38話 戦いの終わりに
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「お……終わったのかい?」
「ああ……」
恐る恐る問いかけてくる木嶋に俺は小さく応える。
市ヶ谷は呆然としたまま周囲を見回し、ある一点で視線を止めた。そのまま引きつった様に呼吸を止める。
つられて俺も市ヶ谷の視線の先を見る。
そこには、胸部にどでかい真っ赤な穴を開け、仰向けて倒れたまま動かない山野の遺骸があった。その穴から溢れていた鮮血は、今は完全に止まっていた。
正直、山野に同情はしにくい。
いくらアワリティアに良いように操られていたと言っても、俺が文字通り死ぬほど刺されたという事実に変わりは無い。
不思議と刺された事に恐怖やトラウマは無いが、だからといって許そうという気持ちが湧いてくるものではない。流石にそこまで聖人君子でいられない。
だがそんな男であっても、死体が野ざらしになっているのを見ているのは気分の良い物ではなかった。
『大丈夫だよ。コウちゃんは優しいから……気に病まなくて良いんだよ?』
俺と融合したままの佳奈が耳元でそう囁くと、突然山野の肉体が光に包まれた。
とっさのことに身構えることも出来ずにいると、再び佳奈の声が聞こえる。
『コウちゃんはさっきこう願ったよね?『俺の周囲の人間が《マリシアス》なんて理不尽によって不幸にならないこと。』って……山野君だって、コウちゃんの知り合いですらなくたって、コウちゃんの『周囲の人間』であることには変わりないんだよ?』
「え? じゃ、じゃあ山野君は?」
どうやら佳奈の声は俺以外にも聞こえていたらしい。
市ヶ谷が少しだけ明るさを取り戻した声で、そう聞いてきた。
「大丈夫。生き返るよ」
融合が解除され、アラビアンドレスに身を包んだネシャートと佳奈が俺の左右に現れる。
俺はあの赤いコート姿ではなく、いつもの制服に戻っている。刺された筈なのに血の跡どころかほつれも汚れも一切ない。
佳奈は話しながら両手を山野の方に向けている。その両手から溢れる光りの帯が、はためくように流れ出し山野の肉体に降り注いでいる。
「お……お前、死んだ人間を生き返らせることが出来るのかよ?」
「亡くなった直後なら蘇生は難しいことではありません。 死んだと周囲に認識された後だと大変ですけど」
「「「え?」」」
続けて補足したネシャートの言葉に、俺と市ヶ谷、つられて木嶋まで間の抜けた声を上げてしまう。
死者の復活が容易って…………それって大変なことなんじゃね?
「あ、勘違いなさっているかもしれませんが、私が蘇生できるのは本当に亡くなられた直後だけですよ? 病院の蘇生処置とあまり大差はありません。以前にもお話したかもしれませんが、状況が限定されるため、通常は死者の蘇生は出来ないものと思ってください」
ああ、なるほど。心肺停止状態からの蘇生って考えれば良いのか。ただ、怪我を治すときの速度を考えると、外傷によって亡くなった直後の場合は普通の病院での蘇生処置に比べれば格段に蘇生の可能性が高いだろう。
「寿命で亡くなる人は蘇生できませんし、頭部に大きな損傷を負った場合も可能性は低くなります。ですからあまり期待されてもこまるのですが……」
「人が死んだことが周囲に認識されていないなら、肉体の蘇生だけ出来れば後は大きな力を必要としないしね。これがニュースとかになって知れ渡ってると、蘇生するだけじゃ済まないから一苦労なんだけど……」
ああ、なるほど。
そうなると周囲の記憶の改ざんとかが必要になるから、その分手間も魔力もかかるんだろう……ってアレ?……ネシャートの説明と佳奈の説明って微妙に異なってる気が……まあ、今は気にするのは止めるか……。
「それで、俺達三人が憶えているのは問題ないのか?」
記憶の改ざんが必要になるんじゃないの?
そんな俺の疑問などどこ吹く風と言わんばかりに、佳奈が言葉を続けた。
「だって、市ヶ谷さんも木嶋さんも一部始終を見てるじゃない?」
「だから、その記憶を修正とかしなくて良いのかってきいてるんだが?」
「そんなことされたら、お二人とも憤慨なさると思いますが?」
何言ってるのと言わんばかりの佳奈に改めて確認すると、ネシャートにまで呆れ気味に言われた。
「え?」
「だって二人とも、コウちゃんを信じるってそう決めてたんだよね? 何があっても信じるって。そんな二人が『何も知らないまま』の状態になることを、受け入れられると思う?」
振り向けば、二人とも眉間に少しだけ皺を寄せ、ムッとした表情で俺を睨んでいた。
その表情のままで、佳奈の言葉に何度も力強く頷いている。
「ここまで巻き込んでおいて、忘れろってのはあまりに冷たい仕打ちじゃないか?」
「何のために『周りが信じなくても私達は信じる』って宣言したと思ってるの?」
木嶋の呆れた様な口調に同調するように、市ヶ谷が詰め寄ってくる。
そうだった。
この二人には借りを返さないと行けないんだったな。
「それに市ヶ谷さんには是が非でも忘れたくないことがあっただろう?」
「いっ!」
木嶋の意味深な言葉に市ヶ谷が耳まで真っ赤にして驚く。
「僕としては抜け駆けされた感じはあるが、面白いものを見させて貰ったよ」
「ななななな何の話かしらら?」
カラカラと笑う木嶋に何かを誤魔化そうとする市ヶ谷。そして何故かジト目で俺を見る佳奈とネシャート……え? なんで俺がそんな目で見られるの?
「……コウちゃんの浮気者」
「え? ちょっと本当に何があった?」
「聞かないでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
佳奈の言いがかりに等しい発言は気になるが、どうやら市ヶ谷的には掘り返して欲しくないらしい。俺もこれ以上、藪の如きこの話題をわざわざ突っつくべきではないと判断する。つつけば、多分蛇が出る。
ふと山野の方を見ると、佳奈から降り注いでいた光が収まっている。
胸には一切の傷はなく、俺と同じように血の跡もない。上下する胸が、自発呼吸が戻っている事を物語っていた。
ただ、見たところ衰弱は激しい。生命力の殆どを魔力に変換してアワリティアに奪われたのだ。即回復するものじゃあないのだろう。
「取り敢えず救急車を呼ぶべきじゃないかな?」
木嶋の提案に皆が頷く。
廃墟の中にいたままでは、救急隊員に怪しまれそうなので、一旦は山野を抱えて廃墟から出る。
佳奈が普段の姿に戻る。同時に服装も学校の制服になっていた。見ればネシャートも制服姿に戻っていた。同時に佳奈が結界を消した。
急激に世界の音が戻ってくる。
とは言え、少し離れた所から車の音が聞こえてくるくらいで、周囲に人影はなかった。
俺は少しだけ安堵する。
いや、結界が消えた瞬間、誰かに見られたら面倒だろうなっておもっていたんだが……。
「私がそんなタイミングで結界を解除する訳ないじゃない?」
見透かしたようにそう佳奈に指摘された。
俺はそんな遣り取りにすら、少し懐かしさも感じていた。
その後、救急車を呼んで山野を病院に搬送してもらう。
山野の学生証から山野の実家に連絡するが、山野の両親に連絡は取れない。
一瞬嫌な予感が過ぎったが、学校に連絡した際、山野の両親は法事で一週間ほど田舎に戻っていたらしいことを先生に聞かされた。
学校には緊急時の連絡先を教えていたらしく、直後に学校から連絡をいれたそうだ。
山野は結局、軽い脱水症状と栄養失調が認められたため、数日入院する必要があるそうだ。
アワリティアに関する記憶はどうなったか気になったが、佳奈が治療時に消去したと聞かされた。
もっとも、ほとんど夢現に近い状態でここ数日過ごしていたらしく、そもそもの記憶が曖昧だったらしい。そうなるようにアワリティアが仕向けたのだろうと言うのが佳奈の見解だった。
医者には体調不良による記憶の混乱が見られるが、命に別状はないと説明を受けた。
山野の両親の代わりに山野のクラスの担任教師が病院を訪れた為、入れ替わりで俺たちは学校に向かった。とは言え、今から行ってもすぐに昼休みに突入するだろう。
いっそサボろうかと思ったが、それは市ヶ谷に強く止められてしまった。
佳奈にも、ネシャートにも怒られたし……。
結局四時間目の終わりに登校すると、連絡を受けて事情を知っていたのか、小杉先生は何事もなかったかの様に俺たちを教室に迎え入れた。
佳奈の存在も、当たり前のように受け入れられていた。まるで忘れていたことを忘れたかのように……。
ここ数日の出来事がまるで嘘だったかのように以前の日常が……俺が渇望した日常が一瞬で戻ってきていた。
一応、次回最終回です
長かったな……サボってただけだけどw




