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37話 決着

      ■



 全身から途轍もない程の魔力を放出する航一を見たアワリティアが、ガタガタと震えながらへたり込む。

 何だ!

 何が起きている!

 あれは何なのだ!

 目の前に存在するもの、それはアワリティアにとって想像の埒外。

 アワリティアは航一に出会う前、三度ほど《ジーニー》と戦った事がある。

 そのいずれに於いても、アワリティアは《ジーニー》に打ち勝っていた。

 様々な制約に縛られ自由のないジーニーに比べ、己が生きるためにあらゆる手段を講じることが出来る《マリシアス》の方が優位に立ち回れる。

 それがアワリティアの認識。

 《ジーニー》は制約に縛られている分、願いに沿った力を使う場合に限って《アワリティア》より強力な力を振るえるが、通常はそれほど大きな力を使うことは出来ない。

 通常、魔人の契約者は自分が得するために願いを言う。それ故、ほんの少しだけ追い詰めれば簡単に願いを変えることをアワリティアは良く理解していた。

 例えば死に瀕すれば自分の命を救うことを最優先に考える。欲にまみれた者ほど、その傾向が強い。アワリティアを――《マリシアス》を先に倒すなんて選択肢を思いつく契約者など一人もいなかった。

 よってアワリティアは、《ジーニー》に敗北したことはない。敗北するなどこれっぽっちも考えた事すら無い。

 

 なのに目の前の人間は自分の命を捨てることになっても、アワリティアを拒絶した。アワリティアの誘惑に、何一つ乗って来なかった。そして……恐るべき事に、周囲の人間もそれに習った。

 死の淵にありながら、冷静さを失わなかった。


 一体、どこから予定が狂ったのか。

 最初の想定外は《ジーニー》が獲物である航一の傍にいたこと。

 そしてその《ジーニー》がアワリティアより格上、第二位の《調度品の魔人》だったこと。

 ただ、それ自体を脅威とは思っていなかった。

 《ジーニー》は皆同じ、制約に縛られている分、例え格上であったとしても後れを取ることは無いと思っていたし、契約者になるような人間は自分の欲望を第一に考えると思っていた。

 だから簡単に追い詰められると、そう踏んでいた。


 だが、気が付けば追い詰めていた筈の人間に追い詰められている。

 小娘と侮った人間の行動によって契約者である山野からの魔力供給が途絶え、さらには最終手段として自分の《神の工芸品》を直接魔力に変換し《ジーニー》を取り込もうとすれば、もう一体ジーニーが顕れる始末。

 しかも腹立たしいことに、後から顕れた《ジーニー》は格下の《装飾品の魔人》でありながら、アワリティアの結界の中で十全に動き回り、その魔力を振るった。

 しかも、契約者の願いも聞かずに、である。

 それなのにあの魔人は《マリシアス》ではないという。

 さらには《マリシアス》と戦う為に人間と融合を果たすなど……。

 この時点で、アワリティアにとっては悪い夢を見ているかのようだった。

 何もかもが裏目にでる。因果律でも操作されているのではと疑いたくなる。

 もっとも、例え魔人であっても、そこまで大きな力を使うことはできない。

 そんな力を使えるとしたら、それは魔人ではなく……。

 そこまで考えてから、アワリティアは恐ろしい可能性に思い至る。

 後から顕れた《ジーニー》……たしか『カナ』と呼ばれた魔人は指輪から出現している。

 だが、アレは本当に《装飾品の魔人》なのか?

 そう言えば、アレはいつ航一と契約した?

 航一と融合したということはその前には契約をしなければならない。流石に契約もせずにあれほどの力を使える筈が無い。

 確かに契約の扉が現れるのは見た。だが、その契約が何時行われたのか……まるで止まった時の中で契約したかのような……。

 ここに至ってアワリティアは自分が如何に冷静さを失っていたかを思い知らされる。

 そう……契約の扉の規模が違いすぎたことに、今更ながらに気が付いたのだ。


 ざわり。


 アワリティアの背中を悪寒が走り、冷たい汗が流れた。

 アワリティアが感じ取っている『カナ』の気配は確かに《ジーニー》に酷似しているのだが、本能ではアレを《ジーニー》と認められずにいる……いや、もしかしたら根本から思い違いをしているのではないか。

 考えを改めるべきではと思った直後、何を思ったのか航一が全力で地面を踏みつけた。

 地面の砕ける音とともに何かもっと大きな、空間そのものが砕けるような音が周囲に響き渡る。

 何が起きたのか理解出来なかったのは一瞬のことだった。直後にアワリティアは全身にかかる重圧を感じて航一の意図を悟った。


 バカな!

 バカな、バカな、バカなッ!


 航一があの踏み込み一つでアワリティアの結界を粉砕した。結界を維持する魔力の中核を正確に見抜き、そこに膨大な魔力を練り上げた一撃をたたき込んだのだ。そのまま、消え去る結界の代わりに、航一が新たな結界を瞬く間に作り上げたのだ。

 何故だッ! 何故、こんなにも強い力を振るえるッ!

 そう叫び出したかったが、象の足にでも踏みつけられたかのような重圧によって、肺が圧迫され声にならない。

 確かに航一の魔力はかつて見たことが無いほど膨大だ。だからといって強大な力を扱えるようになるものではない。膨大な貯水槽があっても、蛇口が小さければそれなりの水しか出てこないのと同じように、魔人の力の大きさによって一度に使える力の大きさが異なるのだ。

 確かにネシャートと呼ばれた《ジーニー》であれば、通常ならアワリティアより大きな力が使えるのだが、力を使うことに慣れているアワリティアは決してその能力でネシャートに劣るものではない。実際、《神の工芸品》を自ら食らうなどという裏技を使ったとは言え、先ほどまでネシャートの力を押さえ込んでいたのだ。

 だが、航一は……いや、航一と融合した『カナ』は、そんなアワリティアの力を物ともせず、あっさりと押さえつけてくる。

 《装飾品の魔人》では絶対に出来ないことを事も無げにやってのける……その事実を前にして、アワリティアはある可能性に気が付いた。

 航一が左手にはめている《指輪》……あれは本当に、《装飾品》なのか?

 そう疑問に思った途端、アワリティアの全身から薄ら寒い汗がジットリと溢れ出る。

 嘘だ。

 そう思いたかった。

 そんなはずは無い。

 そう否定したかった。

 だが、自分の予想を否定できる材料は無い。

 確かアワリティアはおろか、ネシャートよりより上位の存在……《王》の名を冠する《工芸品》……その中には指輪は無かったか……。

 ドッと嫌な汗が噴き出る。

 喉が渇き呼吸がおぼつかないのは何も重圧のせいだけではない。

 違う! そんな筈は無いッ! もう《王》の名を冠する《神の工芸品》は現存しない筈だッ!

 あのレベルであればとうの昔に役目を終えている筈なのだッ!

 現存する確証はない。自分の勝手な思い込みだ。

 だが、その可能性を否定しきれない。

 いや、否定しても意味はないことに気が付いてしまった。

 もし『カナ』の階位が第四位《装飾品の魔人》であったとしてもアワリティアを超える可能性だってあるのだ。それは自分自身の存在が証明していた。

 今のアワリティアは魔力を扱い慣れているが故に並の《ジーニー》より力が強い。それこそ階位を超えて強くなっている。その自覚はあった。

 だが、同じように強くなった《ジーニー》がいる可能性があることに、今の今まで思いつきもしなかった。もしあの《ジーニー》がアワリティアより長い年月をかけて魔力の扱いに長けているなら……。

 いずれにせよ『カナ』と呼ばれた《ジーニー》がアワリティアの力など物ともしない存在であるという事実に変わりない。自分ではあの《ジーニー》の足下にも及ばない、それに気付いた瞬間、アワリティアの全身を恐怖が包み込んでいた。


「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!! た……助けッ……」


 アワリティアが悲鳴を上げて後退る。

 航一の作り出した重圧のためにまともに逃げることも出来ないが、それでもアワリティアは必死に這いつくばって逃げようとする。

 駄目だ。

 ここにいては駄目だ。

 早くこの場から逃げなければ。

 全身の震えが止まらない。

 引きつった目元には涙の粒が浮かぶ。

 声は悲鳴にしかならず、それも掠れて殆ど声になっていない。

 腰は完全に抜け、芋虫のように這いずるしかないが、形振りなど構う余裕すら無い。


 だが……航一は容赦しない。

 ズシャっと砂利を踏みつける音がアワリティアの脇から聞こえる。

 そこにはアワリティアに終末を告げる者が――冷たい怒りを全身から立ち昇らせた、赤き服を纏う《融合者》が立ち塞がっていた。



      ■



「あ……ああ……あわ……が……」


 俺からあふれ出す気配におののいたのか、それとも佳奈の存在に恐怖したのかアワリティアは完全に腰を抜かし、立ち上がれずにズリズリと後ろに下がる。

 そんなアワリティアに俺はゆっくりと近づく。


「いや、やめ……止めて……来ないで……そ、そうだッ! もう私はこのまま貴方たちの前から立ち去るから、だから良いでしょ? ね? 見逃して……いや、許してください。あやまりますからッ! だから……だからッ! もうこの街にも、いや、この国にも来ないからッ!」

「でもお前、次の犠牲者をすぐに見つけて同じ事するだろ?」

「し、しないから……しませんからッ!?」

『そんな筈は無いと断言できます。もうこの《マリシアス》は宿るべき《神の工芸品》が存在しません。ですから必ず魔力を持つ契約者を次々に犠牲にして生き延びようとします。でなければ程なくして魔力が枯渇し、それと同時に消滅してしまうのですから』


 俺の左耳のあたりからネシャートの声が聞こえた。恐らく佳奈と同じような状態で俺の左後ろにいるのだろう。どんな姿か想像できてしまうので、あえて確認はしないが。


『ああ、俺もそう思うよ』


 ネシャートの意見に俺は大いに同意する。

 アワリティアは元人間かもしれない。

 アワリティアを意図して消滅させることは、人殺しに等しいのかもしれない。

 けれど、このまま見逃せば必ず次の犠牲者が出る。

 その犠牲者が俺の大切な人たちじゃないという保証はどこにも無い。

 だったら………………。


「どっちにせよ消えるなら、俺の目の前で確実に消してやるよ」

「嫌、嫌、まだ消えたくない、私はこんな終わり方したくないッ! 私は解放されたいッ! あんな墓場みたいな薄暗い場所で朽ち果てたくないッ! 私は何も悪くないッ! 身勝手な願いばかり言う奴らが悪いのよッ! 嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌ッ! 許してッ! 助けてッ! 誰かあぁぁぁぁぁぁッ!」


 アワリティアは、そう言いながら必死に逃げようとするが、足が滑るだけで、立ち上がることも後ろに下がることも出来ずにいる。腰が抜けているのか、しゃがみ込んだまま俺が近づくのを絶望の表情で見上げた。

 その顔を見ても、許そうという気持ちは湧かない。寧ろ逆にさらなる怒りがこみ上げてきた。

 先ほどまで、コイツは自分の力を振るって、自分より弱い人間を傷つけてきた。自分の目的の為に殺そうとまでしていた。それなのに、自分より力の強い存在が顕れただけで、まるで自分の方が被害者のような態度を取ったことに、強い憤りを感じる。


「今更……今更被害者面してんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 俺は振りかぶった右手をアワリティアの顔面に全力で振り下ろす。地面が爆発したかと錯覚するほどの轟音が響き、瓦礫の破片が周囲に飛び散る。

 アワリティアはその顔面を歪めながら頭部を半分以上地面にめり込ませ、そのままゴム鞠のようにバウンドして空中高く放り出された。


「ネシャートッ!」

『はいッ ご主人様ッ!』


 ネシャートの力が右手に集まり、それは一本の剣――いや木刀となって顕現する。

 身体の強化は全て佳奈に任せている。ここにネシャートの力を加えて高い効果は望めないと佳奈に助言を受けていた俺は、ネシャートの力を一点に集中し武器にした。

 第二階位の《ジーニー》の力の全てが集約された武器。

 如何にアワリティアが強化されていようと、この木刀なら確実に倒せる。そう直感できる力を感じ取り、意図せずほくそ笑む。


『剣の扱い方を知らなくても扱えるよう木刀にしたのですが、問題ありませんか?』

「ああ、問題ないよ」


 寧ろ身体能力が上がった分、ただ叩きつける武器の方が扱いやすい。

 俺は刃のない刀を大上段に振り上げた。

 切っ先から力の奔流が雷光となって天にいくつも突き刺さる。

 未だ空中にあってゆっくりと回転するアワリティアが、恐怖に染まった目で俺をを見る。その目は、自分の身に何が起きるのか正しく理解していた。引きつった顔が恐怖に歪み、まるで醜い老婆のごとき表情を作り出した。


「止めて止めて止めて止めえぇぇぇぇぇぇぇッ!」


 そんな懇願など構いもせず、俺は全力でその木刀をアワリティアに振り下ろした。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」


 落雷のごとき轟音の後、巨大が風船が破裂するような音と獣のごとき断末魔の叫びを響かせながら、ひしゃげたアワリティアの肢体が光の粒子となって爆散した。



こ……ここまで書くのに何年かかってんだか……w

でもここまで来たよw

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