京都 1987年 ②
消毒薬のにおいと白いカーテン。
また保健室のベッドで寝ていたのだと眞子は気がつく。
高校に入学して以来、もう5回目だ。
小学校に入学したばかりのころも、頻繁に風邪をひいたり熱を出したり、頭やおなかが痛くなったりしては保健室送りになり、お母さんが自転車で迎えにきてくれたことを思い出す。
小児科の橋本先生は元気だろうか。
たまに前を通りかかるけれど、眞子が小さなころからおじいさんだったのだから、今はもうどれほどのおじいさんだろう…
「あ、気がついた?」
カーテンの隙間から保健室の吉田先生が、丸い顔だけを覗かせる。
「どう、気分?」
「大丈夫です」
決まりが悪くて、眞子は目も合わせずにもごもごと答える。
「ほんまに?まだ顔色悪いみたいやけど」
もともと色白な眞子だが、最近は気分が悪くないときでも
「顔白くない?大丈夫?」
と心配されることがある。
「お弁当は?食べられそう?クラスの人に持ってきてもらって、ここで食べる?」
登校途中や朝礼中に貧血を起こしたり気分が悪くなったりするようになったのは、梅雨入りしてからだろうか。
夏休みをはさんでしばらくは大丈夫だったのだが、運動会の練習が始まったころからまた体調を崩しやすくなっていた。
この日は4時間目の体育の後、男女混合リレーの選手に選ばれた生徒だけが校庭に残ってバトンの受け渡しを練習している最中に視界が暗くなっていき、雨でも降りだすのかと思っているうちにその場にぺたんと座りこんでしまったのだった。
座りこんだ眞子の周りに人が集まり、それまで浮かれていた水嶋公平は、冷水を浴びせられたように手足が冷たくなっていくのを感じた。
公平は、密かに思いをよせていた眞子からバトンを受け取ることが決まって以来、内心ハチャメチャにはりきっていたため、この日も眞子の体調不良になどまったく気づかなかったことに、勝手に責任を感じて落ち込んだ。
水嶋公平はまじめだった。




