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33話 復活


       ■



「あの時は言葉の意味すら分かっていなかったんだよッ!」


 その言葉とともに俺は跳ね上がるようにして立ち上がった。

 自分の寝言で起きてしまったかの様な感覚の中、周囲の異様な雰囲気に僅かに狼狽える。

 その場にいた全員がそれぞれの思いとそれぞれの視線でもって俺を見ていた。

 ボロボロと泣きながら、驚きと嬉しさ、そして恥ずかしさが混じった顔で俺を見る市ヶ谷。

 立ち上がった俺を一瞬驚いた眼で見て、少し安堵した顔をする木嶋。

 アワリティアに踏みつけられた状態で、驚きと安堵、僅かな寂しさを滲ませた顔で俺を見るのはネシャートだ。

 そしてアワリティアは信じられないものを――いや、信じてはいけないものが目の前に存在するかのような憎々しげな目で俺を見ていた。


 このまま即反撃開始と行きたいが、今の俺は文字通り満身創痍、余力など皆無である。こうしている間にも全身から力が抜けていく。

 アワリティアもそれに気がついたのか、驚きを沈めるとあの嫌な笑みを浮かべて言った。


「まだまだ思ったより元気そうじゃ無い。まあ、貴方が今更起き上がったところで、どうにもならないんだけど? というか、今にも死にそうじゃない」


 アワリティアの嘲笑に対し、俺は真正面から睨み返す。何か言い返してやりたいが今は余裕が無い。それよりやるべき事を先にやらなければならない。そう自分に言い聞かせ、アワリティアを正面から見据えたまま、俺は左手の甲を口元に近づける。

 そして、何も無い筈の薬指の根元にそっと口づけた。


 そこに指輪が――《神の工芸品》が出現した。


 一瞬、「まさかッ!」と言いたげにアワリティアの表情が歪む。だが直後にその顔に再び見ている方が不快になる笑みが戻る。


「まさか、まだそんなものがあったなんてね。まあ今更《装飾品の魔人》が顕れたところで今の私にとっては脅威でも何でもないけど? 分かる? 《調度品の魔人》との契約を破棄して格下指輪の魔人と契約したって、今の私には勝てないのよ?」


 アワリティアの声を無視して俺は左手の指輪に触れ、数回擦る。

 指輪を中心に、膨大な光が奔流となってあふれ出す。


「無駄なのに……。ああ、そうなのね、そっちの魔人も私に食べさせてくれるの……ぐかぁぁぁッ!!」


 耳をつんざく轟音と絶叫とともに、アワリティアは突如として弾丸の如く吹き飛び、そのまま廃墟となった建物に激突する。柱にでも激突したのかそのまま建物は倒壊し、アワリティアは押しつぶされるように瓦礫の山に埋もれていった。


 その様子を最後まで見届けたかったが、左手の指輪から溢れ続ける光によって、すぐにその様子を見ることは出来なくなった。

 光が収まらないまま、あまりの光量に目を覆おうとすると、誰かが正面から抱きついてきて、俺の首の後ろに腕を回した。

 うっすら目を開けると、光に反射する金色の髪と褐色の肌が見えた。

 それは俺の耳元に口を近づけて囁いた。


「主様。 どの様な願いでもお申し付けください。私は貴方の下僕。その指輪の契約者の奴隷でございます。あと、エッチなお願いでも大歓迎♡」

「いきなり何を言ってるんだお前は。あと俺を主様とか呼ぶんじゃねぇ」


 光が収まると、俺に抱きついていた存在がそっとその身を離す。

 そこに居るのは、さっき記憶の中でみた魔人。褐色の肌と黄金色の髪をもつ神成佳奈そっくりの『ラービタ』。


「『ラービタ』って呼べば良いのか?」

「あ、それ思い出したんだ? ふーん……」


 何故ジト目で俺を見る。危うく死ぬところだったんだぞ。

 そこまで考えてからふと自分の体の違和感に気付く。


「あれ? 治ってる?」

「うん。治した」


 当然でしょ? と言いたげな顔で俺を見る『ラービタ』


「でも、まだ何も願ってねぇぞ?」

「ずっと願っててくれてたよ?」


 一瞬何を言っているのか理解が追いつかなくなるが、直ぐに何を言われたのか理解した。

 コイツにとって、あの時の願いはまだ継続中なんだ。いや、そうしたいと思って貰えているんだ。

 『チカちゃん』と別れたことが始まりだった願い。

 あのとき俺は『チカちゃん』と別れてしまったことは、ある程度自分の中で受け入れつつあった。辛かったけど、そうしなきゃいけないって思ってた。

 ただ、これからも寂しい思いを続けることが耐え難かった。

 そして目の前の『魔人』が寂しい思いをしていることを知って、それを受け入れたくないと思っていた。

 そうして俺の中に芽生えた願い。

 お互いが寂しくないように。それだけをお互い願った。

 それが俺と佳奈の始まり。


「『佳奈』……」


 俺はそう言って佳奈を抱き寄せた。


「あ…………うん。まだそう呼んでくれるんだ?」


 佳奈が少しだけ涙声になって言った。


「ああ、当たり前だろ。お前は俺の為だけに『神成佳奈』になってくれたんじゃないか」

「…………うん」


 返答と同時に俺の中で『ラービタ』から『佳奈』に変わる。

 褐色の肌は透き通る様な白い肌へ。黄金に輝く髪は馴染みのある栗色の髪へと変わる。ただ、着ている服だけが、魔人の……初めてネシャートが顕れた時と同じアラビアンドレスのままだ。


「お前のスタイルでその格好は色々危険だな」

「今ここで欲情しちゃダメだよ?」

「するかっ」

「夜になったらしても良いから?」

「するかッ!」

「『けっこんしてください』?」

「それ言うの止めてッ!!」


 そんな俺との遣り取りをする佳奈の姿を見ていた市ヶ谷と木嶋が息を呑む。一呼吸置いた後、二人同時に声を漏らした。


「「神成……さん?」」


 何で忘れていたんだろう。その顔にはそんな言葉がありありと浮かんでいた。

 あと他にも何か言いたそうにしてるが、次の言葉は出てこない。

 次の言葉の前にアワリティアが埋まっていたあたりの瓦礫がガラガラと崩れ落ちる。

 怒りの表情で俺たちを見るアワリティアが瓦礫の山から這い出してきた。


「……ふざけんじゃねぇぞ、《装飾品》の……下級魔人ごときが……私に楯突いて只で済むと……」


 アワリティアの言葉を轟音が消し去る。反射的に音のした方を見ると、再びアワリティアが瓦礫に叩きつけられ、何度もバウンドしてひっくり返るのが見えた。

 問答無用の上にかなり容赦がない。


「ふざけてるのはそっちでしょ? 私の大切な主様を殺そうとしておいて、そっちこそ只で済むと思わないでよね」


 佳奈の声に怒気が混ざる。

 その全身から力が吹き出し、市ヶ谷や木嶋、ネシャートですら圧倒されている。

 うわ……すげぇ怒ってる。しかもとんでもなく。

 過去に一度、佳奈を凄い怒らせたことがあった。それ以来、その時佳奈を怒らせた言葉は禁句にして二度と言わないようにしているのだが、その時の比ではないほど怒っていた。

 佳奈の事を知った気になって、まだまだ知らない事があったんだな。

 そう思っていると、佳奈が何かを感じ取ったのかアワリティアの方を見たまま言った。


「私の逆鱗は『主様を傷つけること』だから……まして殺そうとした相手には本気で怒るに決まってるじゃない」


 その言葉の中に、ちょっとした不安を感じ取った俺は、佳奈の頭にそっと手を添えて、宥めるように撫でた。

 その行動に意図を察した佳奈が、少しだけ怒り鎮める。


「ネシャート」

「は、はいッ!」


 呆然とその一部始終を見ていたネシャートが俺の言葉に立ち上がる。

 そこでやっとネシャートは自分が自由に動けるようになっていることに気付いた様だった。


「市ヶ谷と木嶋を……」

「はい、必ずお守りしますッ!」

「後で力を貸して貰うと思うから」

「はい」


 俺の言葉を先読みし、ネシャートが木嶋を連れて市ヶ谷の傍に移動する。

 そんなネシャートに協力を申し出たのは佳奈だった。

 ネシャートは何かに気が付いたのか、佳奈の言葉に素直に返答した。


「何故……願いも聞かずに……」


 アワリティアが瓦礫をどかしながらそう呻く。

 見た目に怪我をしているように見えないが、それでも消耗しているのか呼吸が少し荒い。


「何故願いも聞かずに魔力が使える!? ……まさか、オマエは《マリシアス》なのか?」

「冗談言わないでよ。《マリシアス》なんかな訳ないじゃない。歴とした《ジーニー》……ううん。《神成佳奈》よ!」

「何だと……何なんだそれはッ!」


 アワリティアは、言っていることが分からないとばかりに声を張り上げた。

 ごめん。俺も分からない。いや、言いたいことは分かるんだけど、どうしてそこまでドヤ顔なのか分からない。

 まあ、佳奈は佳奈だと思うしかない……と結論づけたところで『なるほど』と納得してしまい、ちょっと可笑しくなった。

 俺以外の人間も魔人も、佳奈が何を言っているのか分かってないようだったが……。


「何故……何故……何故私の結界の中で格下の魔人がこれほどの力を使える? いくら契約者の魔力が大きいからと言え、こんな力を振るえる訳がない!」

「契約者を自分の奴隷くらいにしか思っていない魔人には分からないよッ!」


 そう断言する佳奈。説明するつもりもないと、そう態度で示す。


「まあ、コイツは《神成佳奈》……そういうことなんだろう」

「さすが、分かってくれるんだ?」


 あんまり分かりたくなかった気もするけど。


「だったら、主様とか呼ぶな」

「……今までみたいに、呼んで良いの?」

「お前以外、誰がそう呼ぶんだよ?」

「んー、市ヶ谷さんとか?」

「拗ねるなよ」

「じゃあ、はっきり言って?」


 くっそ。恥ずかしい事を要求してきやがる。とは言え、今は佳奈に逆らうことなど出来そうに無い。いや、そうじゃない。


「…………俺は、お前に…………『コウちゃん』って呼んで欲しいんだよ」

「うんッ! コウちゃんッ!」


 佳奈が春の日差しの様な明るい笑顔で頷いた。俺がずっと見たいと思っていた笑顔。

 俺がずっと見たいと思っていた、飛びっきりの笑顔。


 ああ、そうだよ! 俺は多少自分が恥ずかしい思いをしても、この笑顔が見たかったんだよッ! 悪いかッ!


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