35話 反撃
俺はアワリティアの顔面目掛けて拳を振るう。
外見が少女だろうが容赦はしない。してなるものかと自分に言い聞かせる。
そう意識した途端、それまでとは桁外れの速度で身体が動く。
あまりの速度に驚倒し、本能的に身体に制動をかける。そのため生じる一瞬の挙動の遅れ、それが相手に僅かな余裕を与えてしまう。
拳が当たる直前にアワリティアが何かを呟くと、障壁の様な《何か》がその身体を包むように輝いて俺の拳が阻まれた。
障壁と俺の拳の間にバチバチと電気のような光が弾け、歪みを生んだかのように視界がねじ曲がっていく。
障壁を砕かんばかりに力を込めて拳を振るうが、拳の軌道を逸らされて僅かに鼻先をかすめる程度にとどまる。しかし数歩後退したアワリティアの鼻からは血が流れていた。
同時にアワリティアが発生させていた重圧が消え失せる。その瞬間を逃さず、ネシャートは市ヶ谷達とアワリティアの間に立ち、二人を守るように両手を広げた。
ネシャートが自由になったというのに、アワリティアは黙ったまま動かない。ただワナワナと震え、自分の鼻からポタポタと落ちる赤い滴を見つめている。
数秒、そうして黙っていたかと思うと、突然アワリティアは俺を見てあらん限りの声で叫んだ。
「この…………この力はなんなのだ!」
「何って魔人の力だろ? 違うのかよ?」
「あり得ないッ あり得る筈が無いッ! 大体何故私の結界の中でそれほど自由に力を行使できるッ!?」
再度結界内の圧力が高まる。ネシャートは膝を着くが、倒れてなるものかと歯を食いしばり、額に汗を浮かべながらも真っ直ぐに顔を上げる。
俺の方は多少の圧力を感じてはいたが、それ以上の影響を感じてはいない。
そんな俺をアワリティアが憎々しげに睨みつけるが、それを意に介さず真正面から睨み返す。
そんな顔した程度で済むと思うなよ。今までコソコソと俺の周囲の人間を傷つけるような真似しやがって……月並みだが、コレまでの鬱憤、万倍にして返してやるぜ!
「たかが指輪の……《装飾品の魔人》の力がこんなに強い訳がない……あり得ない! 私より力が強いなんて認めない! 許さない……絶対に許さない」
アワリティアは自分の身体を抱きしめるように、ブルブルと震える肩を両手で押さえた。
「許さないのはこっちだ! 巫山戯んじゃねぇッ!」
「調子に乗るんじゃねぇぞ! 人間がぁぁぁぁッ!!」
アワリティアが怒声とともに放った拳を掌で受けると、轟音と衝撃波が発生する。幸いアワリティアが俺達を閉じ込める為の結界の影響なのか、周囲の建造物には全く影響がない。
だったらこちらも遠慮なくやれるということか。ならば俺は背後の市ヶ谷と木嶋、それと二人を守ろうと身構えるネシャートに被害が及ばないように最大限努めるだけだ。
と決意したものの、状況はそれほど優勢ではない。
激高したアワリティアは遮二無二攻撃してくるのだが、それが絶え間なく続いていて終わる気配がない。人間と違ってスタミナが底なしなのだろうか。
『違うよ。魔人は体力じゃなくて魔力で身体を動かしてるから肉体的な疲労は少ないんだよ。それに身体を動かすのに必要となる魔力はすごく少ないから人間のスタミナとは比較できないよ……ただ、あの《マリシアス》は魔力の供給源を失ってるから大きな技を連発することは無いと思う』
『格闘戦だけなら相手はどの位もちそうなんだ?』
『うーん、三日くらい?』
そりゃ、駄目だ。三日も殴り合ったら、例え有効打が無くてもこっちの精神の方が先にくたばる。となると、長期戦に持ち込むのは不利か。そうなると短期決戦と行きたいのだが、現状はまだ防御に専念するのが精一杯だった。
相手の攻撃に切れ目がないのも原因だが、それ以外にも慣れない感覚の制御に気を取られた上、背後を守ることに重点を置いているため、思うように攻撃に意識を割くことができないもの大きな理由だった。
そんな俺の様子に気が付いたのか、アワリティアは一旦攻撃を止めると、口角を醜く歪めニヤリと嗤った。
「そういうこと……そういうことなのね……」
「何がだよ」
動かないまま聞き返す俺を無視し、アワリティアがそれこそ目が追いつかない程の速度で拳を、そして蹴りを放ってくる。
速いッ!
なんとかギリギリの所でアワリティアの猛攻を避け、あるいは防御しているのだが、切れ間の無い猛攻を凌ぐのに精一杯で、攻撃には中々結びつけられない。
「やっぱりねぇ……貴方、手にした力が制御出来なくて、攻撃にまで気をまわず余裕が無いのでしょう?」
「チッ!」
図星を突かれ思わず舌打ちをしてしまった俺は、慌てて口元を隠す。
そんな俺を見たアワリティアが益々嬉しそうに口角を歪めて嗤う。
「ふうぅん……だったら、こういうのはどう……かしらッ?」
アワリティアの体がぶれたと認識した直後、分身でもしたのかと錯覚するほどの速度でもって繰り出される攻撃に、俺は益々防戦一方に追いやられる。アワリティアの指摘通り、攻撃に回るだけの余裕が無い。
そんな俺を見て自身の予想が確信に変わったのだろう。アワリティアの攻撃はさらに苛烈さを増す。つうか、まだ回転上がるのかよ。
「ははっ! やっぱり防戦一方じゃねぇかッ! 何が『お前をぶちのめす者』だよッ! そんな余裕がどこかにあるんですかねぇ? このボケ小僧がッ!」
「くうッ」
アワリティアの拳が僅かに頬を掠める。それだけでビリビリと全身に衝撃が走るような感覚に囚われ、俺は蹈鞴を踏む。実際にはそれほどダメージになってはいないのだが、アワリティアの殺気が俺にそう錯覚させる。本来ならその錯覚に惑わされないよう努めるべきなのだが、俺は敢えてダメージがあるように装った。
『コウちゃん、大丈夫?』
『それ、聞く?』
一応、心配そうに聞いてくる佳奈に、俺はいつもの調子で応える。
『まあ、一体化した今、自分の事のように分かるんだけどね』
『なら良し』
『でも、あんまり無茶しないでよ? 勿論、コウちゃんには傷一つつけさせるつもりはないんだけど』
『頼りにしてるぞ』
『えへへへへへへへへへへへへへへ』
『……ちょっとキモい』
『……酷いよッ!?』
大分余裕があるじゃないかって?
実のところ…………俺は少しずつ余裕を取り戻していたし、アワリティアが調子に乗ったのを見て、内心してやったりとすら思っていたのだ。
アワリティアがこちらの思惑に気付かないまま攻撃を繰り返してくれているので、俺は自身の感覚のずれを急速に修正することに集中していた。防御に関しては俺が意識して行っているのでは無く、俺の体を佳奈が操って行っているので、俺は自信の感覚のずれを調整する事に専念できた。同時に、最初はついて行くだけで精一杯だったアワリティアの攻撃速度にも次第に目が慣れ、段々と見切れる様になっていた。
そんな俺の変化にアワリティアはまだ気が付いていない。圧倒的優位の前に本来なら気付くべき違和感に気が付いていない。これはアワリティアが直接戦闘にはそれほど慣れていない証左とも言えた。普通なら防戦一方の相手なのにクリーンヒットが一度も無いことに、そろそろ違和感を憶えるはずだ。
だがアワリティアは、完全に自分の優位に酔っていた。その為、攻撃速度に頼ったまま、単調な攻撃を繰り返している。または佳奈を《装飾品の魔人》とみて舐めてかかっているのかもしれない。いや……もしかしたらそう思い込みたがっているのか?
先ほど佳奈と契約する際に現れた《扉》は《調度品の魔人》であるネシャートよりも遙かに大きかった。とすると、佳奈はネシャートより上位の魔人である可能性が高い。
最もネシャートが知らないだけで、魔人の《格》と《扉》の大きさは必ずしも一致しないのかもしれない。
ただ、その懸念がアワリティアにもあるのだろう。先ほどから絶え間なく攻撃を繰り出すアワリティアには、それほど余裕を感じない。
余裕が無いからこそ自身の魔力が尽きるより早くに、俺のスタミナが無くなるよう間断なく攻撃を繰り返しているのかもしれない。
いずれにせよ、俺たちを心のどこかで舐めていることは間違いなさそうだ。格下に負けるはずが無いと思っているからこその単調な攻撃。打撃ばかりで掴み技も投げ技もしてこないので――こちらの油断を誘っているので無ければ――対応しやすいと言えた。
『佳奈』
『なに?』
『アワリティアが何か隠し球を持っていないかだけは警戒していてくれ』
『うん、分かってる』
『頼む』
それだけ佳奈に伝えると、俺は防戦に努めた。佳奈に警戒を任せ俺はアワリティアからの攻撃に集中する。もっとも、この僅かな時間に俺はアワリティアの攻撃を自身で見切れる様になっていた。
その証拠に佳奈に警戒を促した直後から、俺は体の制御を佳奈から返して貰っている。つまり現時点ではアワリティアの攻撃は俺自身が見極めて防御していた。
同時に自身の思考速度が次第に上がっていくのを感じる。この猛攻の中、相手の行動一つに対して、考えられる事がだんだんと多くなっていっているのをはっきりと自覚する。
これは佳奈との融合に慣れてきたからだろうか?
いや、まだ油断するな。
改めて俺は自分に言い聞かせる。
俺が気を引き締めるのを肯定するように、視界の端で佳奈が頷く。
『そうだね。そろそろ焦れて魔法での攻撃をしてきてもおかしくないかも』
『そっち、任せて良いか』
『うん、任された!』
アワリティアが妙な仕草をし始めたのは、そんな遣り取りが終わった丁度その時だった。
佳奈「何か投稿ペースが上がってない?」
(ほぼ書き終わったしね~)
佳奈「なんですと? じ、じゃあツイッターとかで宣伝しないの?」
(全話投稿してからかなぁ? 今やってもすぐ書き換えることになるし)
佳奈「それだと、あまり読んで貰えずに終わるんじゃない?」
(元々あまり読んで貰ってない……)
佳奈「オイ」




