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39話 エピローグ ――取り戻した日常――

本日二話目の更新になります


      ■



「ただ……なんで俺が『しばらく佳奈が休みだったから荒れていた』ってことになっているんですかねぇ?」


 放課後の帰り道で、俺は避難の目を佳奈に向けた。


「んーーーー? なんのことかな?」


 すっとぼけんじゃねぇよ。

 今日の昼休みのことだ。

 遅れてきた俺たちに数人のクラスメートが……主に佳奈の元に集まってきて「大丈夫だった?」とか聞いてきたのだ。

 最初何のことか話について行けなかったのだが、つまりここ数日の《佳奈が存在しない世界》は《佳奈が病気で休んでいた世界》に書き換わっていたのだと、木嶋に耳打ちされる。

 木嶋は佳奈がいない世界の事も憶えていたので、そのことに気が付いたと話してくれた。

 なるほど。確かにそれなら違和感は無い。

 だったら俺もその話に合わせようと思ったその時だった。


「でも元気になったみたいでよかったじゃねぇか」


 そう声を掛けてきたのは日吉だった。だからその言葉に会わせようと思ったのだが……。


「アイツは元気だけが取り柄みたいなものだからな」

「神成さんのことじゃねぇよ。お前だよ、お前」

「は?」

「いや、だから元気になったのは笠羽のことだって」


 俺?

 いや、俺別に休んで無かったよね?

 そう思った俺に、日吉は矢鱈にニヤけた表情で俺を見た。


「だってお前、神成さんが倒れてしばらく学校来られなかっただけで凹んでたじゃねぇか」


 はい?


「間違って神成さんの席に座った木嶋につかみかかるくらい荒れててさ、大丈夫かと心底心配したんだぜ?」


 …………な…………なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?

 まさか、ここ数日の俺に対する周囲の認識はそういうことになっていただと……?

 ぐりっと佳奈をみる。

 ぐりっと目を逸らす佳奈。

 おい、ちょっと待て。

 周囲の俺に対する目線が痛い。というか、皆してニヤついた顔を隠そうともしねぇッ!

 完全にこれ、『佳奈がいないと駄目な男』の扱いじゃねぇかッ!

 否定しきれない部分があるのも事実だが、それを公然としたい訳じゃねぇぞ!?

 俺としては全否定したいところだったが、無理に否定すると益々怪しく見えると木嶋に耳打ちされ、仕方なく「言ってろよ」と日吉に返した。

 そう……俺が木嶋に掴みかかったあの日の騒ぎが、いつの間にか俺の周囲で『佳奈が突然倒れて入院したため、俺の様子がおかしくなった』ことになり、『佳奈の座席にうっかり座った木嶋に当たり散らした』ってことになっていたのだ。

 ……………………解せぬ。


 放課後の帰り道、俺はそのことについて佳奈を問い詰めていたのだ。


「いやぁ……コウちゃんの様子がおかしかったのをどう理由づけようかと悩んだんだけど……どうしてもそう認識して貰うのが一番各自の負担が少なかったんだよねぇ」

「様子がおかしかったのを……無かったことに出来ないのか?」

「出来ないことも無いけど………………ううん、やっぱ無理。出来ない」

「いや、今『出来ないことも無い』とかって言ったよね?」

「でも、私がいなくて荒れてたのは本当でしょ?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!」


 佳奈にそう言われて、俺は言葉に詰まってしまった。

 いや確かにそうだけどさ。

 くっそ、顔が赤くならないように平静を保つことに俺は尽力した。なんか悔しい。


「いやいや、周囲のあの認識は中々に的確な認識だと、僕はそう思ったけどね?」

「まあ、神成さんが『皆に認識できない状態』だったなんて認識が広まってなくて良かったじゃない?」

「佳奈さんと『そういう記憶改変なら手間も少ないですよね』って話をしていたんですよ」


 木嶋、市ヶ谷、そしてネシャートがそんな会話をする中、俺だけが微妙に納得行っていない。

 というか、クラス内の俺の認識が完全に『大好きな嫁を心配しすぎて壊れた夫』みたいな扱いになってんだけど? 結局今日は誰一人俺をニヤニヤ見るのを止めなかったんだけどッ!?


「なあ、この『周囲の認識』って学校だけに限らないんじゃ……?」


 佳奈が俺の言葉に光の速度であさっての方向を見る。

 何の話か分からないのか、木嶋とネシャートはキョトンとして僅かに固まる。

 市ヶ谷だけが、得心したかのように「ああ!」と声をあげた。


 …………うわ……家帰りたくねぇ……。

 市ヶ谷達と別れた後、俺は自宅が近づくにつれて憂鬱な気分に落ちていった。

 そうなのだ。

 この『周囲の認識』は確実に俺のお袋が含まれるのだ。

 そして佳奈が『周囲の認識』として元気になった今、何を言い出すか想像に難くないが聞きたくもない。

 出来ればその想像通りのことが起きて欲しくないのだが、それを裏切るように玄関先で俺のお袋が待ってた。


「おっかえりーッ! 我が息子よッ! なんなら私、出かけてこようか? ネシャートちゃんも連れて行こうか? というかネシャートちゃん、一緒に外食しようか?」

「だから帰宅早々暴走してんじゃねぇよッ!」


 なんで満面の笑みでサムズアップしてんだよってサムズアップじゃねぇわそれ、つかサムズアップの振りして親指を人差し指と中指の間から出すのやめれ。


「やったねコウちゃん、静香さん公認だようにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 巫山戯たことを言う幼なじみの頬を俺は割と強めに抓る。

 あとこれ、公認とかそう言うのじゃないから。トラップだから。隠し撮りする気満々だから。今頃俺の部屋、隠しカメラだらけだから!


「全く……それより今日は色々あってやたら腹減ってるんだから何か食べるもの用意してくれよ……」

「佳奈ちゃんとネシャートちゃんも一緒で良いのよね?」


 お袋が当たり前のようにそう言う。

 そう。

 これが俺たちの当たり前。

 こうして、ここ数日俺たちの周囲で起きていた騒ぎは収束した。

 殆どの人間が、それが起きたことすら気付かないまま……。

 それでも、ここ数日の出来事は俺と佳奈に大きな変化を及ぼしているんだと……そう思った。



      ■



 ドダバダバタンドデデンッ!


 俺はまたもや心臓が飛び出そうな衝撃と共に目を覚ます。

 横を見ればネシャートと佳奈がもつれ合って床に転がっていた。

 

 ああ、一番大きな変化はこれっすね。

 もう、毎日毎日懲りもせず部屋に侵入しようとする佳奈をネシャートが阻止するのが、あれ以来の日課となっていた。


「もう、なんで邪魔するのようっ!」

「私に告げられた願いは市ヶ谷さんと木嶋さんを守ることです」

「じゃあ、コウちゃんの部屋に私が入るのを阻止する必要ないじゃんッ!?」

「いえ、ご主人様の身に何かがあれば……いえ、ご主人様の貞操に何かがあれば、私がお守りすべきお二方の心が傷付きかねません。となればここは阻止するのは願いの内かと」

「まさかの拡大解釈きたよ!? と言うか私がコウちゃんの貞操奪う事が前提になってる!?」


 そう言えば以前も、こんな感じに佳奈が無理矢理俺の部屋に入るのを阻止した事があったが、実はあの時も空間転移して俺の部屋に入ろうとしたのだと、後になってネシャートに聞かされた。もう、どこからツッコめば良いんだか。

 それと空き家になっていた隣の家も、今は再び佳奈と朱鷺子さんが暮らしている。


「ふと気になったんだが、朱鷺子さんって何者なんだ?」

「うーん、説明しちゃっても良いのかな?」


 佳奈はしばし黙考したあと、俺の疑問に答え始めた。

 実は朱鷺子さんは佳奈の母親役として人造生命ホムンクルスに疑似人格を植え付けた存在らしい。

 母親の要素として俺のお袋の人格の一部を流用して作成したと聞いた時は、驚くと同時にどこか似ている訳だと妙に納得もした。

 疑似人格形成からかなり年数が経っているため、今では明確な自我が生まれているらしい。

 これは佳奈の親父さんについても同様とのことだった。


「航一ーーーーーーッ! 何時までも3Pとかしてないで、さっさと起きてきなさい!」

「してねぇよッ! 人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよっ! 誰かが聞いてたらどうするんだよッ!?」

「一花ちゃんと未悠ちゃんならさっきから来てるけど?」

「なお悪いわッ!」


 俺は佳奈とネシャートを一旦部屋の外に出すと、慌てて着替えて階下に降りる。

 そう言えばあれから変わってしまった日常がもう一つあった。

 如何なる理由か、あの日以来市ヶ谷と木嶋が毎朝ウチに来るようになったのだ。

 市ヶ谷は駅の反対側から、木嶋に至っては途中下車しての寄り道である。ここから全員そろって登校するのが、あれ以来の新しい日常として加わった。


「おはよう」

「おはよう。今日も朝から元気だね」


 いや、木嶋、それ変な意味で言ってないよな?


「おはよう、笠羽君………………あの……その……」


 市ヶ谷……なんだその間は。


「……高校生が朝から三人でってのは、流石にどうかと……」

「してないからなッ!? 頼むからお袋の戯れ言を真に受けないでくれよッ!?」

「あの……ご主人様……3Pっとは何でしょうか?」

「いや、面と向かって聞かれても、答えに詰まるんだが……」


 特にネシャートの外見はヤバい。こんなこと言わせてただけで捕まりそうだ。


「三人で『いたす』ことよッ!」

「何堂々と言い放ってんだこのバブォファアアッ!」


 お袋にとっての禁句を叫びかかった俺の肝臓にお袋の膝が良い角度で突き刺さり俺は悶絶して膝を着く。

 遠のく意識の中にあって、それでもこっちが俺の日常だよな……とそんな事を実感しながら俺はその場に崩れ落ちていた。



 こうしていつもの日常で、ほんの少し以前と異なった日常が繰り返される。

 朝「行ってきます」と言って家を出る。

 途中で日吉が声を掛けてきて、五人で登校する俺たちを見て落ち込む。


「一人くらい譲ってくれたって……」

「そういう言い方するから女の子に敬遠されるんじゃないかと僕は思うよ?」


 木嶋から発せられた二の句を告げさせない言葉が日吉の心臓に突き刺さるのを幻視する。

 学校の最寄り駅からの通学路。新学期早々、市ヶ谷とぶつかったのが今は遠い過去の様に思える。

 もうすっかり暖かくなった通学路で、俺たちはふざけ合いながら登校する。

 そんな平和な毎日が大切なものだと気付いてから、ここを通るたびにその大切さを自分の中で噛みしめるようになった。


 ふと隣を見る。

 視線に気付いた佳奈がそっと寄り添ってくる。


「本当にこれで良いの?」

「ああ、これが良い」

「傍に…………いて良いの」

「傍にいろよ……約束だろ?」

「…………うん」


 佳奈はそう言うと、俺の腕を取って頭をそっと預けてくる。少し歩きにくいが、今の俺に取ってはそれが以前より心地よい。


「私も傍におりますね?」


 不意にネシャートが俺の反対側の腕を取ってそう宣言する。

 そう言ってネシャートは笑う。その笑顔は以前よりずっと自然に笑っているように見えた。


「ちょっと朝から何やってるのよ?」

「やっぱり朝何かしてたんじゃないのか?」

「してねぇからッ!」


 市ヶ谷の抗議の後、木嶋がそんな風にからかってくる。

 だがその言い方は俺より日吉にダメージ行ってるぞ。アイツ、何か余計な想像して崩れ落ちてるから。放置するけど。

 以前より少しだけ困った日常になっている気がするが、それでも嫌な日常ではない。

 ただ、何時またこの日常が無くならないとも限らない。それだけは忘れないよう、意識していこう。

 何時か必ず、この日常は変わってしまう。いや、日常というものは常に変化していくものなのだ。変わらない事など何も無い。

 ただ急激な変化より、穏やかな変化の方が良い。そんなことを俺は望んでしまう。変わってしまうなら、せめて緩やかな変化をと……。


 それもまた、贅沢な《願い》なのかもしれない。

 俺は俺の傍にいる人たちの笑顔を見て、そんな風に思っていた。


執筆開始当初に考えていた物語はこれにて最後となります。

途中、ほぼエタっていた時期がありながらも、何とか完結までこぎつけました。

ここまでお付き合い下さった皆様に厚くお礼申し上げます。

本当にありがとうございました!

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