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ずっとおぼえてる   作者: ことり あきこ
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まじめサッカー少年 水嶋 公平 ②

 病室に戻ると、母親もちょうどやってきたところだった。

「どこいってたん?トイレ?」

 

 うん、まあ、

 と、ごまかすが、


「ちょっとあんた…どしたん?何ニヤニヤしてんの?」

 と言われ、公平は表情をひきしめる。


 自分から眞子が入院しているはずの病棟に出向いたとはいえ、苦労して病室を探すまでもなく運命的に(と公平は感じている)、眞子と会えた先ほどの奇跡(と公平は思わずにいられない)を、公平は頭の中で何度もリフレインしている。



 高校に入学して最初に座った名簿順の席で、公平は眞子のななめ後ろに座っていた。


 背中にかかる眞子の黒髪が、窓からの光を受けてつやつやと光るのを、黒板を見るふりをしながら公平はいつも見ていた。


 しかし、熱心に授業を受ける眞子は、休み時間にさえ宿題を片づけるのに忙しそうで、振り向いてお喋りすることなど皆無だったし、公平も女の子に、特にかわいい子には話しかけるのが苦手で、近くの席に座っているのにほとんど口をきいたことがなかった。


 同じリレーに出ることになったときには喜んだが、練習でも本番でも手が触れ合う瞬間をひそかに期待しながら(だが、そのようなことは起きなかった)バトンを受け取りがむしゃらに走っただけで、会話などなかった。



 それが今、なんと自然なかんじで(自分は少々不自然だったかもしれないが)会話が成り立ったのだろう。


 エレベーターに乗り込む公平に眞子は、

「じゃあまた」

 と言ってくれた。


「また」

 と言ったのだから、「また」会うという意味だ、とまじめに考えている。



「なんか顔赤いけど熱でもあるんちゃう?」

 母親にひたいさわられて公平は我にかえり、再び表情をひきしめる。

 


「同じクラスの女の子?あ、はぁ、いやぁ…」


 病院の談話室で、学校から届いた数学のプリントを一緒に解いている二人を見た公平の母親は、遠慮なく眞子に好奇の目を向けながら、

「これ、たくさん作ってきたからよかったら少し食べない?」

 と、稲荷寿司いなりずしをすすめてみる。


 そして、行儀よく一つ食べて

「おいしいです」

 と言う息子のクラスメイトに目を細める。



「かわいいなぁ、眞子ちゃん」

 と、即座に下の名前で呼び始め、以来、差し入れを持ってくるたびに、

「眞子ちゃんにも持ってってあげなさい」

 と、せっつくようになった。


 眞子ちゃん眞子ちゃん、

 と、自分も呼んだことがない下の名前を連呼する母親に、

「なれなれしいなぁ」

 と言いながらも公平は、好意を抱いている女の子に自分の母親が親切なのは、悪い気がしないのだった。



 無事手術を終えた公平は退院する選択肢もあったのだが、

「リハビリのために通うのが大変であればこのまま1週間ほど入院しても」

 と言う医者の言葉に

「そうします」

 と即答した。



 検査やリハビリがあるとはいえ、入院生活は、サッカーで忙しい普段の生活とは比べものにならないほど自由な時間がたっぷりある。

 暇だ。

 しかしその暇のおかげで、眞子も談話室にくるのだろう。

 暇にバンザイだ。


 学校の課題も2人で協力すればなんと楽しく、なんとはかどるのだろう。

 勉強を片づければ、あとは母親からの差し入れをいっしょに食べたり、お喋りしたりと夢のような時間だ。


 女の子との、特にかわいい子とのお喋りは苦手な公平だが、そろって入院中という特別な状況が親近感を生み、さらに眞子が、

「お姉さんと喧嘩けんかする?」

「お父さんて厳しい?」

「お母さん、家でも優しい?」

「お祖父ちゃんお祖母ちゃんも一緒に住んでるの?」

 と、公平の家族のことをあれこれ聞いてくるので、話題に困らない。


 公平は、眞子が小さなころからバレエを習っていること、毎日練習がある(ぼくも毎日サッカー!と公平はささやかな共通項を喜んだ)ので部活には入ったことがないこと(公平は部活一筋だが)、サッカーと同じく踊りも常にケガのリスクと隣り合わせなこと、長距離走より短距離走のほうが得意なことなどを知ることができた。


 眞子の頬に、ふとした拍子ひょうしにえくぼが浮かぶことにも初めて気づいた。


 まれにしか見ることのできないそのえくぼを、公平は心の中で

「かくれえくぼ」

 そしてそのうち

「かくれくぼ」

 と勝手に名づけて、ひそかにでた。



 雑談室ですごすだけでなく、公平は母親の差し入れを持って眞子の病室を訪れることもあり、看護婦がてきぱきとゴムチューブで縛り上げた眞子の細い腕に、医者が冗談のように太い注射の針を突き刺す場面に遭遇することがあった。


 眞子の白い皮膚に注入される黒い液体から目が離せない公平に、

「太くてびっくりした?血管注射だから見た目のわりには痛くないんだけど」

 と、看護婦が無表情のまま言った。

 


 先に退院したのは公平だった。


 別れのあいさつに来た公平に手をふった後、眞子は廊下の窓から、わさわさと迎えにきた大家族と病院を去っていく公平を見下ろしていた。


 こちらを見上げないかと期待したが、公平は一度もふり返らなかった。

 


 病院を後にする公平の気持ちは複雑に乱れていた。


 けがの回復は喜ばしいが、眞子と離れるのは悲しかった。


 家族勢ぞろいで迎えに来てくれたのは嬉しかったが、まったく自分の家族の話をしない眞子に見られるのはなんとなく決まりが悪かった。

 

 眞子への名残惜しさと久しぶりに外気にあたった開放感で高揚した公平の頭はフル回転で、いつも家族に囲まれている自分と、家族の気配をほとんど感じられない眞子との不公平に思いをめぐらせた。


 公平のモットーは「公平」だった。


 自分の持っているものを他の人と分かち合えたら、と常々考えているところがある。


 サッカーボールを交代で蹴るように、漫画本を回し読みするみたいに、同じベッドで寝… 母親の手料理を一緒に食べて、風呂… 夜遅くなったら父親の車で送っていって、おやすみのキ… 


 公平はまじめに考えるのだが、考えがうまくまとまらない。


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