにいちいち耳をかたむけてくれる公平といると、そのさびしさがまぎれた。


 入院が決まってからずっと、サマープログラムの申し込みに間に合わないと焦っていた気持ちが、公平と過ごすうちに、どうせもう間に合わないのだからというあきらめと安堵あんどの気持ちにかわっていった。


 それでも病院の閉ざされた空間から一歩出たとたんに、公平と過ごしていた時間が前世での出来事のように感じられる。


 入院している間、公平は他にすることもなければ話す相手もいないものだから、自分と時間をつぶしていただけなのだろうと思えてくる。


 今頃は、仲のいい家族とあたたかいご飯を食べているにちがいない。

 


 バレエの再開は少しずつ、と医者から忠告を受けた眞子は退院してしばらくの間、週の半分はスタジオへ寄ることなく学校からまっすぐ帰宅した。


 普段は家にいることのない夕方にテレビをつけると、ブラウン管の中では女子高生がおそろいの服でにぎにぎしくひしめいている。


 踊りも歌も人前で披露ひろうするシロモノとは思えないが、なんと楽しそうなのだろう。


 期末試験も近く、勉強の遅れをとりもどさなくてはならないのに、眞子はチョコレートなどを食べながら、だらだらとテレビの前に座ったまま何もする気になれない。


 一つ手放すと、あれもこれもどうでもよくなる。

  



 しかし年が明けてからは、鉄剤をのみながらも入院する前のペースで稽古けいこができるようになっていった。


 踊っている間は、他の誰かになりたいと思わなくてすむ。

 あるいは、別の誰かになれる。


 踊りに没頭ぼっとうするようになると、比例して勉強にも再び身が入るようになった。


 眞子は入院前と同じく学校の勉強はなるべく授業中や休み時間に片づけ、家では、聡に送ってもらったGrammar In UseとTOEFLの教材を使って英語学習に力を入れた。


 中学生で始めたときは一番簡単な番組を聴いていたラジオ英語も中級者向けのものを理解できるようになり、ラジオを聴きながら居眠りすることも減っていた。

                        


 二年生になり公平や和歌とはクラスが離れたが、福美とはまた同じクラスだった。


 福美につられて眞子も笑いの発作に見舞われた場合、誰が教科書の続きを読んでくれるのだろう。



 夏には猪熊の教室の発表会があり、眞子は中野くんと《青い鳥》のパ・ド・ドゥを踊った。

 男の子とここまで本格的に組んで踊るのは初めてだった。


 猪熊のスタジオで体験レッスンをうけたときに、眞子がその超絶技巧に目をうばわれたこの中野くんは眞子と同学年で、人格はいたって未熟な「わんぱく坊主」そのものだが、パートナーと躍った経験は眞子よりは豊富だったため、えらそうな態度でだが不慣れな眞子をしっかりとリードしてくれた。


 パ・ド・ドゥは予想以上に眞子の体力を消耗しょうもうし、夏の暑い時期と重なったこともあって、眞子の体重は2キロ減ったが、栄養や睡眠が不足しないよう気をつけ、鉄剤も飲み続けていたため倒れることもなく、体調管理ができていることに眞子は自信をもち、来年の夏こそはと、クラッセン留学に想いをせた。


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