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32話 最初のお願い



『うん、本当だよ。だから何時までも泣いてないで笑って……』


 そう魔人に促され、幼い俺は涙を拭いた。だが、その顔には笑顔が浮かばない。喉に何かが引っかかっている様な顔をして考え事をしていた。

 そして躊躇いがちに魔人に聞いた。


 ――でも、ぼくのねがいをかなえたら……おねえさんはどうなるの?


『うん? そうしたらね、またその指輪の中に戻るんだよ』


 ――…………ひとりで?


『うーん……まあ、そうなんだけどね。でもそれがお姉さんの使命な訳だし……』


 ――しめい……? しめいって、なに?


『お仕事って言えば分かるかな? お姉さんは君みたいな人達の願いを叶え続けるのが仕事なの……誰かの願いを叶える為に、お姉さんは存在するの』


 ――ぼくのねがいをかなえることが……しごとなの?


『うん、そうだよ』


 ――じゃあ、なにもおねがいしないッ!


『え? ちょ、ちょっとッ! なんでッ!?』


 ――だって、おえねさんがひとりぼっちなのに、ぼくがねがいをかなえてもらっても、そんなのうれしくないよッ!


『え? だって……君はもう一度『チカちゃん』に会いたいんじゃないの?』


 幼い俺の言葉に、今度は魔人がショックを受けているようだった。

 明らかに狼狽し、どうしたら良いのか分からなくなっている。

 というか、こんなところまで佳奈に似ている。いや、佳奈がこの魔人に似ているのだ。


 ――あいたいよ…………でも、それでおねえさんとおわかれして…………おねえさんがさびしくなっちゃダメだよッ!


 それまで泣いてばかりだったとは思えないほど、強い意志をもって幼い俺はそう断じた。

 当時の記憶というか、感情を少しだけ思い出す。

 この時の俺は、誰かと別れる度に思い知らされる感情……独りでいることの寂しさに強い忌避感を強く感じていた。


『でも、それが……誰かの願いを叶えることが、お姉さんの仕事だから』


 ――おねえさんは、おねえさんのねがいをかなえちゃダメなの?


『え?』


 ――おねえさんがさびしくないよう、おねえさんのねがいをかなえちゃいけないの?


『うん、お姉さんは他人の願いは叶えられても、お姉さんの願いだけは叶えられないのよ』


 ――だったら……ぼくはやっぱりいい。


『私の事は良いの。でも君は願いを叶えられるんだから……』


 今までそんな事を言われたことが無いのだろう。魔人の態度には明らかな狼狽が浮かんでいる。


 ――でもそれじゃ、おねえさんがかわいそうだよッ! おねえさんがみんなのねがいをかなえても、だれもおねえさんのねがいをかなえられないなんて、そんなのないよぅ……。


 そう言われて、魔人はすとんと膝から落ちて座り込んだ。

 視線の高さが幼い俺と同じ高さになる。


 ――だったら、ぼくがおねえさんのねがいをかなえるッ! ぼくがおえねさんのそばにいるッ! そうじゃなきゃ、ぼくはねがいなんかかなわなくていいッ!


 泣き叫びながらそう言った幼い俺を、魔人が抱き寄せる。

 その目に、再び大粒の涙を浮かべている。

 ああ、これは単なる子供の癇癪だ。恐らくは自分で何を言っているのかも、良く分かっていないだろう。

 ただ、その言葉は魔人の心に強い衝撃を与えているようだった。


『本当に? 本当にそう願ってくれるの?』


 ――うん。


『参ったなぁ……まさかこんな幼い子に一番言って欲しいことを言われるなんて……君、名前はなんて言うの?』


 ――……かさば……こういち……。


『カサバコウイチ……『コウちゃん』かぁ……ねえ、『コウちゃん』……本当に私の傍にいてくれる?』


 ――うんッ!


『そっかぁ……私も君の傍にいたいよ』


《ねぇ、コウちゃん……この時、私がどんなに嬉しかったか、コウちゃんには分かる?》


 そうどこからか声が聞こえた。

 姿は見えない。周囲に気配も感じない。

 どこか近くて、どこか遠くから、声だけが聞こえた。

 それとも、これは俺の妄想が作った幻聴だろうか。


《何百年も何千年も、この指輪……《神の工芸品》に閉じ込められずっと独りぼっちだった私に、傍にいたいって言ってくれた初めての人。私利私欲じゃない、私の為の願いを叶えてくれると言ってくれた人。ずっと待ち続けていた私の救世主……それがこの小さな『コウちゃん』だったんだよ……》


 ああ、そうだ。

 やっと思い出した。

 俺はこうやって佳奈と出会ったんだ。


『でも、『コウちゃん』……『コウちゃん』は、もっと歳の近い女の子の方が良いんじゃないの?』


 そう言われて今度は幼い俺が固まる番だった。

 まあ、そうだろう。六歳くらいの子供から見たら、十代半ばの少女は完全に『大人』だ。子供と大人が友達として付き合うのは、どちらの立場からしても些か無理がある。

 幼い俺は恥ずかしさで顔全体を真っ赤にたまま、返答に詰まっていた。

 当時の俺は自分が何を言ってしまったのか理解していただろうか。

 理解はしていなかったと思う。

 ただ、当時の気恥ずかしさだけは、鮮明に思い出した。


『そっか、じゃあ一回やり直そうか?』


 魔人は幼い俺を優しい目で見てそう言った。


 ――やりなおす?


『うん、やり直し。大人の私じゃなく、『コウちゃん』と同い年の私になって、出会いからやり直すの。ただ、君が今の私の姿を憶えていると色々と不都合があるだろうから、この出会いの記憶は消すね』


 ――きおくをけす……? きおくってなあに?


『コウちゃんと私の出会いを、コウちゃんは一回忘れるの。そうして出会うところからもう一度やり直すの。その方が、きっと再会した私ともっと仲良くなれるよ』


 ――わすれたく……ないよ……。わすれちゃったら、さびしいよ……。


『じゃあ、何時か思い出せる様にしよう。そうね……いつか君に好意を示してくれる女の子が現れたら……その子が『コウちゃん』を好きだって……好意を示してくれたら、その時は私との出会いを思い出せるようにしよう。きっとその時は……』


 そう言えば、なんでこの時こんな条件にしたんだ?

 ふと疑問に思ったが、魔人の表情――佳奈と同じ表情をする顔を見て答えに行き着く。


《将来コウちゃんが誰か恋人が出来て、その人と付き合うようになったら、その時は私の役目が終わるからだよ。無理して魔人が傍に居続ける必要がなくなるから……だから……》


 再び声が聞こえる。どこかで聴いたことのある声。

 俺が嬉しくなる声……。


 ――わすれなきゃ、だめ?


『うん、だってお姉さんを友達とは思いにくいでしょう?』


 幼い俺が黙って頷く。


『だから一回忘れて。そして次に君と同い歳になった私と……仲良くなって……ね?』


 ――うん……わかった……。


『良い子ね……じゃあ、君の記憶を消すね』


 ――まって!


『うん? まだ何かある?』


 ――おなまえ……おねえさんのおなまえはなんていうの?


『ラービタ……』


 魔人がひどく小さな声でそう答える。


 ――らー……なに?


『ううん、今のは違うの。そうね、君の為に私の名前を考えなきゃ……魔人である私が、君の願いを叶える為の名前を……』


 ――まじん?


『うん……魔人……って、なんて説明したら良いのかな』


 ――かみさまみたいなの?


『神様って……そんな凄い存在じゃないんだけど……』


 ――でも、おねえさんはねがいをかなえてくれるんでしょう? だったら、かみさまじゃないか。


『そんなこと言われると、こそばゆいというか……むしろ恐れ多いよ』


 それでも魔人はどこか嬉しそうに笑った。

 魔人が幼い俺の頭を撫でる。


『じゃあ、やり直そう。だから、今は眠って。そして忘れて』


 幼い俺は、魔人に抱きかかえられながら、ストンと落ちるように眠る。

 そんな幼い俺を、魔人は優しく布団の上に横たえた。


『これも消しておくね。きっとこれからは必要ないから』


 魔人が幼い俺の左手にはめられた指輪に触れる。

 指輪は光の粒子となって、幼い俺の左薬指に吸収されるように消えていく。


『どうしてもその指輪が必要になったら、指輪があった場所に………………して……』


 少し頬を赤らめ、魔人が幼い俺の耳元でそう呟く。

 語尾の方が消え入りそうな声だったが、辛うじて俺はその言葉を聞き取った。

 そうか、俺は指輪をなくしてたんじゃないんだ。

 これも記憶とともに封印されていたのか。

 ……というか、もう一度出現させる方法って、そんな方法だったのかよ。

 まあ、確かにこの方法なら左手薬指根本をピンポイントで怪我でもしない限り指輪が出現することはないだろうけど……他に何かなかったのか。


『じゃあ、後でね、『コウちゃん』。次に会うときは……名前は……かなえ……かな……。うん、カナ。『コウちゃん』だけの《神さま》に《成って》願いを《叶える》から《かんなりかな》……そう名乗るね』


 そう言って、魔人――神成佳奈は光に包まれる。

 俺はその光の中に、金髪の魔神ではない――いつも傍にいて笑っていた神成佳奈の姿を垣間見た。

 やがてその光が巨大な扉と鍵となる。

 巨大な鍵によって扉が開けられると、巨大な光の奔流の中に、なにもかもが飲み込まれた。

 唐突に光りが消えると、後には布団の上で丸くなって眠る幼い俺がだけが残された。

 ただ、その顔から涙は消えていた。

 こうして俺は、佳奈自身の手によってその出会いの記憶を封じられた。


 で……。


 何で今更思い出した?

 というかこれ、本格的に走馬灯なの?

 いつ途切れるの?

 どこまで見ちゃうと俺死んじゃうの?


 やがて記憶の中の俺が目を覚ます。

 いつの間にか家に帰ってきたお袋に起こされて、そして……。

 そうだ。この時、佳奈がウチに来たんだ。


 ………………って、ちょい待って。

 いや、待ってください。お願いします。

 いや、これ憶えてるから!

 忘れてないから!

 だから見せなくて良いからッ!

 ホントお願いですからここから先を俺にみせないでぇぇぇぇぇーーーーッ!

 そんな俺の叫びなど通じる筈もなく、あふれ出す遠い記憶は止まることを知らない。

 目を覚まし、ラービタと名乗った魔人の事を忘れさせられていた俺は、お袋に手を引かれ玄関に向かう。

 そしてそこには……再び俺に会いに来た魔人――俺の記憶を消して、俺と同い年の女の子になった――小さな佳奈がいた。

 『チカちゃん』によく似た、でも『ラービタ』と名乗った魔人にも似ている幼い少女。

 その少女に、幼い俺は見入っていた。魅入られていた。ただ、黙ってその少女を見ていた。

固まったままの俺を見て、佳奈の母親である朱鷺子さん――記憶を取り戻した今となっては、朱鷺子さんが佳奈の母親であることはあり得ないのだが――が、後ろに隠れるようにしている佳奈を前に出す。

 朱鷺子さんに促された佳奈は幼い俺にゆっくりと近づいた。

 顔を上げると飛びっ切りの笑顔を幼い俺に向け、右手を差し出した。

 その笑顔をみた幼い俺がますます顔を赤くした。

 そんな俺の様子に気がついたのか、佳奈がちょっと恥ずかしそうに身を捩った。


「あの、おともだちに……ううん、ずっとそばにいるから……ずっとそばにいてください」


 小さめの声でそう佳奈が言う。

 それを聴いた幼い俺は、見てる方が呆れてしまうほど顔を真っ赤にして、差し出された佳奈の両手をガシッと掴んだ。

 そして………………。


「ぼくとけっこんしてください!」


 いやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!

 いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!

 この発言が、この発言がッ! この発言があッ!!

 アレはッ! あの時はッ!! あの時は言葉の意味すら分かっていなかったんだよッ!


佳奈「かつてコウちゃんが私に言った最初のお願いがこちらになりますw」


航一「おぶぇろるおぶろぅごぁぁぁぶろぁーーッ!!…………穴があったら入りたい……」

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