オーロラの架け橋
初投稿です。
二年ほど前に勢いで書いた小説です。
少し切なくそしてさっくり読めるように書きました。
よかったらお読みください
あれはいつだっただろうか。具体的な日時が思い出せないぐらい昔だ。
俺は一人の少女に恋をした。
いや、したはずだった。
「あれ?」
いつの間にか自分が良く知っている場所が知らない場所に…自分が知っているはずの道が知らない道になっていた。
「ママ…パパ…?」
さきほどまで一緒に居た両親を子供ながら必死に探した。
さっさとその辺りに居る大人にでも声を掛ければ良かったのだが、幼い俺にとっては見知らぬ大人達がお化けや妖怪に見え、声を掛けるどころか、なるべく目立たないようにしていた。
ただ黙々と歩き、自分が知っている場所を探した。
すると、一つの公園を見つけた。
「あっ!」
その公園は良く知っている場所であった。
小学校が終わったらすぐに友達と集まり、砂遊びをし、遊具で良く遊んでいた場所だ。
幼き俺は砂漠でオアシスを見つけた遭難者かのようにこの公園に足を踏み入れ安堵した。
もう太陽が沈みかけ、薄暗い公園。
誰もいない…。
当然だ。時刻は十九時だ。元気よく遊んでいただろう子供たちはもう今ごろ家に帰ってはお風呂にでも入っている時間帯だ。
一人寂しく公園を歩いていると、幼い俺はブランコで、ただ一人、俯いて座っている女の子がいることに気づいた。
女の子は肩までの長さの黒髪で自分と同い年ぐらいだった。
「あの……」
思わず声を掛けた。
この知っているはずの【知らない場所】に迷い込んでから初めて声を掛けた。
「……」
声を掛けられた少女は顔を上げては無言で幼き俺を見てきた。
そしてにっこりと笑みブランコから立ち上がっては
『遊ぼう!』
と返事をした。
その時の少女の満面な笑みは今ですらはっきり覚えていると同時に、俺の人生初めて恋に落ちた瞬間でもあった。
少女は自分の返事を待たずにして幼き俺の手を取り、滑り台へと走った。
うす暗かった公園が暗くなり、公園の照明が点いた。
少女に若干振り回されて遊んでいたが、漸く少女も疲れたのかベンチへと座った。
公園の時計を見る。
もう二十一時は優に超えている。
「はぁ!遊んだ!遊んだぁ!」
少女は満足気に呟くと再び幼き俺を見てきた。
「ねぇ、君は満足した?」
「う、うん。楽しかった」
俺も流石に子供だとしてもこんな遅くまで外で遊んでいたことは無く、疲れていたが、何よりも恋に落ちた少女と遊べることがとても嬉しく、
そして楽しかった。
「あ!見て見て!流れ星!」
「え?何処?」
「あー、消えちゃったー」
幼き俺が見えなかったことがよほど残念だったのか不満げな顔をしてはベンチから立ち上がり
「まぁ、いいや。今度は一緒に見よう!約束ね!」
少女は小指を差し出してきた。
子供が良くする指切りってやつだ。
当然断る理由も無かった幼き俺も小指を差出し
『指切った!』
とおまじないに近いお決まりの台詞を二人で言った。
「あ、そういえば名前言ってなかったね。私、斉藤由梨絵って言うの…君は?」
少女は名前を名乗った。それを聴いた幼き俺は少し驚きながら
「僕は…僕の名前は…斉藤勇太…」
自分の名前を答えた。
ピピピピ…
懐かしい日々の夢を見ていた中、今の俺では鬱陶しいとしか思えない音が、俺の意識を現実へと覚まさせた。
「朝か……」
暖かい布団の中、もう少し寝ていたいと思う誘惑を振り切り、布団から出た。
ただいつも通りの朝。いつも通りに学校に行く準備をしては自分の部屋からリビングに向かう。いつも通りの日常。
リビングに向かう廊下では空腹には堪らない朝食の匂いが漂っている。
『今朝は北海道のオーロラ特集っ!』
リビングに入ると母が決まってこの時間帯に見ている番組がテレビから流れており、そんな母は味噌汁を啜りながらその番組を見ている。
いつも通りの日常。
しかし……
「なんだ……?」
何処か違和感をリビングに入った途端に覚えた。
何がどうおかしいのかと聞かれればそれはそれで答えられなくて困るが、この気持ち悪い感覚を例えると既視感に近いかもしれない。
そうか。まだ俺は寝ぼけているのかもしれない。
そんな違和感は、挨拶もせずに突っ立っていた自分を不思議に思った母の
「おはよう。勇太」
と言ういつも通りの挨拶によって消えた。
「おはよう。母さん」
あの違和感はなんだったんだろうと、椅子に座りつつ、朝食を食べている途中まで考えていたが……
「やべ!もうこんな時間かっ!」
若干不真面目な高校生男児が朝優雅な時間を過ごせるほど早起きなどもっぱらしているはずもなく時計を見て、席から立ち上がり、
「気を付けてね」
「いってきます!」
母と決まりきった台詞を言いあい、俺はカバンを持ち、家から飛び出した。
家を飛び出した時には、違和感などどうでも良くなっていた。
放課後、生徒にとって退屈な授業から解放され、晴れ晴れとした気持ちになる瞬間だ。
俺が所属している科学研究部の部室に向かう為、廊下を歩いていると、
「よう!勇太!」
後ろから声が聞こえてきた。
この声は、今はクラスが違うが小学生の頃からの腐れ縁である、長谷川幸輝だ。
彼は中学のころ、俺はメジャーリーガーになると宣言し、野球部に入部してからといい、髪型はずっと坊主姿だ。
見た目は今でも野球男児そのものなんだが、高校生になると、
『これからはやっぱり科学だよな』
とか何に影響されたのか、俺と同じ部活に入部した。
当然、科学の科文字も良くわかってないので入部した一年はそれなりに勉強してきた俺がこいつの勉強の面倒を見てきた。
その甲斐もあってか、高校二年になった今ではこいつも中々の科学に対して理解ができるようになってきて少し安心はしている。
「あぁ、幸輝か」
「部活行くんだろ?一緒に行こうぜ」
いつも通りに活気溢れる笑みを俺に向けては俺の横を歩く。
「そういえば、幸輝、先輩から出された課題はやったか?」
「あぁ、オーロラの件だっけ?少し調べてきたけど、昨日は数学の課題と重なってあまり調べてないんだよな。そんな勇太は?」
「俺も同じだよ。まぁ、今日締切ってわけじゃないからいいけど」
「あー、そういえば、ここ長野でも昨日、オーロラを観測したらしいぜ」
「へー、ここもか……そういえば……朝のニュースで言っていたような……」
ここ最近、世間はオーロラの話題で持ちきりである。
この一、二か月、世界各所でオーロラが頻繁に計測され、ここ日本においてもオーロラが観測されるほどだ。
各種メディアによれば、この様な広範囲にオーロラを観測できたのは十年ぶりらしく、更に言えばここまで長期的に広範囲で見られるのは観測史上初だそうだ。
当然、授業の休み時間に置いても周りがオーロラの話題でもちきりだったり、授業の教師すら授業を脱線して話すほど、日本中はオーロラの話題でお祭り騒ぎになっていた。
幸輝と他愛無い話をしていたら部室へと辿り着いた。
部室に入るとこの部活を引っ張っている先輩二人が既に居て、机に座って作業をしていた。
「あぁ、二人とも来たね」
最初に声を掛けてきたのが諏訪義弘先輩。この部活の副部長だ。
短髪でメガネ姿が似合う男で、校内のイケメンランキングで一度トップを獲たことがあるって話だ。
しかし、見た目は上質でも中身がオタク気質な為か、女性が近寄ってきたとしてもすぐに離れて行くらしい。
「あ、斉藤くん!長谷川くん!こんにちわ」
諏訪先輩の対面に座っているのが成伯瑞貴先輩。この部活の部長でもある。
綺麗な長髪で顔が整っており、世間一般で言えば間違いなく美人に分類される女性だ。
そんな成伯先輩は諏訪先輩とは幼馴染な故か良く一緒に居ることが多い。
イケメンに美女…傍から見たらお似合いの二人だが、本人達曰く、付き合ってはいないらしい。
「どうもっす。先輩」
俺たちはいつも決まって座る椅子に座る。
すると成伯先輩が立ち上がり、ホワイトボードに
『オーロラ観察!』
とデカデカと書き始めた。
「さぁ、みんな!今、世界でオーロラが広範囲で観測されているのは知っていることだと思うわ」
ホワイトボードに文字が書き終ると今朝の朝刊の一部を配り意気揚々と宣言した。
「オーロラ観察するわ!」
配られた新聞の一部には
『菅平高原オーロラ観測』
と書かれており、どうやらそこに部活動として先輩は観察に行きたいらしい。
「おー、いいっすね!いつにします?」
幸輝が机に置いてあった饅頭を食べつつ、先輩のほうを見る。
「決行は来週の日曜日!気象庁によればその日は一晩中晴れるみたいだし、観察しに行くなら持ってこいってやつね」
「拒否権は?」
「そんなものは無いわ」
帰ってくる答えなど楽々と予測は出来たが、なんと無しに聴いた俺が浅はかだった。
「まぁ、菅平高原ならここから車で一時間ちょいですしね。でもどうやって行くんです?車は?」
「それに関しては俺から説明しよう」
ずれた眼鏡を左手の中指でクイッと直し、諏訪先輩が立ち上がる。
「今朝、顧問の先生にこのことを伝えた時に車を出して貰えることになった。日曜日、学校の駐車場にて待機だ」
「了解です」
「はい!長谷川くん、参加!まぁ、わかっているとは思うけど、斉藤くんはどうする?」
正直少し乗り気ではなかった俺だが、成伯先輩の黒い笑み…もとい。ここまで事前に先輩達が用意してくれたので行くしかない。
「もちろん。行きますよ」
俺は思わず吐きそうになった溜息を呑み込みつつ、返事をした。
下校時。まだ十八時だと言うのにもう辺りは薄暗い。
冷たい風が肌に少し突き刺さる。
「いやー。寒くなったもんだ」
横を歩いている幸輝が空を見上げながら呟いた。
「そうだな。もう十一月中旬だもんな」
「嫌だ、嫌だ。全く、またあの極寒の季節かよ」
道路の脇にあった自販機を幸輝が見つけると子供がおもちゃを見つけた時のように駆け寄った。
……なんだ。
またあの朝に感じた違和感が俺を襲う。
「おい。勇太!お前何飲むー?ホットコーヒー?」
今度は朝の時よりも違和感が大きい。
一体なんなんだ。この違和感は……。
「おい。勇太?おーい」
幸輝の呼び掛けに答えずに違和感が何かを必死に考えた結果…
「なぁ、幸輝……ここに自販機なんて昨日あったか?」
辿り着いた結論を口に出した。
俺の記憶が正しければ自販機があった場所には昨日までポストが立っていたはずだ。
それなのに今はポストの変わりに自販機が立っている。
「お前、何変なこと言ってるんだよ。いつも俺、ここでジュース買ってんじゃん。忘れたのか?」
きっと幸輝も俺の疑問を聴いたら共感してくれると思ったが思いも掛けない言葉が帰ってきた。
「え?ポストじゃなかったか。ここ、昨日まで」
「ポスト?ポストなんてこの辺にはそこの大学の正門付近にしかねーぞ?」
「そうだったか……?」
幸輝はホットコーヒーを自販機で買い俺に投げて来た。
「まぁ、こうも寒いと頭もまわらねーか」
コーヒーを受け取りとると、違和感が自分の中で消え去り、先ほどの自分は感じた疑問がバカらしく思えてきた。
「そうだな。何馬鹿なこと言ってるんだろ。俺」
「よし!飲むのだ!そして……」
幸輝は手を差出しては俺に向かって言い放った。
「百二十円な」
奢りではないのな…。
自室、夕ご飯を食べ終わり、宿題を済ませ、俺はベッドで漫画を読んでいた。
主人公が異世界に行き、悪戦苦闘しながら生活をする在り来たりな内容の漫画だ。だが、在り来たりだから良いことだってある。
誰もが読みやすく、在り来たりだからこそ盛り上がり、読み終えた時の疲労感が少ない。
その漫画を読み終えた俺は先ほど宿題をしている最中に飲んでいたお茶を飲む目的で布団から起き上がった。
そしたら……
「ぐっ……」
目の前が歪んだ。そして吐きそうになるぐらい襲いかかってくるあの違和感。
なんだ……これは。
頭を抱え、ベッドに倒れるしかなかった。
そんな吐き気も一瞬で消え、違和感も消えた。
俺は起き上がり、いい加減、病院でも行ったほうが良いのではないかと思い始めた。
そんな中、あることに気づいた。
「おい。嘘だろ……」
先ほどいた部屋の内装が違っていた。
机の位置が違う。ベッド位置が違う……。
先ほどのように気のせいだったで済ませるようなものじゃない。
先ほどまであの机で勉強していた自分が言うんだからもはや間違いはなかった。
まさかと思い、俺はコートを羽織り、部屋から飛び出して、外へと出た。
「違う……違う……違うっ!」
いつも通っている本屋が無い。
いつもで歩いている、右に曲がれるはずの道が左にしか曲がれない。
つい先月できた川の橋が無い。
違う……違う…違う、違う!
「はぁはぁ…どうなってんだよ…っ!」
長野の秋の夜。凍えるほど寒い中、汗を垂らしつつ、俺は街を走りまわった。
「何がどうなって……」
走りまわった結果、自分がうまれ育ったこの街が『似ている別の街』になっていることだ。
それ以外、何もわからない。
ついに俺は頭の病気にでもかかってしまったのかと呆れつつ家に向かって歩いていた。
がむしゃらに走っていた為か、来た道すらあやふやだ。
道路を右に曲がると、もはやいつも通っている道と違って……いや、まて、この道は何処かで見た記憶がある。
昨日見た懐かしき夢の中で……だ。
俺は再び走った。
この道をまっすぐ行くと公園があると思ったからだ。
「はぁはぁ……有った……」
子供のころ一度迷い込んだことのある公園が。
「なんで……」
恋をした少女と出会った場所、7年前に取り壊されたはずの公園が…
「なんで……ここ……に…」
目の前にあった。
公園に入る。
壊される前のままの公園だ。
遊具の位置、時計台の位置。何から何まで記憶通りだった。
「懐かしい……」
ゆっくり公園を歩く。
一歩一歩、夢にさえ毎回出てくる懐かしき場所を歩いていると、埋もれかかっていた古い記憶がまるで昨日の出来事かのように蘇ってくる。
ブランコまで歩くとブランコに腰掛け、夜空を見上げた。
「ねぇ……」
夜空を見上げていると突然女性の声がした。
前を見ると、女性が立っていた。
髪型は肩まで伸びるセミロングで顔は整っており、俺の高校の制服を着ていた。
リボンの色から察するに俺と同い年のはずだ。
「ねぇ……」
ぼーっと彼女を見ていると、女性は呼び掛けに気づいていないのかと思ったのかもう一度、声を掛けてきた。
「えーと、俺?」
周りを見渡すワザとらしい素振りを見せた後、返事をした。
「貴方以外、誰が居るって言うのよ」
「それもそうか」
少女も空いているブランコに腰を掛けこちらを見てきた。
しばらく二人の間に流れる沈黙。
沈黙が重苦しく感じた俺は思い切って口を開いた。
「こんな時間に女性がこんなところ居たら危ないぞ」
「あら、心配してくれるんだ。でも大丈夫。私、家、すぐ近くだし、それに……」
それに?」
「なんでもない」
「なんだよ。言い掛けたんなら教えろよ」
「うふふ。女の子には言いたくないことが一つや二つあるものなんです」
「そんなもんか?」
「えぇ、そんなもん」
女性はブランコから立ち上がると
「ねぇ!明後日の土曜日、遊びに行かない?」
ほぼ初対面の人とは思えない発言をした。
「これまた唐突だな」
「唐突で良いじゃない。ほら勢いって大事だと私は思うのよね。特に若いうちはね」
「その言葉、ババ臭いぞ」
「あ、ひどーい」
唐突な誘い、いつもの俺ならこんな夜中で出会ったばかりの女性からのお誘いなんてきっと断っていたと思う。
しかし、俺はこの女性を知っている。
「土曜日な。俺も暇だしな。空けておくよ」
「なら決定♪じゃ、土曜日の十時に上田駅の前ね。良い?」
その女性はそれだけ告げると元気良く走り出した。
その時、俺は肝心なことを訊いてないことに気づいた。
「おい!ところで、君の名前は?」
「私?うーん。土曜日に教えるっ!」
結局名前すら女性は答えず、公園を去って行った。
突然来て、突然去って行く…不思議な女性だ。
「あの子は…斉藤由梨絵…きっとそうだ」
この十年、会いたくても会えなかった少女……。
俺の胸の中は十年前の気持ちでいっぱいだ。
「帰るか……」
凍える風に背中を押されつつ、俺は自宅へと戻った。
翌日、学校で昨日あった女性を探す為にクラス中を歩き回った。
しかし……
「やっぱいないか……」
探していた女性は結局見つからず、部室で溜息を吐きつつ、黄昏るしかなかった。
「おや、何か悩み?」
横で漫画を読みふけていた成伯先輩が何を勘違いしているのか、玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべて俺を見てくる。
「悩みってわけじゃないですけど……」
「ならなんのよ?」
成伯先輩の質問にどう説明したら良いかわからない。
当然だ。いきなり
『街が俺の知っている街じゃなくなったんです。そして俺は初恋の人を探しています!』
なんて言ったら信じるやつはいないだろうさ。少なくとも俺は信じない。
でも言いたい。一人で抱え込めない案件だ。もしかしたら話すだけで昨日の夜から抱えるこの憂鬱は晴れるかもしれない。
「もし……もしですよ?朝起きたらこの街が微妙に先輩が知っているものと違っていたらどうします?」
だから俺は成伯先輩に対してやんわりと質問をした。流石に初恋のことは恥ずかしくて言えはしなかったけども、きっと先輩だったらこの質問を真面目に考えてくれるはずだ。
「え?どういうこと?」
「ほら、例えば、朝起きたら知っている道が変わっていたり、あるべきお店が違っていたり、無かったり……」
「うーん……そうねぇ……私ならまず自分の頭がおかしくなったと思うかなー」
「俺ならこれが原因だと予測するな」
俺達の対面に座っていた、諏訪先輩が俺達の会話に突然割り込んできた。
諏訪先輩が丁度読んでいたサンエンス雑誌を俺達に見せ付けてくる。
そこにはパラレルワールドについて、流し読みではきっと理解できない事が書かれていた。
「これはアメリカのテキサス・テック大学の物理学教授ビル・ポワリエールが提唱しているパラレルワールドにおける新理論だ」
「あぁ、それなら私も読んだわ。私たちの世界とパラレルワールドはお互い影響しあっているってやつよね」
「あぁ、影響しあって居るがお互い観測できない…つまりは…」
諏訪先輩はホワイトボードにわかりやすく絵などを書いては説明をした。
先輩の説明によれば俺達の住んでいる世界とパラレルワールドの世界は繋がっており、量子力学において観測できない事象がまさしくそのパラレルワールドに繋がっている現象だと言う。
「例えば、ここに俺達の空間がある。パラレルワールドの世界の住人はこの私たちの机、ホワイトボードを観測、認識が出来ない。その逆もまた然りと言うことだ」
「うーん……難しいっすね……」
諏訪先輩は説明したことで満足したのかずれている眼鏡をいつも通り直し、また椅子へと座った。
「つまりは……観測や認識がもしできなかったとしても、何か別の外部的現象要因で……その二つの世界が認識できるようになったら君の言った、一晩で街が変わるってこともありえると言うことだ」
先輩は結論をまた科学雑誌に視線を移し、何処か悲しみの感情を込めている様に呟いた。
「流石は諏訪ねぇ。最新の雑誌までチェックしているとか部長として鼻が高いわ」
「君が怠慢なだけじゃないか。部長なのに」
「なんですって!?」
先輩達がいつもの様な痴話喧嘩が始まった。
「パラレルワールドか……」
そんな痴話喧嘩よりも俺は諏訪先輩の言葉で頭がいっぱいになり、科学雑誌の記事を何回も読み直しているうちに気が付けば下校時間になっていた。
土曜日。俺は彼女との約束を果たす為に上田駅に来ていた。
具体的な待ち合わせ場所はそういえば訊いていなかったと思いつつ、一番上田駅で目立つ場所に立つしかなかった。
そもそも、彼女が来る保証など何処にもありはしない。しかし、そんな不安より、彼女に会える期待のほうが俺にとっては大事で、こうやって寒い中、俺は突っ立っている。
「もうすぐ十時か……」
腕時計を一分間隔で見てしまう。
まだ十分しか待っていないのに、一時間も待った気すらする。
時が立つのが遅い。
『落ちつけ……きっと来る……』
自分に言い聞かせながら胸を押し潰しそうな不安を抑え込み、俺はたた淡々と待った。
すると…
「あ、見っけ!」
後ろから声が聞こえてきた。
後ろを振り返るとこの十分間、待ち望んでいた人物が立っていた。
茶色のロングコートを羽織った、髪型はセミロングのまだ名前を正式に訊いていない女性……。
「遅刻はしなかったみたいだね。関心関心!」
「そりゃ、約束したんだしな。来るのは当然だろ」
彼女は俺の手をとり、歩きだした。
「おい、結局、遊ぶって何すんだよ……」
「えーと、そうね……」
「……まさか考えてなかったのか」
「う、うっさいわねっ!そう言うのをエスコートするのは男性の役目でしょ?」
リスがドングリを頬張ったような頬を膨らしながら俺を見てくる彼女を見て素直に俺は可愛いと思った。
「一理あるな……。でもなー。この辺り遊ぶところなんて長野市までいかないとないぞ」
「そうねー。電車で行くのも大変だし……あ、なら映画行かない?映画っ!」
「映画か……。その後はショッピング、そしてカラオケって感じが王道だよな」
「あ、それじゃそれ決定ね!」
手を強引に引っ張り、映画館のほうへと向かう。
向かっている最中、彼女の手は寒い秋の風の中、暖かく、そしてこの状況が俺には心地が良かった。
映画を見終わると、俺達は昼食後にショッピングへと向かった。
見た映画自体は恋愛ものの、恋をし合った二人が結ばれず、ハッピーエンドなどでは無く、お互いそれぞれの人生を歩んで行く。
そんな世知辛い世の中を表しているような、見ていて何処か最後切なくさせる内容であった。
それにしても予想はしていたことでもあるが、女性と言うものはどうしてこうもウィンドウショッピングが好きなんだろうか。
「あー、見て見て!これ可愛い!」
かれこれ映画を見終わって、お昼ご飯を食べてから二時間も立つのにまだ彼女に振り回されている。
何回か
『もう行こうぜ』
と言いかけたが、アクセサリーを見てはしゃぐ彼女を見ると、たまには長い買い物も一興だと想えてしまうから不思議だ。
「おぉ!このペンダント!綺麗!」
彼女は緑色に透き通る色をしたペンダントを手にとると、レジに向かって一直線に向かった。
それから結局、更に一時間付き合わされて、足がもうクタクタだ。
彼女のその可憐で細い脚に何処にそんな三時間もはしゃぎまくる体力があるんだろうか……。
ショッピングモールから出るともう辺りは薄暗かった。
「あー、楽しかったぁ」
「そ、そうだな」
「何よ?その反応、楽しくなかった?」
「楽しかったさ。ただ、ちょっと疲れたと言うか……」
「情けないわね。ショッピングぐらいで」
時刻は十七時を回っている。
結局、カラオケは無しになり、このまま今日は帰ろうと言う流になった。
「そういえば、最近、オーロラが見えるんだってね」
帰り道においてしばらく無言だったところで彼女が夜空を見上げながら思い出したかの様に言った。
「あぁ、今じゃ日本中お祭り騒ぎだよ」
彼女は今日買った緑色のペンダントを夜空に掲げると
「ねぇ、この色、まるでオーロラ見たいじゃない?」
ペンダントを見上げる彼女が可憐で……そして綺麗だった。
りを見渡すと人がいない…。
十数年、想い続けていたこの想い、朝言おうと決めていた言葉。
言うなら今だ。言え。言うんだ。
喉まで出掛っている言葉……
『好き』
と言う言葉。それなのに言えない。喉に鍵でも掛けているのかと想えるぐらい言葉を発することすらできない。
すると……
「あれ?勇太じゃん。何してんの」
後ろから男性の声がした。その声は良く知っている人物の声だ。
「幸輝か……」
タイミングを完全に彼の登場で逃してしまった。呪うぞ……幸輝……明日呪ってやる。
彼女と共に後ろを振り返り……幸輝を確認するとどうやら幸輝も買い物帰りのようだった。
「なんだよ。お前も買い物帰り?明日はあれだもんなー。オーロラ観測だもんな。用意とかあるし!」
意気揚々と近づいてくる幸輝。
こいつにも彼女のことを紹介しないと行けない。幸輝のことだから後でいろいろ突っ込まれるだろうが、それは後で適当にあしらっておけば良い。
「幸輝……この女性は……」
彼女のことを言おうとした瞬間、俺は信じられない言葉を耳にした。
「にしても水臭いな……一人で買い物に行くなら誘えよー」
「え……?」
一人……?聞き間違いか。
「あ……なぁ、すまん。聴いてなかった。今なんて言った……?」
「え?だから一人で買い物行くならさ。俺を誘えば良かったのに」
咄嗟に横に居る彼女を見る。彼女はただ俯いて立っているだけだった。
「じょ、冗談で言ってんのか?」
「冗談?何言ってんだ?勇太」
「ここに……じょ、女性が居るだろ?」
横に立っている彼女に対して指を指しながら俺は幸輝に彼女を認識させる為に言った。
輝は首を傾げた後、俺を心配するような視線を向けて…
「え?お前大丈夫か?いねーじゃん……」
と言い放った刹那、横に居た彼女は走り出した。
彼女顔が涙を流しているのが一瞬ではあったもののはっきりと見えた。
「おい!待て!幸輝、すまん!また明日なっ!」
追いかけないと。そう強く思った俺は幸輝に一言断りを入れ、彼女を追いかける形で俺も走った。
彼女を探し追いかけたものの。俺より足が速かった為か、見失った。
「はぁはぁ……何処行ったんだよ……」
彼女を探し、走り回ったせいで息が上がり苦しい。これは普段運動なんて体育の授業ぐらいしかしてないツケだ。
「……ぐぅ……」
その上、あの吐き気がするぐらいの違和感が俺を襲ってきた。
「なんだよ……これ……」
吐き気を堪えながら辺りを見渡す。
すると自分の目を疑った。
壁が消えたり現れたり、そして道が消えたり現れたりしてめちゃくちゃな状況だ。
頭を抱えながらその場から走る。
何も無かった場所がいつも利用していた本屋になり、そしてまた今、目の前にあった家が一瞬で日常的に見ていた空地になった。
「戻ってる……?」
間違いない……俺の知っている街に再び戻っている。
「おい……こんな時に……嘘だろ……」
『つまりは…観測や認識がもしできなかったとしても、何か別の外部的現象要因で…その二つの世界がお互い認識できるようになったら君の言った、一晩で街が変わるってこともありえると言うことだ』
諏訪先輩が言った言葉が脳裏を過る。
俺が昨日、一晩中考えていたことが正しいとしたら急がないといけない。
あの場所へ。あの場所が消える前に。
息が切れるなんてどうでも良い。息苦しいなんてどうでも良い。
あの場所へ……あの公園が消える前に俺は彼女が居ると信じて、俺は行かないといけない。
会って、十年間言えなかったこの想いを伝えないといけない。
今伝えないと俺は一生後悔する。後悔して前に進めなくなる。
俺は走った。走って、走って、走りまくった。
「はぁはぁ……」
無我夢中で走っていると公園が見えてきた。
「まだ、あるっ!」
まだ空地にはなっていないことに安堵し、そのまま公園内に滑り込むように入った。
「何処だ……何処に……」
公園の奥まで辺りまで行くと辺りを見渡す。
滑り台、時計台、砂場、ジャングルジム……そこの何処にも彼女の姿が見えない。
しかし…
「居た…居た!」
最後にブランコに対して視線を移した時に探し求めていた彼女が俯きながらブランコに座っていることに気づいた。
ブランコに座っている彼女は今、声を掛けるだけで壊れてしまいそうなほど思いつめた表情をしている。
声を掛けるか一瞬躊躇ってしまったが、俺の考えが正しかったらもう俺達には時間があまり無い。勇気を出して俺はブランコに近づき声を掛けた。
「なぁ!」
彼女は俯いていた顔をこちらに向ける。
泣いていた。
彼女の綺麗な顔がクシャクシャになるぐらい彼女は泣いていた。
そんな彼女の頬に俺は手を置いて涙を拭う。
「わかっていたんでしょ……こうなるって……」
「あぁ…わかっていたよ」
彼女は自分自身でも涙を手で拭うと俺に手を差し出した。
「私は斉藤由梨絵……」
「…知っていたよ。君が由梨絵だって……ずっと、君のことを想っていた。十年前から何故か君のことを忘れられなかった……から……」
俺は差し出された手を優しく握り彼女を抱き寄せた。
「うん……私も忘れられなかったの……勇太の事……」
由梨絵はこの十年前のことを語った。
あの時は彼女も俺と同様におかしくなった街で親とはぐれてしまい、この公園でただ、ブランコで親を待っていたそうだ。
また遊ぼうとしてこの公園で何回も待っていたものの、俺に会えず、また名前を頼りに探しまくっていたそうだ。
「そしてね……小学生の時に夢であの時の夢と……そして勇太が生活をしている風景が見えるようなったの。見えるだけ。ただ、見えるだけで夢の中で何回も呼びかけても返事が来ないのがとても辛かった……」
由梨絵は続けた。
「それでね。なんとか出来ないか……ある人に相談したの。私の先輩に……そしたらパラレルワールドのことを教えて貰って…先輩がパラレルワールドとしてある仮説を立てたの……」
由梨絵は俺から少し離れると、星空を見上げしばらく無言になる。
流れる沈黙……。
由梨絵は言う事に決心が付いたのか、ただ真剣な眼差しで何処か悲しみを含んだ表情で俺を見てきた。
「私を起点にパラレルワールドが出来て、そして……そのパラレルワールドの世界が一時的に融合してこうして君に会った」
由梨絵は続けた。
「そしてね……何故、お互いに忘れられないのか…その理由はね……私がもし男に生まれたとしたら……そんな世界が勇太の世界なの……」
「……そうか……そうだな。それだとすべてうまく説明が付くよな……」
昨日の夜、諏訪先輩の理論を元に由梨絵が言っている可能性を少しは考えた。しかし、心でそれを否定する自分が居た。
自分自身に近い存在に恋をして、そして決して結ばれることの無い想い。その仮説がそのことを証明してしまう。誰だって否定したくなるはずだ。
「たぶん、二つの世界を……二つの世界を結び付ける力が弱くなっていってるんだよ……だからさっき、勇太は見えていたけど、勇太の友達には見えなかったんだと思う」
「何かしらの力……そうか……オーロラか」
由梨絵はゆっくり一回頷くと、虹色をしたペンダントを俺の首に掛けて来た。
「これは十年前のお礼……」
「由梨絵……俺は……好きだ……君のことが……」
「駄目だよ。私なんかに恋をしちゃ……ほら!勇太はかっこいいんだから……新しい恋を見つけなよ。私もそうするから……でもありがとう」
また吐き気がするほどの違和感が俺を襲う。すると目の前の彼女が透けて行く。
「まってくれ……まだ一緒に居たい。居たいんだ。消えないでくれっ!」
「私、もう行くね。今日は遊んでくれて……ほんと楽しかった」
何か…消える前に伝えることが無いのか。クソったれ何か言え、なんでも良い。なんでも良いから言うんだよ。
彼女が消える間際、俺は
「明日二十時に菅平高原に俺は行く!良いか!菅平高原だぞ!具体的な場所はダボスエリアスキー場の2番リフト乗り場前だ!そこに居る!そこで約束通り、流れ星を見るぞ!いいなっ!」
と叫んだ。
叫んだ刹那、彼女は俺の前から消え去り、俺が立っている場所が瞬時に空地へと変わってしまった。
翌日の夜。俺は部活の連中とオーロラ観察をする為、菅平高原に来ていた。
正直、昨日はあの後、失恋に近い感情が込み上げて来て憂鬱だった。
自分の部屋で泣きもした。
昨日よりもマシだが今でも憂鬱だ。
一日中引き籠りたい気持ちもあったが、咄嗟に由梨絵と約束したことを果たす為に俺は今、この場所に立っている。
もっとも約束と言ってもあの時、彼女が聞こえているかどうかすら怪しいが、そこは聞こえていたことを信じるしかない。
「あー、もう。オーロラ見えないわね。やっぱり」
成伯先輩が俺の少し後ろでホットコーヒーを啜りながら悔しそうに夜空を見上げていた。
「仕方ないっすよ。昨日、オーロラの観測が世界的に無くなったらしいっすからねー」
幸輝がそんな成伯先輩を慰めている。
諏訪先輩は俺の横に立っており、いつも通りの部活動だ。
「諏訪先輩……」
「なんだ、斉藤」
「あの質問に答えてくれてありがとうございました」
「む……質問とは?」
「あの、街がもし、一晩で変わってしまったらって質問ですけど」
諏訪先輩はずれたメガネを直しつつ、首を傾げた。
「そんな質問に答えたつもりはないが……人違いじゃないか」
予測しなかった諏訪先輩の言葉……。
「え……え?あ、そうか。すみません。たぶん、成伯先輩と勘違いしていました」
「そうか。にしても面白い質問だな。その答え、考えておくよ」
俺は少し混乱したが……まぁ、これもたぶん、パラレルワールドの影響だろう。そうに違いない。
それに考えるのは後だ。
時刻は二十時、今は流れ星を探すだけだ。
「お、流れ星!」
しばらくすると幸輝が叫ぶ。
当然、注意深く見ていた俺もその流れ星を見ることが出来た。
由梨絵…君は見つけられたかい?その流れ星を……。
おわり
どうも漸です。オーロラの架け橋は楽しんで頂けたでしょうか。
今回、このお話はSFファンタジー的で少し切なくなるお話を書きたいと思い、書き始めました。切ない内容をダラダラと長編で書くスキルなどまだ私には無く、仮に挑戦したとしてもきっと読者を退屈にさせると思い、このお話は短編でお送りさせて貰いました。
さて、タイトルの通り、オーロラが勇太と由梨絵の出会いの架け橋になる物語が今回のお話でしたが、実はこの物語のプロットを考える時にリスペクトした作品があります。洋画好きの方ならご存知の方も居るでしょうが、ジェームズ・カヴィーゼル主演、アメリカにて2000年に上映された
『オーロラの彼方へ』
と言う映画です。この話もオーロラが作品中の過去と未来を結ぶ役割をしており、物語に大きく関わってきます。もし気になる方が居るなら一度見ることをお勧めします。泣けますので。あ、でもあくまでもリスペクトですからね。パクリではないのでそこはご了承を。
それから最後の所で諏訪先輩が何故、記憶が飛んでいるのかと突っ込みが来ると思いますが、そこは読者の想像にお任せします。私の中で私の答えはあるのですがやはり、少し皆さんで妄想するのが短編の醍醐味だと思いますし、皆さんで諏訪先輩の記憶に限らず、妄想して楽しんでください。