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36話 多重契約



『コウちゃんッ! 魔法が来るッ!』


 佳奈がアワリティアの異変に気付き警告する。俺は佳奈の声に導かれるように左手のひらをアワリティアに向けて、目の前で軽く円を描く。

 空間に光る魔法円が描かれた円盾(シールド)が浮かび上がると同時に、アワリティアの手から炎の塊が立て続けに放たれる。

 一つでも直撃したら大火傷ではすまなそうな炎が迫るが、そのことごとくが円盾(シールド)に接触し爆発、霧散する。爆発の影響は完全に防がれており、先ほど佳奈が宣言したように俺は火傷どころか髪の毛の先すら炎に炙られてはいない。

 それでも視界だけは一瞬炎で遮られる。

 その一瞬を突いてアワリティアが俺のサイドに回り込む。そのまま俺を無視し俺の背後――市ヶ谷達に向けて炎を放った。


「しまったッ!」


 俺は慌て気味にそう口走ってしまったが、直後に佳奈に『大丈夫だよ』と囁かれる。

 俺の背後で爆音が聞こえるが、直後に「こちらは大丈夫です」とネシャートの声が聞こえてほっとする。見ればネシャートが大きな光の円盾(シールド)を構え、アワリティアの攻撃をことごとく防いでみせた。

 そうだ。

 市ヶ谷達はネシャートが必ず守ってくれる。そう願った俺の願いを必ず叶えてくれる。

 そう思うだけで俺の心に余裕が出来るのを自覚する。

 余裕が出来たならまずやることがある。俺はそう決意すると、アワリティアに向き直る。


 逆に、アワリティアの表情からは完全に余裕が消えていた。

 続けざまに攻撃を繰り返していたアワリティアが、ここに来てやっと違和感に気付き始めたのだろう。

 先ほどまでアワリティアの攻撃はほんの少しだけ俺の体を捉えていたが、今は全くといって良いほど俺の体に触れる事が出来ないでいる。

 そのことごとくが躱され、あるいはブロックされているという事実を前にして、アワリティアの顔が怒りで真っ赤になった。


「貴様……貴様、貴様、貴様貴様貴様、ふざけんなよッ!」

「だからふざけてるのはそっち……だろッ!」


 動揺に震えるアワリティアの一瞬の隙を突いて、俺は一気に間合いを詰めると、固く握った拳を全力で振り抜いた。

 突然攻勢に出た俺にアワリティアは反応できず、俺の拳は易々とアワリティアの顔面を捉えた。

 アワリティアの障壁に拳が激突する。


「くぉのおぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 俺は渾身の力を込め、障壁ごとアワリティアをぶち抜くつもりで拳を振り抜く。その甲斐あってか、ついにその一撃がアワリティアの障壁を突き破り、その顔面に深く突き刺さった!


「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 ハンマーで殴りつけたかの様な手応えが拳から肩に伝わると同時に、アワリティアの汚い悲鳴が上がる。

 数回バウンドすると、人間に殴り飛ばされたくないというプライドなのか、アワリティアは回転しながらもその流れに逆らわないようにして体を捻り、倒れることなく再び立ち上がって構をとった。


「……何故……何故だ」


 アワリティアは、先ほどから何度目ともしれない『何故だ』を繰り返す。


「何故複数の《ジーニー》と多重契約が出来るッ!? 何故私の結界で弱体化しないッ!? 何故お前達の攻撃が一方的に私に届くッ!?」


『願いを叶えることを最優先にしていないからだよ。だから私もネシャートちゃんもコウちゃんと同時に契約出来るんだよ』


 佳奈が哀れむような声でそう言った。勿論、この声は俺にしか届いていないだろう。そして俺には佳奈が言わんとしていることが、理解できた。

 元々、《ジーニー》にせよ、《マリシアス》にせよ、魔人が契約者に願いを叶えて貰うことは魔人自身を解放するという目的にも沿った、いわゆる等価交換で成り立っている。もしかしたら魔人にとって『解放』とは契約者が願いを叶える事よりも価値があるものではないか。そう俺は考えた。

 だからこそ、『解放』を優先するあまり、契約者の目的をねじ曲げてでも願いを強要する《マリシアス》が生まれたのかもしれない。

 ネシャートに初めて願いを叶えて貰った日の翌日、ネシャートは自分を責めていた。自分が願いを叶えて貰うことを優先したと、そう嘆いていた。その言葉からも、魔人が契約者に願いを叶えて貰うということは、契約者を思っての行動ではなく、魔人にとって都合が良いからに他ならない。

 だが、今のネシャート……そして何より佳奈は……。


『私達は、コウちゃんに願いを叶えて欲しいんだよ。私達の都合じゃなく、コウちゃんが願いを叶えることがコウちゃんの幸せに繋がるよう願ってる。コウちゃんの願いが私達の願いでもあるから、自分の都合だけを押しつけるような願いは絶対にしないって、そう決めてるの』


 そうか……。

 俺が佳奈とネシャートに願っていることは、根っこは同じ物だ。

 市ヶ谷や木嶋を守りたい。でもそれだけじゃ無い。俺はネシャートも佳奈も守りたい。

 佳奈もネシャートも笑って暮らせる……そんな日常が欲しい。それに佳奈もネシャートも、きっと同じ事を願っている。そう信じられた。

 だからアワリティアには分からない。

 自分の『解放』が全てに優先する《マリシアス》には理解できっこない。

 魔神同士は基本不干渉であるとネシャートは言っていた。より大きな力を振るって大勢の人を傷つけることのないよう、不干渉を貫いていた。

 だが、今のネシャートは佳奈の幸せを願っている。そして当然のように佳奈もネシャートの幸せを願っていた。そして人を傷つけるだけの《マリシアス》から俺たちを守りたいと、そう願っているのだ。

 魔人と契約者の願いの一致。それが今の俺たちの状態を作り出しているのかもしれない。


『私はコウちゃんに十年かけて沢山の魔力を、願いを、幸せを貰ってる。そんなコウちゃんの願いなら、私は自分の都合なんか後回しにして叶えてあげたい。心の奥からそう思ってるの』


 そっと右手に佳奈の温もりを感じる。その右手から溢れんばかりの力が全身を駆け巡るのを感じた。


『それにね……きっとネシャートちゃんもそう思ってるよ』


 俺の想像を補足するように佳奈がそう言った。俺もその言葉に静かに同意する。

 もうこの状態での感覚にも大分慣れた。これ以上、アワリティアに付き合う必要はどこにも無い。ここ数日の壊れた日常に終止符を打とう。

 そう決意しながら、俺はもう一度拳を固く握る。

 今の俺は自分の中に例えようも無いほどの無敵感を感じていた。それは勿論、魔人の力と融合したことも理由としてはあるんだろう。だが、それ以上にもっと単純な理由が、俺だけの理由があった。


 佳奈が傍にいる。


 ただそれだけで俺は全身に途轍もない力が湧くのを感じていた。

 虚脱感に支配され、自分の腕すら重いと感じていたここ数日とは比べようもないほどの高揚感に包まれる。

 今なら、全力を出せる。

 いや、全力以上を、限界以上の力をいくらでも出せると確信がある。

 そう確信するほどに、実際に自分の中に爆発的な力が生まれた。


『これがコウちゃんの魔力だよ』


 これが……俺の魔力。

 汲み上げても汲み上げても減らない海の如き膨大な力に触れ、それでも恐怖はない。

 実際にはあるかもしれないが、佳奈がいなくなる恐怖に比べたら力の大きさに対する恐れなど塵芥(ちりあくた)に等しい。

 だから今なら……俺はアワリティアには……いや、どんな《マリシアス》だろうと絶対に負けない! 負ける要素が微塵も感じられない!


『私はコウちゃんの願いを叶えたい。叶え続けたい……ネシャートちゃんは、どう思ってるの?』


 佳奈がネシャートにそう問いかける。

 ネシャートには声が届いたのだろう。それまで硬直したままピクリとも動かなかったネシャートが顔を上げて何か言いたそうにした。


『契約者が魔人に願うんじゃない……ネシャートちゃん自身はコウちゃんを助けたくない?』

「助けたい……力になりたいですッ!」


 ネシャートが自身の胸元を押さえ、そう叫んだ。

 同時にネシャートの姿が消える。


「「えッ!??」」


 市ヶ谷と木嶋には何が起こったのか分からなかっただろう。だが、俺には何が起きたのか瞬時に理解した。

 俺の中に佳奈だけじゃない、ネシャートの存在も同時に感じ取れた。

 多重契約による《ジーニー》との多重融合。ただし佳奈の力とは発現の仕方が違うため、改めて感覚に慣れる必要はない。

 ネシャートが俺に渡してくれた力は、意外にも攻撃力特化した力だった。ネシャートの外見や性格からは想像の出来ない力。

 ネシャートの力が佳奈の力と混ざり合い、俺の右足に収束する。


「さあ、そろそろ終わらすぞッ!」

『うんッ!』

『はいッ!』


 俺はそう言うと、佳奈に導かれるまま魔力を右足に集め、そのまま全力で地面を砕かんばかりに踏みつけた。




佳奈「このタイトルさあ……」


(うん?)


佳奈「何かちょっとだけ、犯罪っぽいというか……」


(改めて見て俺もそう思ったが今さら変えられなかった……)


航一「佳奈……さっきから誰と話してるんだ?」


佳奈「ん? 作者」


航一「は?」

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